カレンさんの放課後
「遅い、何してたの?」
放課後。
いつものように先に教室を飛び出したカレンを見送った後で俺はゆっくりと帰り支度をしてから教室を出て靴箱で上履きを履き替えて正門に行くと。
もちろんだがカレンが待っていた。
「別に。お前が早すぎるんだよ」
「なによそれ。時也が一緒に教室を出るのは恥ずかしいっていうからこうしてるんじゃない」
「できればそのまま先に帰ってくれててもいいんだけどな」
「またそういうことばっかり。私が目を離したら道草食って帰るでしょ」
「いいだろ別に。小遣いの範囲でならなにしようと」
「ダメ。そんなんだからみんなに落第者よばわりされるのよ」
自称面倒見のいいカレンはいつも俺の学校での立ち位置や成績について言及してくる。
中学の時からそれは変わらない。
ぶれないというか、折れない。
なんでそこまで俺に構うんだって聞けば一応「幼馴染がそんなんだと、私まで同列に見られるかもしれないでしょ。そんなの迷惑なの」というそれらしい答えが返っては来るけど。
俺とカレンが同列に見られる心配なんて、ないんだけどなあ。
むしろ対極も対極、水と油くらいにしか見られていない。
「で、今日はカレーだっけ? それくらいなら俺、自分でできるけど」
「ダメ。時也が作ったら野菜全然入れないでしょ。栄養の偏りは体によくないの」
「俺の体調なんかお前に関係ないだろ」
「あるわよ。体調悪くて今日みたいにグーグー寝られたら困るの」
「だから何がだよ」
「クラスの平均点が下がるでしょ。委員長として、容認できないわ」
ツンとした態度でカレンは俺に言う。
ここまではいい。別に普通のツンデレなキャラだ。
しかし、大体もっともらしい言い分の後に訳の分からない被害妄想たっぷりな言いがかりをつけてくる。
「あとね、時也がもし外食でもして、そこで可愛い女の子と知り合ってどっか出かけちゃったらそれこそ、勉強しなくなるじゃない? そんなのは絶対にダメだから。前から言ってるけどお出かけは私といる時しかダメよ。それにコンビニだって。結構可愛い店員さん多いじゃない」
「俺は行く先々で逆ナンされるほど男前じゃねえよ」
「わ、わかんないでしょそんなの。それにあんたの方からナンパするかもだし」
「しねえよ。ていうかそんな度胸と行動力があったらとっくに彼女くらいできてるって」
俺は昔っから何をするにも体たらくだ。
めんどくさがり屋だし、片付けもろくにしない。
そんな俺がナンパなんてリスキーで面倒なことをしようなんて微塵も思わないし、そもそもナンパにひっかかるような女は好きじゃない。
ていうかもっとそもそもの話、ずっとカレンがそばにいてこういう調子だから、彼女なんてできるわけもないんだけど。
「ま、いいわ。とりあえずこれから夕食の買い出しに行くからついてきて」
今日も買い出しだそう。
ていうか昨日も買い物行ったよな?
なんでまとめて買わないんだ? 効率悪いなあ。
「はあ。早く帰ってアニメ見たいんだけど」
「もう、すぐにアニメの話する。ああいう可愛い子が出るお話が好きなの?」
「結果的に人気の作品には可愛いキャラが多いだけだ。話が面白いから好きなんだよ」
「ふーん。でも、昨日見てたアニメのツンデレな女の子、ああいうのみんな好きなんでしょ?」
「まあ、嫌いじゃないよな。普段厳しい癖に時折見せる素顔ってやつは、昔っから嫌いな人いないだろ」
ツンデレな女の子への憧れは誰だって持っているはずだ。
別に二次元に恋しようなんて全く考えもしない俺だって、ツンデレな女の子キャラを見るとちょっとかわいいなとか思ってしまうし。
だけど、そのツンデレをカレンははき違えてる。
「そ、それじゃまるで私みたいじゃない。ほら、普段は厳しいけど家では優しいでしょ?」
「そこだけ切り取るとそうなるな。でも、お前はツンデレじゃないと思うけど」
「な、なんでよ。ツンツンしてるだけの女だって言いたいの?」
「そうじゃないんだよなあ」
こいつの場合は確かにツンはあるけど。
ツンの皮をかぶってるだけで、中身はしっかり「病ん」でいる。
そしてデレの部分がもはやデレじゃない。
どちらかといえば『ドロッ』だ。
