第9話 小さな太陽

 アズが最後の力を振り絞り、握りしめた魔導石のネックレスはアズの願い通りに割れて砕けた。

 砕けた石の中から、小石ほどの朱い球体が出現する。

 朱い球体はその小ささからは考えられないほどの明るさで空洞を照らした。


 暗闇に包まれていた空洞の全てがあらわになる。


 百足虫はほんの僅かの間、朱い球体を見つめるとアズを放り捨てて全速力で逃げ出した。

 アズは地面に叩きつけられ、痛みと衝撃で動けない。


 しかしまさにその瞬間、朱い球体から膨大な魔方陣が出現し、そして閉じる。

 球体の表面にヒビが入り、圧縮された熱が溢れ出す。


 使用者のアズの周囲に魔法の防壁が出現し、それ以外の全てを火が埋め尽くした。

 百足虫も逃げ切れず、火に飲まれた。


 空洞を埋め尽くした火は勢いが止まることなく、上へとその進路を向けて何もかもを溶かし進む。

 

 あまりにも圧倒的な火力だった。


 火は僅かの時間で地下から地表へと火柱を上げて、地形を完全に変えきったのちに消え去った。

 空洞だった場所には日が差している。冷たく硬質だった場所は溶岩のように全てが溶けきっており、アズの周辺だけが火の影響を逃れていた。


 アズはただ呆然とその光景を眺めていた。


 アズがようやく正気を取り戻したのは、周囲が風によって溶けた石が固まる頃だった。

 そこで自分の状況をようやく把握できた。


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔に、切り傷だらけの身体。

 下半身は濡れて冷え切ってしまっている。

 周囲がまだ暖かいから病にはかからないだろうが。


 まともに呼吸ができるようになり、パニックになっていたアズの思考も落ち着きを取り戻していく。


 生きている。そう、生きている。


 アズを頭から食い殺そうとした、巨大な百足虫は跡形もなく消え去り。

 満身創痍ではあるがアズは無事に生き残っていた。


 アズは自分で自分を抱きしめる。

 涙が再び流れた。先ほど流れた時は冷え切った涙だったが、今は火傷しそうなほどに熱い。生きている事への安堵が溢れた。


 足元に落ちた既に壊れているネックレスを拾う。


 ハッキリ言えば、死ぬと思った瞬間主人を恨む気持ちもあった。

 だがこのネックレスはアズの想像をはるかに超えたものだった。

 金貨三枚と言っていたが、そんなものではない筈だ。


 多分、本来はアズよりもよほど価値があるだろう。

 それを護身の為に持たせてくれた主人にも、今は唯々感謝した。


 そして、今この瞬間大切にされているという実感を覚える。

 勿論、このような無茶もさせられているのだが。


 それからアズは自分の体を確認し、ため息をつく。酷いありさまだ。

 汚れた下着を脱ぎ捨てる。


 破けかけたリュックからタオルを取り出す。

 水筒の水を含ませてそれでまず顔を拭き、次に汚れた体を拭いた。


 何度か絞って再び濡らし、水筒の水が無くなるまで繰り返すことでようやく綺麗になった。


 主人は几帳面なのか、着替えもリュックに入れてあった。

 上下の下着を着て、ハーフズボンとTシャツを着込む。


 汚れたタオルやダメになった下着、服は持って帰らずに捨てていく。

 リュックを背負いなおし、そこまでやってようやく人心地着いた。


 周囲も粗熱が取れて歩けそうだ。

 ああ、靴もダメになっていた。


 何処か登れそうな場所はないか探していると、アズの近くに何かが落ちる。

 それは百足虫の頭だった。

 アズは身構えるが、百足虫は既に死んでいる。


 ゆっくりと塵になって崩れていき、消えてしまった。

 アズはただそれを見つめている。

 次の瞬間、アズの中に巨大な力が流れ込むのをアズは感じた。

 アズが魔導石を使って百足虫を倒したから、百足虫の力の一部がアズへと引き継がれたのだ。


 百足虫の頭があった場所には、一振りの剣が落ちていた。


 強力な魔物を倒すと武具が手に入ることがあると組合で教えてもらったが、こういう事なのだろうか。


 持っていた武器も防具も壊れて喪失してしまった。

 アズは落ちてある剣を拾う。


 重さは感じたものの、強化されたおかげか重さに振りまわれることは無い。


 両手で剣を振る。

 風を切る音が聞こえた。


 剣の良し悪しはアズにはまだ分からないが、きっといいモノだろう。

 これを主人に持っていけば、喜んでもらえるだろうか。


 そうだ、燃える石も回収しなければ。

 タオルを使って即席の鞘をつくり、紐で背中に固定する。


 両手の痺れも今は感じない。


 熱による融解でデコボコになった壁をゆっくりよじ登る。

 握り続けると熱いが、火傷をするほどではない。


 確実に登って行き、無事に地上に出ることが出来た。

 外は既に昼を過ぎ、夕刻に迫っていた。


 アズは火によって出来た大穴を振り返る。

 これは多分大事になってしまうだろう。


 しかし止むを得なかった。主人から渡された魔導石のネックレスを使わなければ、今頃アズはあの恐ろしい化け物の腹の中に納まっていた。


 主人に素直に話すしかないだろう。少しでも機嫌を良くするために、おいていった燃える石を回収して街へと戻る。


 街への門は夜になって閉ざされていたので、外壁を背にして座り込み、身体を縮めて体を休める。


 懐かしい。失敗を理由に家を叩き出されて、外で夜を明かした日をアズは思い出した。

 丸くなると少しだけ寒さが和らぐのだ。


 周りには何人か同じようにしている冒険者らしき人影が見えた。


 アズを見て近づく者もいたが、アズはわざとらしく背中の剣を握ってみせると退散していった。


 ……世の中は残酷だ。主人に買われる前のアズなら、確実に乱暴されていただろう。

 しかし今は違う。自分の身を守るという選択が出来る。


 奴隷という身分の方が、アズにはよほど幸せだった。

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