第2話 稼いでこい。それがお前の仕事だ。

 次の日の早朝、部屋で帳簿を記入しているとドアがノックされる。

 この時間は店も開けてないから従業員も居ない。居るのは奴隷のアズだけだ。


「入れ」


 ゆっくりとドアが開き、おずおずと部屋にアズが入ってくる。顔色は良い。


「お、おはようございます」


 服装は用意した服に軽装の鎧をつけたもの。剣は装備していない。

 言いつけた通りだ。

 昨日はアズが迷宮帰りだったこともあり薄汚れていたが、今は小奇麗になっていて装備も少しは様になっている。


 こうしてみると、背伸びした少女冒険者という感じだ。奴隷の証である右手のブレスレット以外は。


「あの……ご主人様?」

「俺は同じことを言うのが好きじゃないんだが」


 そう言って俺はカーペットに目線を向ける。

 アズは急いで何も言わずカーペットに座り込んだ。


 不安そうに俺を見上げてくるが、下手に口を開くと俺の不評を買うと思ったのか黙ったままだ。


「よく眠れたか」

「えと、はい。あんな柔らかいベッドは初めてで……すぐ眠れました」

「そうか」


 疲れ切っていただろうから昼まで寝ていると思っていたが、中々根性がある。


「今日はこの依頼に出向いてもらう」


 そう言って俺は数枚の依頼書をアズへ渡す。


 アズはそれを一目見て、俺と依頼書を何度も見比べた末に絞り出すような声を出す。


「ご主人様……私文字が読めません」

「そういえばそうだったな。まあ要約すると指定された草原で薬草を摘みながら魔物を狩れ」

「……はぃ」


 断りたいのに断れないというアズの心情が手に取るようにわかる返事だった。

 素直で宜しい。


 依頼書は組合の依頼の中で不人気のものを回収してきた。

 その中で草原に関する依頼が数件あったのでそれを纏めてうちが引き受けた。

 不人気の依頼でもまとめればそれなりにはなる。


 アズの生活費を考えれば悪くない額だ。

 食事と服代なんて知れてる。


 俺は焦らない。アズを一人前の冒険者にし、稼がせる。それが一番の目的である。薬草なんてついでだ。弱くても魔物を狩らせる。

 強くなるまでしっかりと支援は怠らない。


「薬草は依頼書に載っている。素人でも見分けがつくものだ。問題は魔物だが……」


 不安そうな顔で俺を見てくる。

 ここで俺が行かなくても良いと言えば、ぱっと花が咲きそうだな。言わないけど。


 しかしアズはまだ理解できていないようだが、この程度の依頼は心配する必要がないのだ。本来なら。


 アズの為に用意した剣は軽量化の魔法が掛かっていて、少女の腕力でも問題なく振れて、大の男が振るうのと同じ威力が出る。


 鎧には衝撃に対する守りの魔法が掛けてあり、雑魚の魔物位なら突撃されても尻餅位で済む。

 装備だけで圧倒しているし、そうなるように準備した。


「頑張れ。物資はこのリュックに詰めてある。必要になったら使え」


 そう言って机に立てかけていたリュックをアズの方へ投げる。

 中にはポーション、毒消し、解体用ナイフ、水、非常食など詰めてある。

 当然これも軽量化済みだ。

 そして最後に赤い石のネックレスをアズに渡した。


「これは魔導石だ。常に身に着けて命の危険を感じたら割れるように念じろ」


 金貨三枚の代物だが、アズが死なれるよりはいい。割れた時の効果は火の魔法だ。

 使い捨てだが、その分強力。


 赤の魔導石のネックレスをアズの首にかけてやる。

 見た目はまるで宝石だ。アズは驚きつつも、初めて嬉しそうな顔をした。


「こんな奇麗な石を貰っていいんですか?」

「どうせお前も俺のものだ。俺が持っていてもお前が持っていても同じだからより役に立つお前が持っていればいい」

「分かりました」


 えへへ、とアズは年相応の少女らしく笑う。

 なんだかんだでアズも女の子ということか。


「それじゃあ行ってこい。数は読めるだろ。依頼書には絵も載ってる。魔物を必要なだけ殺して、薬草を摘んで来い。期間は四日あるから毎日暗くなる前に帰れ。門が閉まる」

「はい……」


 俺の言葉で現実に戻ったアズはリュックを背負って部屋を出ようとする。

 おっと忘れるところだった。


「おいアズ」

「なんでしょうか」


 振り向いたアズに銀貨をゆっくり2枚放り投げた。

 アズは慌ててそれをキャッチする。

 運動神経も悪くない。見た目で選んだが思ったより良い奴隷を引けたな。


「それで市場で飯でも買ってからいけ」

「ぁ、はい! ありがとうございます!」


 今日一番大きな声でアズは返事をした。

 食べ物で釣れるようだ。

 随分と素直というか逆らわないし、あまりいい環境で育ってはいないのだろうな。


 今度こそアズは部屋から出て行った。

 仕事熱心ではないが、怒られることに対する畏怖で手は抜かない。

 まぁ、アレなら大丈夫だな。


 さて、本業をやるか。

 アズを買った金に装備代やらでかなり使ったからな。

 道具屋だから道具代はかからないのが救いか。

 まだ資金自体はあるが……正直奴隷を使ったこの商売はまだ俺も手探りだ。

 少しの間はアズ1人で様子を見たいところだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る