昔、あまりにツンが酷いツンデレヒロインのことを「ツンドラ」と称した小説が大ヒットしてたけど。
こいつの場合はヤンデレというより「病泥」だ。
泥のようにしつこくて、病のごとく心身を蝕む。
それに気づいているのは俺だけ、だけど。
「さてと、今日は何を買おうかしら」
スーパーに到着して、籠を持って入店するとまずカレンが足を向けたのがおやつコーナーだ。
「おい、カレーの具材買うんじゃなかったのか?」
「そんなの家にあるものでできるもん。ルーもまだ残ってるし」
「おいおい、それじゃなんで買い物来たんだよ」
「何言ってるのよ。夜に食べるお菓子がないでしょ? ほら、昨日一緒に映画見てた時にストックなくなっちゃったし」
「まさかだけど、今日も映画見て帰る気か?」
「そうだけど?」
「……」
こいつは本来、映画もスナック菓子も嫌いな方だった。
小学校の頃なんて口癖のように「お菓子なんて栄養の偏るもの、いらない」「映画って長いから疲れるのよね」と言って、可愛げがない子供だと、周囲の大人を呆れさせていたほど。
だけど最近は毎日のように夜遅くまで俺の家に居座って映画を見ながら、その間ずっと間食している。
決まって俺の母親が帰ってくるまでずっと。
うちは共働きで、親父は現在単身赴任中。
なので家は今、母さんと俺の二人暮らし。
その母親も結構バリバリのキャリアウーマンだから帰ってくるのは夜遅く。
そんな母に対して「いつもお仕事お疲れ様、おばさん」と、コーヒーを入れて晩御飯を出してなんなら洗い物までしてあげるのだからほんとよくできた幼馴染である。
でも、そういう行動もやっぱりヤンデレのそれなんだよなあ。
周りから身を固めるというか、すぐに人の親と仲良くなって、なんなら息子以上に可愛がられるやつ。
無自覚でそれをやってるのだとすれば、カレンには生まれ持ったヤンデレヒロインの素質ってものがあるのだろう。
「今日もおばさんは遅いの?」
「知らんけど、そうじゃないの?」
「ねえ、今度おばさんがおじさんのところに行くのっていつ?」
「え、知らないよそんなの。どっかの週末でいくんじゃねえの?」
「もう、なんで家族なのに知らないのよ。いいわよ、私が直接聞くから」
「なんでそんなに母さんのスケジュールまで気になるんだよ。関係ないじゃんか」
「な、ないことないもん。おばさんがいない日は夕食の支度も考えないといけないし、時也が変な女を連れ込んで羽目を外さないか確認しとかないとだし」
「……あ、そ」
最近ではもう、言い返す気力も失いつつあった。
中学の時にもおんなじ話の流れになって、その時は「俺がどんな女を連れ込んで何をしようと俺の勝手だろう」って言い返した、なんてことがあったんだけど。
その時カレンは。
泣いた。
盛大に泣いた。
確か、教室だった。
大勢人がいる、昼休みの教室の真ん中で。
「いじわる! ヤダっ! 他の子と遊ぶとかダメ! 私が時也の勉強見てあげるの!」
わーわー喚くカレンを慌てて外に連れ出して、慰めてるうちに放課後になっちゃって先生に怒られたっけなあ。
俺だけが。
優等生のカレンを一緒に堕落させるな、とか。
今考えたら差別だよあれ。
それに、散々だったなあ、あの時は。
周りからは白い目で見られるし、勝手にカップル認定されて他の女の子には敬遠されるようになったし。
高校でも同じことが起きたら俺はまた貴重な青春の一部を棒に振ってしまう。
高校ではさすがに彼女の一人くらいほしい。
ちゃんとツンデレしてくれるような、まともな彼女が。
だから迂闊にカレンを雑に扱えないわけ。
いわば歩く地雷だ。
「ふんふんふーん」
俺の苦悩なんて知ったこっちゃないと言わんばかりに鼻歌交じりに買い物を進める上機嫌なカレンは、どこを歩いても目立つ。
こうして買い物をしているだけでも、男どもの視線をくぎ付けにする。
「おい、さっきの子見た? ハーフかな? めっちゃきれいだったぜ」
「なんだ知らねえのか? あれが聖星高校の糸島だよ」
「ほえー、いいなあ。俺、ナンパしてこよっかな」
制服姿でスーパーをうろついただけで、そこらにいる他校の生徒たちが皆、足を止めて彼女を見る。
それだけ美人だということはまあ、認めよう。
