そうだ。奴隷を冒険者にしよう
HATI
第1話 お前にいくらかかったと思う?
俺は中古だがそれなりに高かった椅子に座りながら数枚の銀貨を右手で転がす。
銀貨同士が触れ合い、小気味よい音が響いた。
商人であれば……いや、人間だれしもこの音が嫌いな奴はいない。
右手の銀貨をわざと音を立てて机にぶちまける。
そうすると、机の前に突っ立っていた銀髪の少女が音に反応して硬直した。
一目で分かるほどの緊張っぷりで笑える。
軽装ながら鎧をつけ、剣を装備しているがあまりにも似合わない。
奇麗な顔も髪も、汚れてしまっている。
俺は銀貨を一枚だけ掴むと、それを少女の前に突き出した。
「お前の値段はいくらだったかな? アズ」
「あ、あの……ごめんなさい」
「俺はお前の値段を聞いたんだが?」
少しだけ声を低くすると、もともとあまり高くないアズの身長がより低く感じる。
「金貨50枚、です」
「そうだな。装備やらなんやらでもう10枚。つまり今のお前は金貨60枚分の価値があって、お前はそれを証明しなきゃいけないってことだな」
「……分かっています。ご主人様」
この部屋に入る前から暗かった表情が猶更暗くなった。
まあ無理もないだろう。男に買われて、持ったこともない剣やら鎧を装備させられて迷宮に送り込まれ、何とか生還して帰ってきたらこれなのだ。
頑張って得たであろう銀貨4枚は俺の手の中だし。無力感凄そう。
俺ならごめんだね。そんなの。
だが、生憎とこの少女は俺が買った奴隷で俺には逆らえない。
衣食住も含めたすべてを俺に依存しているし、逃げる先もない。
「分かっているなら良いんだ。俺もお前がいきなりどかどか稼いでくるなんて思ってないよ。それで冒険者はどうだった?」
アズはいきなり優しい言葉をかけた俺にやや面食らったが、待たせると俺の機嫌が変わると思ったのかすぐに口を開いた。
「あんまり良くなかったです……簡単な講習だけで後は実戦で覚えろって送り出されました。ご主人様からもらった装備がないと多分死んでたと思います」
だろうな。冒険者ってのはやりたがるやつが無駄に多い。
冒険者組合だって一々相手にしてられない。準備は各自でどうぞってのは事前に調べたとおりだ。
だから俺はアズの為に軽量化の魔法が掛かった剣と軽装の鎧なんかを用意した。
冒険初心者が行く場所じゃ完全に過剰装備だ。子供だって帰ってこれる。
……アズもまだ子供だったな。
「あと変な目で見られました。なんでこんな装備を持ってるのか、とか女の子一人で危ないから一緒に行ってやるとか」
アズは普通に美少女だ。ちょっかいはまああるだろうな。
冒険者には向いてないって奴隷商に言われたが、長く手元に置いておくなら見た目が良い方が良い。女なら使い道もあるしな。
「改めて言っておくが、よそのパーティーなんかには参加するな。組むとしたら俺が奴隷を補充した時だ」
「はい……言われたことはちゃんと守ります」
「物分かりが良くてうれしいよ。それで、お前はいつまで俺より高い所で話しているんだ?」
そう言って俺はアズに銀貨を投げつける。銀貨はアズの顔に当たり、アズの顔色はみるみる青くなった。投げると言っても別に勢い良く投げたわけではないが、恐怖心をあおる効果はあったようだ。
アズは急いで床に座り込んだ。うん、いい眺めだ。スカートを着せた甲斐がある。
ちなみに床は座っても痛くないようにカーペットを敷いている。躾はしなければならないが、痛めつける必要はない。
「ご、ごめんなさい」
「そういう時は申し訳ありません、というんだ」
俺は顎で促してやる。
「申し訳ありません」
アズは手を固く握りながら、震えつつ口に出した。
「投げた銀貨はお前にやろう。最初に得た銀貨だ。良い記念になる」
「ありがとう……ございます」
生意気な奴ならここで私が稼いだのに、というタイミングだが、反抗心が薄いのだろう。俺の言うことに基本的に逆らわない。
アズはゆっくりと銀貨に手を伸ばし、それを大事にしまった。
俺は残りの銀貨三枚を硬貨袋にしまう。
実際のところ上出来なのだ。
正直迷宮に潜っても何もできず、泣いて逃げかえる事を予測していた。
如何してもダメなら最悪娼館に横流ししても良い。元手くらいにはなる。
だがアズは装備に物言わせたとはいえきちんと討伐をし、運よく宝箱を見つけた。
まぁ、初心者の稼ぎなんて運が良くてもこの程度なのだが。
死ななければいい。迷宮で生き残れば否応もなく強くなってしまうのだ。
「お前が冒険者として活動するうえで必要なものは俺が準備する。だからお前は稼いでその金を俺に持ってこい。心配するな。俺は道具は大事にする方だ。お前がちゃんと稼げるなら待遇も良くなる」
「……はい、わかりました」
少しばかり返事が遅いが……まあ一仕事終えたのだ。許してやろう。
「お前は今日からここで寝泊まりだ。二階の奥の物置部屋を開けておいた。必要なものは運び込んでおいたが、足りないものがあれば明日呼び出した時に言え」
「部屋を貰えるんですか?」
「そうだ。衣食住を用意するのは主人の務めだからな。食事はとりあえず部屋に用意してある。冷めてるが我慢しろ。とりあえず食ってこい」
促してやると、ゆっくりとアズは部屋から出ていく。
腹は減ったが疲れ切っているといった感じだ。
俺はアズを退室させ、湯を沸かす。
使用人は以前はいたが、節約の為に暇を出した。
湯をアズの部屋に持っていく。装備の手入れに必要だ。
アズ自身も汚れているだろう。
俺の入った後に風呂に入れてやってもいい。
アズの部屋を開けると、アズが下着姿で座ったままウトウトしていた。
美少女だが、欲情するにはまだ子供だな。
俺が入ってきたことにようやく気付いて口を開けようとするが、そもそも奴隷の部屋に主人が入ったことをとがめられる筈もなく。
座ったまま真っ赤になって顔を伏せていた。
「湯を置いていく。体を洗って装備を手入れしたら寝ろ」
「…………はい」
絞りだしたかのような返事だった。
用意していた食事は奇麗に平らげてある。
食べ盛りなのだから当然だろう。
俺は食器を持って部屋から出る。
すすり泣くような声が聞こえてきた。残念だが、奴隷になって俺に買われた時点でお前の運命は決まったんだよ。アズ。
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