しかし、こいつが美人であるほど俺にとっては迷惑でしかないのだ。
隣にいるだけでなぜか間男扱いをよく受けるわけだし。
逆恨みもよくされるし、高校に入ってからだって見ず知らずの先輩ににらまれたこともあった。
だからちょっと離れた場所を歩くよう心掛けてるんだけど。
視野の狭いこいつは全くそんなことも気にせずに話しかけてくる。
「ね、なんでさっきから私とちょっと離れたところ歩いてるの?」
「ん、別に。並んで歩く理由もないだろ」
「またそういうことばっかり。どうせかわいい子がいたから、そっちに気をとられてたんでしょ」
「だとしても別にいいだろ」
「よくない。と、時也が名前も知らない女の子に声をかけるような軟派なことしてるって知ったら、おばさん悲しむでしょ? 私、時也が真面目に学校生活を送ってるかおばさんに報告する義務があるのよ」
「なんの義務でだよ。あと、今は放課後だろ」
「か、帰るまでが学校よ。それと、おばさんに頼まれたから仕方なくやってあげてるだけ、なんだからね」
ふんっ。
と、カレンは真っ赤にした顔を逸らす。
ほんと、俺もこんなメンヘラ女とは早くおさらばしたいんだけど。
どういうわけか同じ学校になっちゃったしなあ。
それに同じクラス。
隣の席。
マジで呪われてるわ。
こんな呪いのせいで寿命まで縮まるのならマジで勘弁願いたい。
「さてと、買い物終わったら帰るわよ。ほら、早く来なさいよ」
「はいはい。荷物、持つよ」
「……うん、ありがと」
俺が買い物袋を預かると、また顔を真っ赤にして、今度はもじもじするカレン。
まあ、そういうところが可愛いのも認める。
こんなかわいいところを見せられたら、世の男たちがイチコロなのもまあ、理解できる。
でも、それ以上に大変なんだよなあ。
病んでる子って。
束縛酷いし。
言ってること、支離滅裂だし。
ま、だから俺は絶対にこいつと付き合いたいとは思わないんだけど。
「ねえ、帰ったらすぐ料理始めるからお風呂入っててくれる?」
「別にいつ風呂に入ってもいいだろ」
「ダメ。私も入りたいの」
「だったら先に入れよ」
「なんでよ。私が入ったあとのお風呂に入りたいっての? 変態」
「いや、まず自分の家の風呂に入れや」
「い、いいじゃんついでなんだし。ケチ」
「……」
俺は知ってる。
こいつがなんで我が家の風呂に入りたがるかを。
そして、決まって俺を先に風呂へ入れたがる理由も。
いつだったか忘れたが、その日も俺が無理やり先に風呂へ入れさせられて、俺が出たあとでカレンが風呂場へ向かったんだけど。
うっかりスマホを脱衣所に忘れてしまって、こっそりとそれを取りに行った時に聞いてしまった。
カレンの独り言を。
「えっへへー、時也の汗がたっぷりしみ込んだお湯だー。お顔、あらっちゃおー。ついでに、ちょっとなめちゃおー」
風呂に入ってる間は絶対に風呂場に近づくなとお達しが出ていて、当然覗く気もないのでちゃんと言いつけを守ってきたからカレンも油断していたのか。
そんな独り言をずっと、風呂場でカレンはしゃべっていた。
それを聞いて、まだこいつが病んでいないとは到底思えない。
本人は隠してるつもりなのかそんなつもりもないのか知らないけど。
早く自覚してほしい。
自覚して、治してほしい。
治らないなら……うん、どっか行ってほしい。
「そうそう。お風呂、覗いたら怒るからね」
「覗いたことなんかないだろ」
「ほんと? ほんとにない? 絶対ない?」
「ない。絶対ない。あり得ない」
「むー。なんかそこまで否定されるとムカつく」
「じゃあ覗きたいって言えばいいのかよ」
「そ、そうじゃないけど……じゃあ、私がお風呂入ってる間は絶対近づかないでよ」
「肝に銘じますよ」
もとより覗く気は一切ないのでそう返事すると、「えへへ、じゃあ今日もいっぱいお顔洗っちゃおー」と、独り言を漏らしていた。
聞こえてますけど。
頼むから、俺の知らないところでやってほしい。
勝手に隣で興奮する美人な変態に呆れていると、家が見えてきた。
ただ、病んでる女の一日はここからが本番だということを、俺はよく知っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます