パラレる
AVID4DIVA
第一部「ボクは死にません」
パラレる
第一部「ボクは死にません」
比率
男性2:女性1:不問2
役
<車風太郎(クルマフウタロウ:フータロ)不問>
杉並区高井戸から遠京に流れ着いたエトランゼ。
片思いをしていた女性に振られ、自殺未遂を起こした無職。
<柑橘荊(カンキツケイ:カンキツ)男性>
鶴梨公園前派出所に勤務する警官。
並はずれた行動力で多くの難事件を解決するも
懲戒免職と背中合わせの日々を送る。
<ディル・ド・グランローズ(同:ローズ)不問>
フルヤ区にキャバレーを構えるドラァグクイーン。
銃火器から薬物まで手広く売り捌く闇のディーラー。
<毒鎖秘華(ブスグスリヒメカ:ヒメカ)女性>
ミナミ区の女子高生。フータロが恋慕した女性に瓜二つの容貌を持つ。
不良たちと組んでパパ狩りを行なっていたが
サカガミをハメようとしたところ、逆に命を狙われることとなる。
<逆上生延(サカガミユキノブ:サカガミ)男性>
元高校教諭。教え子と関係を持ったことが明るみになり免職。
心中を約束したものの、直前で逃亡され単身冬の海に飛び込む。
死にそびれ遠京に漂着し、連続殺人事件を引き起こす。
所要時間
60~70分程度
注意書き
若干の暴力的描写、性表現、スラングがあります。
全体的に音量の大きい台本です。
・・・・・・
(ヒメカ、スマホを片手に繁華街の雑踏を彷徨く)
ヒメカ:そう。ホカブクロ駅に一人送って。
客の名前は、ええと、ツダ。
死んだ目をした女子高生がいいんだって。ウケる。
カホか、あー、ミサキがいいんじゃない。ネクラだし。
ブスだけど、まあリクエストだからいいっしょ。
どっちかいける?うん、すぐ。北口のホテル街だって。
うん。駅着いたらコール入れさせてね。
サカガミ:キミ。こんな時間にこんな場所で女の子が制服で歩いていてはいけません。
ヒメカ:え、なにミサキ飛んだの。
マジありえないんだけど。あの子カケどうするつもりよ。
もっとキツい店行くことになるんじゃね。別にいいけど。
サカガミ:気づいているでしょう。聞こえないふりをしてはいけません。
ヒメカ:わかった。カホでいいよ。
うん、なんか適当な理由つけて指名料取っちゃいなよ。
大丈夫大丈夫、解りゃしないって。
サカガミ:キミ。
ヒメカ:あーごめん、ちょっとうるせえのいるから一旦切るね。
あとよろしくねー。
はあ。
アンタ誰。仕事の邪魔しないでよ。
サカガミ:帝釈天(たいしゃくてん)高校で教師をしているサカガミといいます。
キミの学校はどこですか。すぐに帰りなさい。
ヒメカ:マジウケる。説教垂れんなっつうの。クソだりいな。
サカガミ:夜の繁華街は危険です。
キミが帰らないというのなら、ボクが連れて帰ります。
ヒメカ:うっせえわ。失(う)せろっての。
サカガミ:キミがここを離れるまで失(う)せません。
ヒメカ:アンタさあ。
あんまシツコイと警察呼ぶよ?
サカガミ:キミが補導されることを選ぶなら構いませんが。
ヒメカ:あ、それは、今は、ちょっとマズい。
荷物持ってるんだわ。
じゃあさ、友達のところ行くから、送ってってよ。
それなら危なくないっしょ。
サカガミ:いいでしょう。駅まで送ります。
ヒメカ:ううん、友達んチはこっちよ。ほら、ついてきて。
サカガミ:繁華街の、ホテル街、その、裏路地……。
お友達はこの雑居ビルにお住まいなのですか。
ヒメカ:そう。友達が住んでるの。こっちよ。
サカガミ:腕を組むのはやめてください。
誰かに見られたら誤解されますよ。
ヒメカ:うん。
それが狙いなのよ、クソオヤジ。
(暗がりから男が現れ、サカガミの肩に手を回す)
ツーブロック(サカガミ以外の男性が兼ねる):
YO、オッサン誰よ。YOYO。
サカガミ:帝釈天高校で教師をしていますサカガミです。
ところであなたは。
初対面の、それも年上の相手に対する態度とは思えませんが。
ツーブロック:そう?俺ってフレンドリーだから気にしなくていいよ。
コイツのダチだし。
ヒメカ:お友達のトオルくんでーす。よろしくね。
ツーブロック:俺の庭をパトロールしてたら、マズいもの見ちゃってさ。
オッサンさあ、アンタなに女子高生にコナかけちゃってんの。ええ。
マズいじゃないのこれ。ましてや先生なんでしょ。役満(やくまん)じゃん。
サカガミ:コナなんてかけてませんよ。
ボクは彼女に家に帰るよう指示しただけです。
(ツーブロック、スマホの画面をサカガミに向ける)
ツーブロック:はい証拠〜。動かぬ証拠〜。
学校の先生が、制服姿のJKとラブホの前をうろうろしちゃ、ヤーバイっしょ。
これから秘密の放課後実習するつもり満々じゃないの。
MAJIでエンする5秒前だっつうの。
サカガミ:隠し撮りですか。
ツーブロック:俺ピューリッツァー賞狙ってるんだよ。
明日のスポーツ新聞に載りたくなければいうこと聞いてチョ。
サカガミ:何をお望みです。
ツーブロック:物分かりいいね。さすが先生。
とりあえずウチの事務所行こっか。
このビルの4階だから。ほ〜ら、キビキビ歩けよ。
ヒメカ:ごめんねセンセ〜。
あんまりウザかったから、ちょっとボコってもろて
スッキリついでにお小遣いももらおうと思って。
ツーブロック:というわけなんです。
逃げんなよ。逃げたら追い込みかけるよ。
サカガミ:逃げませんよ。行きましょうか。
(雑居ビルの一室。草臥れたソファにサカガミが座らせられる)
ツーブロック:はーい人間ATMおひとりさまご案内〜。
じゃ、財布とスマホ出して。
おいヒロシ、チェーンかけとけよ。
ヒロシ(ツーブロック役が兼ねる。一人二役頑張って):アイ、ワカリマジダ。
ツーブロック:お前まーだ耳鼻科行ってねえの。
ひどい鼻声じゃないの。感染(うつ)すんじゃねえぞ俺に。
ヒロシ:アイ、ズビバゼン。
ツーブロック:鼻うがいしろ鼻うがい。
ヒロシ:ゴウデズカ。
ツーブロック:バーカ、そりゃ鼻フックだよ。
サカガミ:あの。
ひとつよろしいですか。
ツーブロック:あん。何だよ。
サカガミ:キミは学生ですか。
ヒメカ:ちょっとアンタまだセンセイヅラすんの?
チンピラの事務所に詰められてるのに?マジうけるんですけど。
これから根こそぎカッパがれるんだよ?
住所や職場まで抑えられてズルズルいかれるんだよ?
ビビって頭イっちゃったの?
サカガミ:キミはどこの学校に通ってますか。
ツーブロック:学生じゃねえって。
学校なんてロクに通ってねえよ。
ヒメカ:それにもうすぐアラサーじゃんね。
ツーブロック:うっせえよ。若く見えんだろ。
キックボクシングと総合やってるからよ。シュッシュ。
サカガミ:では、そこに立っているカレは学生ですか。
ツーブロック:まさか。
ヒロシなんて中学校もロクに出てねえよ。
十五になる前から半グレ一直線だっつうの。
なあ!ヒロシ!
ヒロシ:オデ、ジュウガッゴウ、イッデマゼン。
ツーブロック:九九(くく)は三の段までは言えるぜ。
四の段は怪しいけどもな。
サカガミ:そうですか。
ではもう、教育できませんね。
ヒメカ:はー、マジでイカれてんね。
アンタこいつら更生させるつもりだったの。
安いドラマじゃないんだからさあ。
サカガミ:はい。そのつもりでした。
ですが学生ではないようなので、諦めます。
ツーブロック:もういいだろセンセ。
ほら、さっさと出せよ。財布と、ス・マ・ホ!
(ツーブロック、腕を伸ばしてサカガミのネクタイを掴む)
サカガミ:腐ったミカンは
(サカガミ、ツーブロックの手首を掴む)
ツーブロック:おい、離せ……離せよ!離せったら!
離さんかいこのボケ!ワレ!オラ!
サカガミ:廃棄します。
(サカガミ、掴んだ手首を握り潰す。ツーブロック、つんざくような悲鳴をあげる)
ツーブロック:テメエ何しやがるッ!ヒロシ!見てないで助けろッ!
ヒロシ:デヅヤザン!オバエ!アニシヤガル!
ツーブロック:テツヤじゃねえトオルだ!
サカガミ:二人とも静かに。今、何時だと思っているんですか。
(坂上、ツーブロックの頭を片手で掴む)
ツーブロック:やめ、やめてください。
お願いします、後生ですから、なんでもします。
靴舐めます。ベロベロ舐めます。犬になります。ワン!
あ、あと、オレオレ詐欺で稼いだ金全部差し上げます。
なんならこのオンナもつけます。なんでもさせますから!
ヒメカ:ちょっとトオルくん何言ってるの。
こんな青白いおっさん、ワンパンで沈められるじゃん。
ダッサいんだけど。
ツーブロック:ありえねえんだよ!
コイツ、俺の手首を握りつぶしたんだぞ!
あた、あた、頭だって、コイツがその気になれば!!
ああああああ!!!!
サカガミ:黙りなさい。ご近所の方のご迷惑になるでしょう。
(サカガミ、ツーブロックの頭を百八十度反対側に捻じ曲げる)
ツーブロック:あべし。
サカガミ:それからそこの、ヒロシくん、でしたか。
連帯責任です。キミもこっちに来なさい。
ヒロシ:アナゼ!アナゼヨゴノ!
ヒメカ:何なの、アンタ。何なの、何してんの!
サカガミ:ですから、ボクは教師ですよ。
生徒についた悪い虫を潰しています。
キミはボクに嘘をつきましたね。教育的指導が必要です。
この、二つ目の腐ったミカンを、潰したら、ちょっとお話ししましょうか。
ヒロシ:アア!アア!
サカガミ:鼻が詰まって辛そうですね。外してあげますよ。
(サカガミ、ヒロシの鼻をもぎ取る)
ヒロシ:ピノキオになっちゃうよおッ!
サカガミ:静かにしなさい。これで、二度目ですよ。
ヒロシ:ひでぶ。
(サカガミ、ヒロシの首を百八十度真後ろに折り曲げる)
ヒメカ:人殺し!冗談じゃないわよッ!
(ヒメカ、隙をついて雑居ビルを飛び出る)
サカガミ:だから、人じゃなくてミカンですってば。
あーあー、そそっかしい子ですね。
カバンもケータイも忘れて行って……。
(サカガミ、ヒメカの荷物を漁り、身分証を取り出す)
サカガミ:聖女学園(せいじょがくえん)の、ブスグサリヒメカ、さんですか。
見目姿(みめすがた)のみならず、年齢まで一緒とは。
これはいよいよ、放っておけませんね。
(場面転換、交番前。上下スウェットのやつれた男が警察官に声を掛ける)
フータロ:すいませーん。あのーすいません。
すいません。お巡りさん、ちょっといいですか。
すいません。
カンキツ:只今パトロールに出ています。御用の方はそのままお待ちください。
フータロ:いやいや、めっちゃいるじゃないですか。
目の前でスマホいじってるじゃないですか。
カンキツ:只今パトロールに出ています。御用の方はそのまま黙ってお待ちください。
フータロ:何なんですか。ちょっとぐらいイイじゃないですか。
ていうかあなた勤務中でしょ。仕事してくださいよ。
カンキツ:うるせえな。レア出勤のペロ子ちゃんの予約争奪戦なんだよ。
明日の口開け(くちあけ)狙ってんだよ。ちょっと待ってろや。
フータロ:なんですかペロ子ちゃんって。
カンキツ:俺のオキニだよ。滅多に出てこねえの。すげーんだこれが。
フータロ:はあ?何言ってるんですか……
カンキツ:だーから、え、あ、お、ああああああッ!
埋まった!!予約埋まった!
一瞬で予約完売ッ!完売御礼ッ!そして輝くお礼日記ッ!ハイッ!
あーあーあーあーお前のせいだぞ。オイ、どうしてくれんだよ。
フータロ:ちょっと逆ギレするのやめてくださいよ!
カンキツ:あーもう、最悪だよ全く。お前サイアク!
しゃあねえ、仕事するか。
そんで、何の用。
フータロ:アンタ本当に警官かよ……。
カンキツ:オウ。俺が正義のポリスメン柑橘荊(かんきつけい)警部補だ。
頭が高いぞ。ひれ伏せ。
フータロ:カンキツケイ……。なんか酸っぱそうな名前っスね。
カンキツ:オウ。舐めた口聞いてっと公務執行妨害で逮捕すっぞ。
フータロ:すいません。
カンキツ:で、なんだ用事は。金なら貸さんぞ。
フータロ:違いますよ。道に迷ってしまって。
カンキツ:ああ、人生のな。わかるわ、めっちゃニートっぽいもんお前。
フータロ:違いますよ。まあニートなのは事実ですけど。
カンキツ:当たりじゃねえか。それで、どこに帰りたいんだよニート。
フータロ:スギナミ区のタカイドです。
カンキツ:スギナミ?タカイド?
フータロ:はい。カンパチの側の。
カンキツ:カンパチ?カンブリじゃなくてか。
フータロ:ふざけてます?
カンキツ:ふざけてんのはお前だろ。
フータロ:ふざけてませんよ。
そもそも、ここはどこなんですか。
カンキツ:トオキョウ都マゲウマ区ツルナシ。
フータロ:あ、トウキョウなんだ。
でもマゲウマ区なんてあったかな……。
カンキツ:なあお前、どうやってここまで来た。
フータロ:え。
カンキツ:言えよ。早くしろ。
フータロ:その、お恥ずかしいんですか……
カンキツ:ニートなだけで十分恥ずかしいから気にすんな。言え。
フータロ:昨日彼女にフラれまして。
カンキツ:ほう。
フータロ:大好きだったんです。それで、生きてくのが辛くて。
カンキツ:オウ。湿っぽくてキモいな。
フータロ:睡眠薬を酎ハイでがぶ飲みして。
カンキツ:死のうとしたと。
フータロ:はい。
カンキツ:それで失敗したと。
フータロ:ええ。
カンキツ:そのまま死んじゃえば良かったのにな。
フータロ:あの、話の腰を逐一折らないでください。
カンキツ:そうだった。続けろ。
フータロ:それで、目が覚めたらこの交番の向かいの公園にいました。
カンキツ:ふーん。まとめるぞ。
睡眠薬と酒でラリって徘徊して目が覚めたら公園にいた。
こうだな。
フータロ:そうです。
カンキツ:身分証とかスマホとかあるか。
フータロ:ないです。
カンキツ:上下スウェットにサンダル履きだもんな。ないだろうな。
じゃいいや、この紙にお前の名前と住所書いてみろ。
フータロ:はい。
(フータロ、ボールペンで記入する)
(カンキツ、フータロの書いた文字を読み、鼻でひとつ笑い、ため息をつく)
カンキツ:読んでみろ。
フータロ:クルマフウタロウ。
トウキョウトスギナミクタカイドロクチョウメ……。
カンキツ:もういい。
(カンキツ、フータロからボールペンをひったくり、紙の余白に文字を殴り書く)
カンキツ:これ、読んでみろ。
フータロ:トオ……エンキョウト、キョクバ、ク……
カンキツ:トオキョウト、マゲウマク。
ここの地名だ。
フータロ:え、ここトウキョウですよね。
カンキツ:そうだ。トオキョウだ。遠くの京(キョウ)と書く。
フータロ:ええ、どういうことですか!
カンキツ:説明めんどくせえから担当者呼ぶわ。
(カンキツ、スマホを取り出して誰かに電話をかける)
カンキツ:もしもし、オレだけど。例のやつ見つけたから取りに来て。うん、交番。
フータロ:誰に電話されたんですか。
カンキツ:担当者だよ。
フータロ:オレ、どうなるんですか。
カンキツ:知らねえよ。
フータロ:これパラレルワールドってやつですか、世界線が違うとか。
カンキツ:アニメの見過ぎだよ。昨日の薬でラリってんじゃねえの。
フータロ:ねえ知ってますよね。教えるの面倒くさいだけですよね。教えてくださいよ。
カンキツ:やだよめんどくせえ。全部話してたら気が狂うわ。
フータロ:不安なんですよ!心配なんですよ!
カンキツ:女々しいな。そんなんだから彼女にフラれるんだよ。
フータロ:あんたまた人の傷口に塩を塗るようなことを!
(二人を遮るようにローズ、入場)
ローズ:おーまーたー!
どこにいるの!私のエトランゼちゃん!
フータロ:ああなんか来た!なんかデッカくて派手なの来た!
カンキツ:相変わらずはえーな。
ローズ:商売かかってるからね。それにこの辺はアタシにとっちゃ庭みたいなもんよ。
フータロ:あなたが、その、担当者さんですか。
ローズ:あらあ、この子がエトランゼ?なんかこう、地味ね。
カンキツ:ああ。地味だ。おまけにニートで女々しいときてる。
だが、おそらくお前が探してるアレだ。持ってけ。
ローズ:ケイちゃん、ありがとうね〜。
お礼に注文くれてたあのサブマシンガン、一式タダでアゲちゃう。
カンキツ:さすが。話がわかるね。
フータロ:ちょっとアンタ!今売っただろ!オレをこの人に売っただろ!
何かしらの取引材料にしたろ!
カンキツ:うるせえこのプータローが。
女に振られて死に損なってこっちにきたんだ、買値がつくだけマシだと思えや。
フータロ:こっちってどこだよ!オレはトウキョウに帰りたいの!
ローズ:まあまあ二人とも落ち着きなさいよ。
プータローくん、だっけ。
はじめまして。アタシはディル ・ド・グランローズ。
フルヤ区でキャバレーを経営しているマーメイドよ。
名前は、ちゃんと区切って呼んでちょうだいね。えらいことになるから。
フータロ:ああ、見た目は派手だけどマトモな人だったんですね!
最初見た時は圧の凄さにどうしようかと思いましたよ。
ローズ:思ったことすぐに口に出すと長生きできないわよ。
フータロ:ごめんなさい。クルマフウタロウっていいます。
宜しくお願いします。
オレ、スギナミ区にあるアパートに帰りたいんです。
ローズ:そうなの。わかったわ。連れてってあげる。
フータロ:本当ですか!?ありがとうございます!ありがとうございます!
ローズ:ただし、すぐには連れて行けないわ。
フータロ:どうしてですか。同じ都内でしょう。なんなら歩いてだって。
ローズ:ねえケイちゃん。彼にどこまで話してあるの。
カンキツ:ええ。どこだっけ。覚えてねえや。
ローズ:うん。ほとんど話してないのね。
いいわ。先にブリーフィングから始めましょう。
フータローくん。あなたがいるここは、トオキョウ。
あなたがいたトウキョウとは違う場所なの。
フータロ:ああ。なんとなく、そんな気がしてました。
ローズ:あら。飲み込みが早くて助かるわ。
カンキツ:なんも考えてねえだけじゃねえの。
ローズ:ちょっとケイちゃん、茶化さないでちょうだい。
トオキョウとトウキョウは多分、サイエンスフィクションなんかでよくある、
パラレルワールドの関係性よ。
文化や概念に大きなところで差異はないけれど、人と場所と関係が全て異なるみたい。
フータロ:パラレルワールド……。オレは、トウキョウに戻れるんですか。
カンキツ:逆にお前に聞きたいんだけどさ。戻りたいの。
フータロ:はあ。戻りたいに決まってるでしょ。
カンキツ:前日に自殺未遂したのに?
ローズ:あら、色々あったのねえ。
カンキツ:好きな女に振られて死のうと思ったんだろ。
そんで失敗してここでパーパー騒いでる。
なら今からもっかい死ねよ。
こっちにゃお前の戸籍が無いから、面倒も少ねえよ。オススメ。
フータロ:はあ。何だよ。黙って聞いてればさっきから、言いたいことばっか言いやがって。
カンキツ:オウ。一丁前にメンチ切るじゃんかよ。ええ、この穀潰しがよ。
ローズ:アタシもそれに賛成するわ〜。
ナメクジ豆腐メンタルのフータローくんじゃ
お家に帰り着く前に泣き言あげてギブアップしそうだし。
安楽死のためのお薬ならすぐ用意するけど、どうする?
フータロ:変なオカマは黙ってろ!
ローズ:誰がオカマだこの野郎!
(ローズ、太もものホルスターから拳銃を取り出しフータローに向ける)
フータロ:じゅ、銃!?
カンキツ:口の利き方には気をつけたほうがいいぞ。
そいつこの辺で一番やばい。ダントツでやばいから。
フータロ:お、お願いします!殺さないでください!
変なオカマだなんて言ってすいませんでした!
ローズ:何よ、もう命乞いするの?
本当そんなんじゃお家帰る前にイヤになっちゃうと思うよ。
フータロ:死にたくない!死にたくないんです!!
酎ハイと睡眠薬で死のうとしたけど!クスリの用量はキッチリ守りました!
カンキツ:だっせえな。狂言自殺の未遂かよ。
仕事もなきゃ女もいないのに大体何の未練があるんだよ。
フータロ:これから!これからワンチャンあるかもしれないじゃないですか!
可能性ゼロじゃないと思う!ワンチャンある!ワンチャンあるよ!ワンチャン!
だから、死にたくないんです!
ローズ:ていうか、死ねないんだけどね。
(ローズ、フータロの太ももに拳銃を撃つ)
フータロ:撃った……あああ!?撃った!?
ローズ:大腿動脈(だいたいどうみゃく)のド真ん中よ。
適切に処置しないとすぐ死ぬわ。処置しても結構な確率で死ぬわ。
カンキツ:おいおい、交番汚すなよ。掃除すんの大変なんだぞ。
ローズ:説明しようとする側から横槍入れたの誰かしら。
カンキツ:チッ……。おいプータロー、傷口抑えろ。目一杯。
フータロ:人殺し!化けて出てやるからな!
このクソデカキラキラオカマ!
ローズ:誰がオカマだってんだよ!オウ!
(ローズ、もう片方の足も撃ち抜く)
フータロ:撃ったね!二度も撃ったね!親父にも撃たれたことないのに!
カンキツ:余裕あるじゃん。いいから早く抑えろ。ハコ汚れっから。
フータロ:うう、痛い、痛いよう……。
カンキツ:痛いか。
フータロ:痛いに決まってんだろ!
カンキツ:生きてるって証拠さ。さ、抑えた手を離してみな。
フータロ:嫌だよ!血を止めなきゃ!死んじゃうでしょうが!
ローズ:ヤマモリさァん、弾はまだ残っとるがよう。
カンキツ:ほれ、ブンタに三発目撃たれるぞ。早く。
フータロ:うう。うう……。
(フータロ、ゆっくりと両脚に置いた手を離す)
フータロ:えっ?
カンキツ:どうなってる。
フータロ:いやいや。マジで。
えっ。嘘でしょ?なんで?
ローズ:さっさと報告しなさいよ、豆腐メンタルボーイ。
フータロ:撃たれたはずなのに、傷跡が、綺麗に無くなってる。
これ、何のトリックですか。
カンキツ:トリックじゃねえよ。見てみろ、服はばっちり破けてる。
おまけにあちこちに、お前の薄汚ねえ血が飛び散って
特殊清掃案件(とくしゅせいそうあんけん)だ。
フータロ:薄汚いは余計だよ。
ローズ:片足ならまだしも、両足の大腿動脈を撃ち抜かれたら常人なら間違いなく死ぬわ。
失血による死よりも先に、ショック死するんじゃないかしら。
カンキツ:でもお前は生きてる。
女に振られて仕事も死ぬ勇気もないのに。
フータロ:二言(ふたこと)余計だよ。
これ、どういうことなんです。
ローズ:これで自分が異世界から来たバケモノだってことわかってくれたかしら。
フータロ:ええ。正直自分でヒイてます。
ローズ:「同じトーキョウじゃないですか」ってさっき言ってたじゃない。
違うの。徹底的に違うのよ。生き物としてじゃない、概念として既に違う。
あなたは、異世界から来た異邦人(エトランゼ)。
都内にサラッと帰るなんて、できないのよ。
フータロ:エトランゼ。
そっかあオレ、本当に異世界転生しちゃったんですね……。
カンキツ:何だよヘラヘラして。気持ちワリィ。
フータロ:えっ。なんかこう、ラノベみたいじゃないですか。
ちょっと憧れてたんですよねぇ。無双しちゃったり?しちゃう感じです?
ローズ:妄想ハカどってるところ申し訳ないんだけど、フータローくんにはこれからアタシの元で動いてもらうわ。勝手な行動はダメよ。
フータロ:なんでですか。
ローズ:フータローくんみたいなエトランゼたちが、アタシたちのシマを荒らしてるの。
フータロ:僕らみたいなのが、キャバレーを荒らすんですか?
カンキツ:初対面の相手の足をためらいなく撃ち抜く奴が、フツーのキャバレーなんてやってると思うか?
フータロ:……思わない。
ローズ:いやねえケイちゃん。アタシたちが売ってるのは夢。ドリームよ。
カンキツ:あと女、薬、銃火器、暴力な。
ローズ:ほらね、全部オトコの夢じゃない。
カンキツ:確かに。
フータロ:確かにじゃないでしょ。修羅の巷(ちまた)なんですか、トオキョウは。
ローズ:自らの能力に気づいたエトランゼたちのせいで、修羅の巷になろうとしてるところ。
道具持たせた若い衆送り込んでも、なんせあなたたちバケモノは死なないでしょう?
おまけに戸籍もないから、法で縛ることもできない。
ほんと厄介だわ。
ウチのオキャクサマも店のオンナノコたちも相当被害に遭ってるの。
アタシらの商売潰しにきてる。
もうね、害虫よ。害虫。
カンキツ:そーゆーワケで、こいつはエトランゼを見つけると
どっからでも駆けつけて自分の配下にしようとするわけさ。
フータロ:も、もし、こ、断ったら。
ローズ:アタシたちはエトランゼを殺すことはできないわ。
でも、殺し続けることはできる。何度も。何度でも。
フータロ:それ拷問じゃないですかヤダー!絶対イヤだ!!
ローズ:ただね、こちらとしてもコストばかりが掛かって
何もメリットがないから、できれば仲良くやりたいのよ。
ねえ、フータローくん。
どうかしら。アタシたちの仲間にならない。
悪い話じゃないと思うけど。
フータロ:で、でも、そしたらオレもバイオレンスな世界に生きることに……。
ローズ:大丈夫大丈夫。すぐ慣れるわ。人間って案外強いわよ。
フータロ:血とかダメなんですよオレ……
(つんざくような声とともに、ヒメカ登場。交番前に転がり出る)
ヒメカ:誰か!助けて!お願い!
ローズ:何よ忙しいわね。
フータロ:えっ!さ、さ、サクラちゃん!?
ローズ:あら、フータローくんのお知り合いかしら。
フータロ:サクラちゃんも、ここに!?
ヒメカ:なんだっていいわよ、誰か、助けて!
カンキツ:断る。
ヒメカ:ちょっとアンタ警察官でしょ、善良な市民が危険に晒されてるのよ。
カンキツ:善良な市民だァ?よく言うぜこの『ドクヒメ』が。
お前の素性、生活安全課経由(せいかつあんぜんかけいゆ)で知ってんだよ。
ローズ:あら、じゃあひょっとしてこの子が噂の。
カンキツ:オウ。悪名高き邪悪な女子高生ブスグサリヒメカちゃんよ。
最近は美人局(つつもたせ)じゃ飽き足らず
管理売春や特殊詐欺にまで手ェ出してるって話だぜ。
ローズ:へえー。見かけによらないもんねえ。
なんかこう、絵に描いたような清純派っぽいのにねえ。
カンキツ:そういうのが人気なんじゃねえの。
ヒメカ:なんでもいいから助けてよ、ヤバいのに追われてるの。
カンキツ:バカな男ハメようとしてヤバいの引っ掛けたんだろ。
お灸据えられてこいよ。い〜い薬です。
ヒメカ:警察官のくせに、そんなのってナシでしょ!
じゃあ、あなた、あなたでもいい!助けてよ!
ローズ:えーヤダわァ、だってそもそも〜あなたってアタシの商売敵じゃない。
敵に塩を送るって言っても相手くらい選ぶわよ。
ヒメカ:……チッ、どいつもこいつも使えねえなぁ!ええ!?
そこの役に立たねえマッポ!税金の無駄遣いにも程があるぞオイ!
ローズ:まっ、正体表したわね。
勝手に野垂れ死んでなさいよ自業自得のクソビッチ。
フータロ:あのー。
ヒメカ:なんだこのカマ野郎。
図体ばっかりデカくてキモの小せえデクノボウが。
ワタアメみてえな頭してよ!ケツに割り箸突っ込んでぐるぐる回したろか!
ローズ:あーやだやだ、下品が服着て歩いておまけにオンナ売ってると来た。
世も末(ヨモスエ)過ぎて頭痛くなるわよ。
ほら、臭いから帰ってちょうだい。えんがちょ。
フータロ:あのー。
ヒメカ:うるせえなこちとら取り込み中だ見てわかんねぇのかこのボケ!
育ちすぎたナスビみたいな頭しやがってよ!ゴマアザラシでも抱いてろ!
フータロ:ヒッ!
お、オレでよければ、助けます、けど。
ヒメカ:あン……えっ。
君が私を、助けてくれるの?
フータロ:はい。オレでよければ、ですけど。
カンキツ:あープータロー、やめとけ。
童貞のお前じゃ無理だ。色々下心あるんだろうが、無理だ。
フータロ:どど、どどど童貞ちゃうわ。
カンキツ:もう一度言うぞ。
どこまでもド級のドラマティック童貞のお前じゃ土台無理。
どーにもならねえドツボにドンドコショだ。
いいように使われるどころかケツ拭く紙にもならねえ。
フータロ:だーかーら!童貞じゃねえ!つって!んだろう!が!
カンキツ:いや童貞だろ。賭けてもいい。
生き様(ざま)どころか、死に様(ざま)も童貞なのよお前。
フータロ:オレかて大人の階段昇ってるわ!
何なら一段飛ばしで昇って、たまに降りてるわ!
ローズ:うん、アタシもフータローくんは童貞だと思うわ。
それも結構こじらせた深刻な童貞だと思うわ。
フータロ:そんな!二対一じゃ袋叩きじゃないか!
サクラちゃん!ねえサクラちゃんはどう思う!?どう感じる!?
ヒメカ:え、サクラって誰だよ。キモいな。
フータロ:誰って、君のことだよ!!
ヒメカ:汚ねえな唾飛ばすんじゃねえよ。近いんだよ。キモいな。
(ヒメカ、距離を取りつつ、フータロをまじまじと見る)
ヒメカ:えーと、そこのお前はジューゼロで童貞。
間違いなく童貞。鉄板で童貞。そしてフォーエヴァー童貞だと思う。
フータロ:どどどどど、どどどど。
ヒメカ:永遠に童貞、エターナル童貞、生涯名誉童貞ね。
ローズ:して、その根拠は。
ヒメカ:別段キモいわけじゃないんだけど、生理的に無理。
カンキツ:キラーワード『生理的に無理』頂きましたー。
アリガトウゴザイマース。
ローズ:しかも出会って数分でよ。
これは覆らないタイプのファーストインプレッションね。
フータロ:なんですかァ!
こっちの世界でもオレのことが大嫌いだって言うんですかァ君は!
このバカチンがァ!
ヒメカ:近い近い。だから近いんだよ童貞。パーソナルスペース考えろ。な?
っていうか、ワケわかんないこと言ってないでアイツから逃げる方法考えてよ。
フータロ:アイツ?
(一瞬の間を置いて、サカガミ、交番前に現れる)
サカガミ:探しましたよ、ブスグサリさん。
ヒメカ:……コイツ。
あと、苗字で呼ぶんじゃねーよこの変態。
カンキツ:どちらさんで。
サカガミ:私はブスグサリさんの担任です。
彼女がお騒がせして申し訳ございません。
よく言って聞かせますので、どうかひとつ穏便にお収めください。
カンキツ:なんだよお前のセンコーじゃねえか。
下手な芝居コイてないで帰った帰った。
学校で居残り勉強してこい、このバカ娘。
ヒメカ:違うッ!コイツはガッコの先生なんかじゃない!
サカガミ:ブスグサリさん。
あなたはもう高校生なんです。
いくら学校に行きたくないからって、ひとさまにご迷惑をかけてはいけませんよ。
ヒメカ:寄るな人殺し!ねえお巡りさん、こいつ捕まえて!
私のダチ、二人殺してるんだよ!殺人犯なの!
(ローズ、咄嗟にスマホを取り出しサカガミに向けビデオ通話開始)
ローズ:もしもしアタシよ。ホテル・ローションの防犯カメラに映ってた人物と
この男、照会(しょうかい)かけて。今すぐに。
そうよ、例の女子高生殺し。
サカガミ:あなた。
相手の許可なくカメラを向けるのは、あまり誉められた行動ではありませんね。
肖像権の侵害ですよ。
ローズ:一般常識で言ったらそうね。
でもねえ、アンタお尋ね者なの。
一致率100パーセントね、うん!間違いないわ!
ハァー。
やっと会えたわね、サカガミくん。
サカガミ:人違いではありませんか。
ローズ:間違えるわけないでしょう。
ウチの若えのと店のオンナノコ、何人死んだと思ってるんだよ。
間違えるわけねえだろうが。
(ローズ、拳銃をサカガミに向ける)
サカガミ:お巡りさん。こんなことが許されていいんですか。
あなたの目の前で善良な市民が反社会勢力に銃口を向けられてます。
現行犯逮捕してください。
カンキツ:うーん。アンタの言う通りなんだけどさ。
どーにも臭いんだよね。
サカガミ:この方の、ひどい香水の匂いのことですか。
カンキツ:違うよ。アンタのこと。
血なまぐさいんだよ。
アンタさあ、これまで何人殺したの。
サカガミ:おやおや。
とんだ言いがかりですね。
この国の警察も随分と腐敗が進んだようです。残念ですよ。
ブスグサリさん、こんなところにいてはいけません。
さあ、学校に帰りますよ。
ヒメカ:来ないで。離して!
離せよこの!
フータロ:おい、やめろよ。嫌がってるだろ。
サカガミ:……キミは誰ですか。
フータロ:オレは……この子の、元カレだ!
ヒメカ:違う!元カレ違う!オレ・オマエ・シラナイ!
サカガミ:元カレ、ですか。
ヒメカ:だから元カレじゃねえって!
何の罰ゲームでコイツと付き合うんだよ!
サカガミ:嘆かわしい不純異性交遊(ふじゅんいせいこうゆう)ですね。
これはさらなる教育的指導を、なさなければいけませんね。
フータロ:ほら、彼女から手を離せよ。
(サカガミ、近寄ってきたフータロの目を指で貫く)
フータロ:ああッ!目が!目がァーッ!!
サカガミ:気安く近寄らないでいただけますか。
大事な生徒に悪影響を及ぼすような輩(やから)に近寄られると、虫唾(むしず)が走るんです。
フータロ:何すんだよ!何すんだよッ!
サカガミ:私語は許可してません。
発言をするなら、手をあげてください。
ほら、こういう、風に。
(サカガミ、フータロの腕を取って、へし折る)
フータロ:(絶叫)
サカガミ:おや、折れてしまいましたか。
最近の若者はカルシウムが足りてないですね。牛乳飲んだ方がいいですよ。
カンキツ:やっちまったなぁ?
これ、立派な傷害だぜ。現行犯だ。
サカガミ:いいえ。教育的指導ですよ。
カンキツ:ローズ、もういいぞ。撃て。
(ローズ、拳銃をサカガミに向けて立て続けに四発発砲する)
ローズ:至近距離でのソフト・ポイント弾。
カスリ傷くらいにはなった?
あーん、やっぱりダメねえ、やっぱり秒で塞がるわ。
ねえケイちゃん、あと任せていい?
カンキツ:オウ。プータローとバカオンナ連れて逃げろ。
時間は稼ぐ。
サカガミ:逃げる。無駄ですよ。ご覧の通り僕は死にません。
彼女も逃しません。
カンキツ:知ってるよ。だから、こーすんだよ。
(カンキツ、ポケットから防犯スプレーを取り出しサカガミに噴きかける)
(サカガミ、数回むせるも、深呼吸ひとつ、体勢を整える)
サカガミ:催涙スプレーの持ち込みは、校則違反ですよ。
カンキツ:バーカ、不良少年が校則守るかっつうの。
サカガミ:何をしたところで無駄だと言っているでしょう。
カンキツ:無駄じゃねえよ。
アイツらが逃げ出す時間は稼げた。
つまりアンタの負け。わかる?
サカガミ:そうですか。
では、今からあなたを拷問して行き先をお尋ねします。
カンキツ:そいつは困るなぁ。
応援はもう呼んだ。
もうすぐオレのお友達が徒党組んでここに来る。
もしアンタがここでオレを拷問したら
国家権力と本格的にやり合うことになるぜ。
死なないアンタにとっても面倒なことになると思うが、どうかな。
サカガミ:ならば、速やかに廃棄します。
カンキツ:待て待て待て。落ち着け。
オレたちは身内殺しにはめちゃくちゃウルサい。
急いで殺してもゆっくり殺しても同じことだよ。
だからさァ、取引しようぜ。
アンタはあの女にご執心(しゅうしん)だ。
オレはアンタみたいなバケモノに殺されたくない。
もしオレを殺したりしたら警察も引くに引けなくなって
アンタのやりたい教育的指導……とやらはやりづらくなる。
つうわけでさ、ここは一つ諦めて、帰ってくれない?
どう?
(サカガミ、ため息をついて笑う)
サカガミ:随分と職務怠慢な警察官ですね。
カンキツ:まあオレもサラリーマンだからさ。
サカガミ:いいでしょう。
指導すべき生徒は彼女だけではありません。
この街には腐ったミカンが転がりすぎている。
カンキツ:生活指導のセンセイも大変だな。
サカガミ:ただし今回だけです。
次にボクの教育的指導を邪魔をすれば、廃棄します。
カンキツ:分かってくれて嬉しいよ。
では、お帰りください、センセイ。
(サカガミ、ふらりと交番を出てどこかへと消えていく)
カンキツ:はー、死ぬかと思ったわ。
うまく逃げのびろよ。
(場面転換、ローズの運転するワンボックスカーの中。フータロとヒメカは後部座席に並んで座る)
ローズ:今からアジトに行くから、しばらくそこでホトボリ冷ましてちょうだい。
フータロ:あのー、ローズさん、でしたっけ。
ローズ:そうよ。ディル・ド・ローズ。愛と美のドラァグクイーンよ。
フータロ:さっきのあの人、何なんですか。
鉄砲を立て続けに撃たれても、全然平気だったし。
ローズ:それはフータローくんも一緒じゃない。
フータロ:っていうことは、あの人もエトランゼですか。
ローズ:そういうこと。それも、害虫の方。
アタシんとこ現役女子高生専門のデートクラブやってんだけどさ。
フータロ:サラッと言ったけど思いっきりアウトなやつじゃないですか。
ローズ:そんなことないわよ。正真正銘のJKしか採用してないから。
フータロ:いやそこじゃなくて。
ローズ:そのお店のオンナノコ、片っ端から潰されてんの。
アイツについたコは、全員廃人(はいじん)にされたわ。
『何をされたか』まではわかんないケドね。
ヒメカ:せぶんてぃーん・えんぢぇる。
ハードなサービスがウリのデリバリーサービス。
ローズ:あらコムスメ、うちの店のこと知ってたの。
てっきりご同業の方のイヤガラセだと思って、若い衆にプレゼント持たせて
お礼に伺ったのね。
そっちの方は全部バラされたわ。
ヒメカ:ウチらの周りでも似たような話聞いてる。
内容が内容だから、マッポに頼れないけど。
ここ最近「あの店に電話が繋がらない」って客がボヤいてたのはそういうことだったのね。
ローズ:自由業って、なにせリスクもあるじゃない。
ましてや看板商売なんて舐められたらタイヘンでしょ。
だからミセシメとオトシマエはキッチリやらなきゃなんだけど。
頭カチ割ろうと、ドテッ腹に風穴(かざあな)空けようと
いかんせん死なねえのよ、あいつら。
ハァ〜頭痛い。
とりあえずアジト戻って、ダイナマイトとロケットランチャー用意するわ。
ヒメカ:ねえ。守ってよ。
ローズ:守る?ハ〜ア?何言ってんの?
イヤよ。イヤイヤ。絶対イヤ。
アンタの身から出た錆(サビ)でしょ。
ガキンチョが背伸びして徒党組んでアブクゼニ稼ごうとしたんだもの。
青い尻くらい自分でお拭きなさいよ。
ヒメカ:見返りに、顧客名簿とウチの店のランカーで。どう。
ローズ:取引するには信用が足りないのよアンタ。
ヒメカ:じゃあどーしたらいいのよ。
ローズ:そうねえ。
オトリになってくれるなら考えてもいいけど。
ヒメカ:はあ?
ローズ:サカガミはアンタ狙ってんでしょ。
餌に最適じゃない。うまくいけば助かるかもしれないわよ。
アイツを引っ掛けるのに、オトリやんなさい。
取引条件はこれ以外ないわ。
ヒメカ:守るって、約束してくれるの。
ローズ:ベストは尽くすわよ。
フータロ:サクラちゃん。
ヒメカ:だからサクラじゃねえって。あと近いから。寄せるな、肩を。擦(こす)るな、袖(そで)を
。
フータロ:サクラちゃん、オレがキミを守るよ。
ヒメカ:だから誰なんだよサクラって。
フータロ:元カノ。
ヒメカ:はあ?
フータロ:キミに、すごく似てるんだ。
ヒメカ:……はあ。
ローズ:何よフータロちゃん、このド腐れオンナ助けるの。
元カノっていったって、あなたこっぴどくフラれたんでしょ。
フータロ:まだ、まだ好きなんです。
サクラちゃん、じゃなかった、ブスグサリさんを見てると
胸の奥がこう、ジワっとあったかくなって、守ってあげたくなるっていうか。
ユードンハフトゥウォーリーって言いたくなるっていうか。守ってあげたい。
ヒメカ:……なんかさ、アンタ真っ直ぐだね。
フータロ:そ、そうかな。
ヒメカ:うん。真っ直ぐにキモいわ。
フータロ:えっ。
ヒメカ:ナチュラルに無理。
フータロ:な、な、ナチュ無理。
ローズ:そうねえ。フータローくん、サスガにちょっとキモチワルイかも。
フータロ:オ、オレさ、あいつと同じエトランゼなんだよ。
だから多分死なないし。さっきもローズさんに撃たれたけど、生きてるし。
キミの盾になれると思うんだ。
ヒメカ:ああ、弾除け(たまよけ)なら、まあ……
フータロ:何か言った?
ヒメカ:……ううん。なんでもない!
フータロくん、ありがとうね。頼りにしても、いいかな。
フータロ:任せてよ!大丈夫、なんとかするよ。
ローズ:フータローくんったらオンナ見る目がないわねえ。
……ところでさ、50メートルのタイム何秒だった。
フータロ:9秒ちょっとですけど。
ヒメカ:地味に遅くね?
ローズ:今ね、後ろについてきてるの。
ヒメカ:えっ、覆面パトカー?
ローズ:ううん。サカガミ。
バックミラーにバッチリ映ってる。
走って追っかけてきてるわ。
いいフォームねェ、きっと陸上経験者よアレ。
ヒメカ:嘘でしょ。60キロは出てるじゃない。
ローズ:フータロくん、そっちのスライドドア開けて。
飛び降りてアイツを止めてちょうだい。
フータロ:まさか。
冗談ですよね?
ローズ:彼女を守る!って言ったじゃない。それも今さっき。
早速出番よ〜。持ってる男は違うわ〜。
かっこいいとこ、見せたげてネ!
フータロ:無理だって!アスファルトはタイヤを切り付けるんですよ!
ミンチだって!いい感じの粗挽きになっちゃう!
きょうびハリウッドだってこんなことしねえよ!
ヒメカ:多分死なないって言ったじゃない。
ガンバって、フータローくん!応援してる!
フータロ:イヤだ!痛いのはイヤだ!降りない!オレは降りないぞ!
ローズ:しょーがないわね、こっちからドア開けるわ。
コムスメ、今よ。蹴り出せ!
ヒメカ:行ってこい人間魚雷(にんげんぎょらい)!
オラッ!
(ヒメカ、フータローを蹴り出す。フータロー、長い悲鳴と共に走行中の車から叩き落とされる)
フータロ:鬼だ……。あの人は人の皮を被った鬼だ。
死ぬほど痛い、けど、生きてる。
(サカガミ、程なく追いつき、立ち止まり、うずくまったフータロの眼前に立つ)
サカガミ:ボクを足止めするおつもりですか。
フータロ:もう彼女につきまとうのはやめてください。
サカガミ:つきまとうだなんて誤解です。
私は教師で彼女は生徒です。
生徒のアヤマチは教師がたださねばなりません。
教育を邪魔するというのならば、然るべき措置をとります。
フータロ:彼女嫌がってるじゃないですか。
いくら先生だからって、限度ってもんがありますよ。
(サカガミ、小さくため息をつき、フータローの頭を思い切り蹴飛ばす)
サカガミ:走行中の車から転落しても怪我らしい怪我もない。
潰した両目も、折った腕も、もうすっかり治っている。
キミもどうやらボクと同じようですね。
フータロ:痛い……けど、さっきの方がずっと痛かった……。
(フータロ、大きく息を吸い自らの両頬を目一杯叩く)
ここは通さない!
サカガミ:やりあうつもりですか。
ボクはフルコンタクト合気道十段で、通信気功空手(つうしんきこうからて)の黒帯ですよ。
フータロ:強いんだか強くないんだかよくわからないけど、オレは彼女を守る!
(サカガミ、一気に間合いを詰め、鮮やかなコンビネーションを放ちフータロのマウントポジションを奪う)
サカガミ:はい。
あっという間に王手です。
ボクたちは死ぬことはなくても、痛みを感じることはできる。
キミが降参するまで、全身の骨を折っていきます。
賢い打算か、無限の苦痛か、好きな方を選んでください。
(サカガミ、数を数えるごとにフータロの骨を折る)
(フータロ、カウントに合わせて呻き声をあげる)
サカガミ:ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ。
まだ、やりますか。
フータロ:ここは!通さないって言っただろうグァ!
サカガミ:では、続けます。
ななつ、やっつ、ここのつ、とお。
まだ、やりますか。
フータロ:痛い!痛いよお!全身全霊バッキバキだよサクラちゃん!
サカガミ:いい根性です。再教育してあげましょう。
じゅういち、じゅうに、じゅうさん……
(しばしの間)
よんじゅうご、よんじゅうろく、よんじゅうしち、よんじゅうはち。
まだ、やりますか?
フータロ:イヤだ!オレは、諦めたくない!ワンチャンある!
オレとサクラちゃんは、ワンチャンある!
サカガミ:あのねえ、もういいんじゃないですか。
鼻水と涙で顔がすごいことになってますよ。絵面がひどいです。
折ってるそばからくっついていくんですよあなたの骨。
ほら、謝ることが大事だって、小学校で習いませんでしたか。
「すみませんでした」って一言謝ればボクはもうそれでいいですから。
フータロ:謝らない!絶対謝らないぞ!彼女から手を引け!
サカガミ:ボクは諦めが悪いバカな子が一番苦手なんです。
諦めが悪い子も、バカな子も、教育のしがいがあります。
ただ、この二つがガッツリ組み合わさると、手に負えない!
(フータロ、渾身の力を振り絞り腹上のサカガミを突き飛ばす)
フータロ:彼女から手を引け!
サカガミ:はあ、参りましたね。
コケの一念岩をも通す……。お見事です。
ここはキミに譲りますよ。
最後に、ひとつよろしいですか。
フータロ:なんだバカヤロウ!
サカガミ:なぜそこまでして彼女を守るのですか。
フータロ:文句あるか!
サカガミ:文句などありません。不思議なのです。疑問なのです。
キミはボクと同じで、こちらに流れ着いたのでしょう。
縁もゆかりもない土地で耐え難い苦痛を押し退けてまで
彼女を守る道理がどこにあるのか。
フータロ:似てるんだよ!サクラちゃんに!
サカガミ:サクラちゃん。誰ですかそれは。
フータロ:オレの、元カノだ!
サカガミ:するとキミは、ブスグサリさんが元カノに似ているというだけで
こんな愚行(ぐこう)を。
フータロ:Exactly.(イグザクトリィ、その通りでございます)
(サカガミ、にわかに落涙し鼻を啜る)
サカガミ:なんと、なんという美談なのでしょう。
この腐敗した世界に落とされたボクの心が洗われます……。
フータロ:わかって、わかってくれるのか!オレの気持ち!
サカガミ:わかりますよ。ボクがブスグサリさんを放っておけないのも
同じ理由なんです。
フータロ:どういうことだ。
サカガミ:彼女は、ボクの恋人に瓜二つでした。
嗚呼、それにしてもなんという運命の悪戯(いたずら)!
キミも、GOD'S CHILD(ゴッズチャイルド)なのですね。
フータロ:いやそれはよくわからない。
サカガミ:美しい愛を聞かせてくれた親愛なるキミに、ボクの罪を明かします。
フータロ:なんですか急に。
サカガミ:聞いてください、懺悔(ざんげ)。
フータロ:イヤイヤ、アンタさっきまでオレの骨バッキバキに折ってましたよね。
サカガミ:ボクは、かつて高校教師でした。
理想の教育を授けようと全身全霊で生徒たちと向き合っていました。
フータロ:ちょっと聞いてー。置いてかないでー。
サカガミ:高校生は多感な時期です。体付きばかり大人びても
心の中には不安定な子供が棲んでいます。
彼らたちが立派な大人になれるように、聖職者として振る舞おうとしました。
しかし、ボクは罪を犯してしまった。
フータロ:罪と言いますと。
サカガミ:担任の女子生徒と、恋に落ちてしまいました。
フータロ:展開早くないっすか。
サカガミ:心の中に不安定な子供が棲んでいても
体付きは大人なのです。これが実にマズかった。
フータロ:実にマズかったじゃねえよ。女子高生ハンターか。
サカガミ:ボクたちの純愛を、血の通わぬ世間は許しませんでした。
そうして行き詰まったボクたちは、夜の冬の海に身を投げて
来世で結ばれようと約束したのです。
フータロ:心中(しんじゅう)。
サカガミ:そうです。ですが、彼女は、サクラは、約束の海にこなかった。
彼女は穢れたままで、それでも、生きることを選んだのです。
フータロ:サクラ……?
サカガミ:ボクに出来ることは彼女の穢れを引き受け、精算することだけでした。
そうしてボクは冬の海に独りで
フータロ:ねえ、サクラって。
サカガミ:あー、ちょっと今いいとこなんだから黙ってください。
そうしてボクは冬の……
フータロ:帝釈天(たいしゃくてん)高校!
サカガミ:だから黙っ……
えっ。キミ、もしかしてサクラの知り合いですか。
フータロ:バカモーン!そいつがオレの元カノのサクラだー!
キサマよくも、よくもオレのサクラを!
サカガミ:はあ。……はあ。
やっと合点(がてん)がいきましたよ……。
キミは、サクラが言っていたストーカーくんですね。
フータロ:ストーカー?この、このオレがストーカーだと!?
サカガミ:サクラからよく相談されてました。
三年になってから通い出した予備校で、気色(きしょく)の悪い男性から
ストーキング行為を受けていると。
フータロ:いや違う!断じてオレじゃない!オレはストーカーじゃない!
サカガミ:言われてみればキミのその容貌(ようぼう)
サクラが訴えていたストーカーの特徴にそっくりです。
フータロ:違う!オレは、サクラちゃんを純粋に!
サカガミ:ひとの恋人の名を気安く呼ばないでいただけませんか。
軽蔑しますよ。
フータロ:見るな!そんな目でオレを見るな!
見ないでくれ!やめろ!
サカガミ:想像とは誰しもに与えられた自由です。
キミの頭の中でならば何をしても良いでしょう。
頭の中だけならば。
ですが、少しぐらいは、ひとの気持ちも考えてあげてください。
キミは少し頭を冷やしたほうがいい。
日を改めます。
それまで、よく胸に手を当てて考えてください。
(サカガミ、そっとフータロの肩を叩き退場)
(フータロ、その場に崩れ落ち、長い慟哭)
フータロ:オレは、オレはサクラちゃんが好きなんだ。
名前と、顔しか知らないけど、サクラちゃんが好きなんだ。
点と点を繋いで、ようやくSNSで繋がって、これからだったんだ。
(カンキツ、タバコに火をつけながらふらりと登場)
カンキツ:プータロー、大丈夫か。
フータロ:……カンキツさん。居たんですか。
カンキツ:オウ。お前が体張ってサカガミを足止めしてるって、アイツから連絡きてな。
そんで、あのビルの陰からずっと見てた。
フータロ:ずっと見てたって、いつからですか。
カンキツ:馬乗りで骨を片っ端から折られてるあたりから。
フータロ:ひどいなあ。助けに来てくれたって良かったじゃないですか。
カンキツ:お前、一丁前にオトコ張ってたからよ。
水差しちゃ悪いと思ってな。
フータロ:オレ、オトコ張れてましたかね。
カンキツ:ああ。カッコよかったよお前。
ストーカーだけどな。
フータロ:あああああ!やっぱり聞かれてた!
カンキツ:まあ百歩譲(ゆず)って好きな相手をストーカーしちゃうのは
若気の至りデシタ!で、押し通せるが
いくら好きでも、ドヤ顔で元カノ扱いはなあ。正直キツいぜ。
フータロ:もう殺せ。いっそ殺してください。
カンキツ:早まるなよ。
お前、サカガミのヤロー、ブッ飛ばしたくねえのか。
フータロ:えっ。
カンキツ:お前の好きな女、モノにしちゃったんだぞ。
しかもセンコーのクセして、生徒に手出したんだぞ。
ハッキリ言ってクズだぞアイツ。条例が黙っちゃいねえ。
それに間違いねえ。
アイツはとんでもねえスケベ大明神(だいみょうじん)だぞ。
ここぞというタイミングで「先生……」とか言わせてるぞ。
おいどうなんだよ。
どうすんだよ。
フータロ:呆れた教師だ。生かしておけぬ。
カンキツ:なんだって?
フータロ:かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の教師を除(のぞ)かねばならぬ。
カンキツ:いいぞメロス、激怒のあまりヒロポン中毒みたいな顔色になってんな。
フータロ:カンキツさん、オレ、あいつをブン殴りたい。
何もかも負けた。だからせめて、あいつをブン殴りたい。
カンキツ:じゃ、これからアイツを殴りに行こうか。
フータロ:ヤーヤーヤー!
カンキツ:でもさあ、お前弱いじゃん。
死なないだけでスッゲー弱いじゃん。
フータロ:そうなんですよね。
カンキツ:オレずっと見てたけどアイツ結構強いぜ。
お互い死なないって条件だと、ずっとボコボコにされてしょっぱい試合になる。
フータロ:どうしたらいいですかね。
カンキツ:そりゃ特訓でしょう。特訓。
フータロ:特訓……。
(場面転換、某キャバレーのゴミ捨て場)
ヒメカ:ねえ。特訓するにしても、もうちょっとマシな場所なかったの。
ローズ:特訓するのにこんなにいい場所ないわよ。
SNSばっかりやってないでたまには洋画も見なさいコムスメ。
ヒメカ:映画くらい見るわよ。
ローズ:嘘おっしゃい。
頬に手を当てて白目剥きながらキメ顔して踊ってんでしょ。
隙あらばバズろうとしてんでしょ。
ヒメカ:ねえよ。なんだと思ってんだオメー。
せめてキメ顔か白目剥くかどっちかにするわ。
大体それじゃムンクの叫びじゃねえか。
そもそも、特訓と映画となんの関係があんのさ。
ローズ:洋画見るならわかるでしょ。
オトコたちの熱いベアナックルは
キャバレーの裏口でやるってのがいいんじゃないの。
ヒメカ:そりゃピラット・ブットがやってるなら絵になるけどさ。
大体、アイツのはシャドーボクシングっていうか病気のタコじゃない。
ローズ:そうねえ。山の妖怪感あるわね。祟(たた)られそう。
ヒメカ:あんな練習いくらやったとこでサカガミに勝てるとは思わないけど。
ローズ:でもさあ、色々言いづらいじゃない。
ケイちゃんったら、あんなに熱心なんだもん。
カンキツ:プータロー!打て!そこだ!ワンツー!右、左、右だ!
叩け!叩け!叩けッ!チャー・シュー・メンのリズムだ!
ローズ:ケイちゃんってさ、結構カタチから入るタイプよね。
カンキツ:あぁ?どこがだよ。
ローズ:タンクトップに腹巻き巻いて、杖までついてアイパッチつけてんじゃん。
完(かん)コスじゃん。
カンキツ:あー。
それはほら、アメゾンで特売だったからよ。
ローズ:どういう風の吹き回しかは知らないけどさあ。
あのボーヤとサカガミにタイマン張らせてどうすんのよ。
カンキツ:うるせえなあ。
オトコには自分の世界があるんだよ。
ローズ:まあどうせアイツ殺せないんだからいいけどね。
それで、フータローくんに勝つ見込みはあるの?
カンキツ:ないな。まるでない。万に一つもない。
センスのかけらもない。致命的な運動音痴だよアイツ。
ローズ:ダメじゃないの。タイマン張ってボコボコにされてどーすんのよォ。
カンキツ:勝ち負けじゃないんだよこういうのは!
ヒメカ:ねえ。この茶番、参加しなきゃダメなの。
カンキツ:ったりめえだろうがこのアバズレ!
ロッキーにはな、エイドリアンがいるんだよ!わかるかこのヤロー!
ヒメカ:わかんねえよ。二千年代生まれには。
カンキツ:わかんねえなら黙ってそこにいろ!
無駄にデカい乳の一つでも揉ませてやれや!オウ!
ヒメカ:何よそれ。人のことアテウマにするつもり?
ローズ:エサはエサらしく黙っててちょうだい。
そっちの方がいくらか美味しく見えるわ。
ヒメカ:エサ。言ってくれるじゃない。
ローズ:忘れないで。
フータローくんが色目使ってなかったら
アンタなんか熨斗紙(のしがみ)つけてサカガミにくれてやってるんだから。
ヒメカ:(舌打ち)
カンキツ:喧嘩すんなよお前ら。
あのなあ、アイツはよ、学もなければ仕事もねえし女もいねえ。
おまけに純愛気取った生粋のストーカーだ。
ハッキリ言って救いようがねえ。
だが、サカガミを前にして一歩も退かなかったんだ。
お前みたいなクソアマを守ると、骨という骨をへし折られても退かなかったんだ。
見上げたオトコじゃねえか。なあ。
ヒメカ:オトコでもオンナでもどうでもいいけどなんか、話ズレてきてね?
アイツのサカガミがケンカしたところで話なんも進まなくね?
ローズ:まあぶっちゃけズレてるけど、一周回ってハマってきてるかもね。
サカガミもフータローくんも死ねない。
こちらもあちらも騒ぎを表沙汰にはしたくない。
この条件で一番合理的で賢い選択は、向こうの気持ちを折ることよ。
お引き取りいただけたらそれに越したことはないわ。
ヒメカ:えー。なんかさあ、こう、特殊部隊とか超能力者とかが出てきて
ワーワードッカンってやって大団円(だいだんえん)ってのが
セオリーなんじゃないの。つまんない。
ローズ:ビッチのくせに夢見がちなのねえ。
現実なんてものは大体、落とし所の探り合いよ。
(サカガミ、どこからともなく現れる)
サカガミ:それで、落とし所は見つかりましたか。
カンキツ:おやおや。お早い登場で。
(サカガミ、ヒメカのスマホを指でぶら下げる)
サカガミ:ブスグサリさんが周辺機器の位置情報を切っていなかったのが幸いしました。
インターネット・リテラシーを教育する必要がありますね。
ローズ:あーもう!これだからイヤなのよシロウトって。
ヒメカ:だってしょうがないじゃん。アエフォン、高かったんだから。
アエポッド無くすの嫌だし。
カンキツ:ほら、アポロが来たぜ。準備はいいかい。
フータロ:……いけます。
サカガミ!オレは、お前をブッ飛ばす!
サカガミ:キミがボクをブッ飛ばす。なるほど、校内暴力ですね。
ブスグサリさんを指導する前に、ボクがキミを指導しましょう。
フータロ:脇を締めて、顎を引いて、左……!
(フータロ、繰り出した拳を掴まれ、その場に引きずり倒される)
ヒメカ:早っ!もうアイツ崩されたんだけど、ねえこれ大丈夫なの?
サカガミ:生兵法(なまびょうほう)はケガのもと、と教わりませんでしたか。
(サカガミ、倒れたフータロの顔面を渾身の力で踏みつける)
ヒメカ:あっ、頭踏まれた。死ぬやつじゃんあれ。
サカガミ:横恋慕した女性に心底嫌悪されるような
ナメクジ以下のキミは、この場で踏み潰されて死んだほうがラクです。
ヒメカ:ヤバいヤバい、コンボ入ってる。リフティング大会みたいになってる。
アイツ、死ぬ。
ローズ:エトランゼは死なないわ。
ヒメカ:でもめっちゃ血出てるよ。目からも鼻からも耳からも。
ローズ:いや待てよ、いっそ死んでくれたらそれはそれで面倒が減る……。
ヒメカ:ちょっと。
ローズ:ヤダわアタシったら。ウフフ、忘れてちょうだい。
(サカガミ、動かなくなったフータロの頭部を何度も踏みつける)
サカガミ:みじめでしょう。恥ずかしいでしょう。穴があったら入りたいでしょう。
だからもう諦めてしまえ。
手放してしまえ。
目を、閉じてしまえ!
カンキツ:おいプータロー!気張れ!負けるな!立て!立つんだじょー!
ローズ:そうよフータローくん、立って!
ヒメカ:イヤイヤ無理っしょ。ワンサイドゲームもいいところっしょ。
一分以上ずーっと頭本気で蹴られてたんだよ。死んだって。
カンキツ:プータロー!お前が勝ったら、この女と、ワンチャンあるぞ!
ヒメカ:おい何すんだよ!めくるな!服を捲るな!ヘソを出させるな!
ローズ:そうよフータロくん!どんな手を使ってでもワンチャン作るから!
ヒメカ:お前もやめろこのオカマ!テメーらどっちの味方なんだよコラ!
フータロ:オレを、呼んでる声がする……。
サカガミ:……バカな。あれだけ頭部を攻撃されて、なぜすぐに立ち上がれる。
フータロ:サクラちゃんッ!
ヒメカ:だからサクラじゃねえってば。
フータロ:ボクは死にましぇん!
あなたが!好きだから!!
カンキツ:今だフータロー!距離をつめろ!
(フータロ、声を上げてサカガミに向かい突進し、襟首を掴む)
カンキツ:いいぞ!掴んだ!そのまま投げ飛ばせ!ブッ殺せプータロー!
ローズ:ああ凄いわぁ〜童貞の爆発力、ビッグバンだわ〜。
サカガミ:なんという馬鹿力……!外せ、ない!
フータロ:コイツをブッ倒したら!
サカガミ:離しなさい!
フータロ:ボクと!
サカガミ:離せ!離さんか!!
フータロ:付き合ってくださいッ!!お願いします!!!
サカガミ:ぬうううううううう!!!
ヒメカ:それは!
無理!
マジで!
無理!!
フータロ:セイ!
イェス!!
(暫しの間)
カンキツ:決まったな。
ローズ:ええ。超高速の背負い投げ。
サカガミも、微動だにできなかった。
それにしても、ボクシング関係なかったわね。
カンキツ:いうな。
ほら、始まるぞ。フータローの反撃だ。
フータロ:サカガミッ!
オレはッ、今から、お前を殴る!
(フータロ、朦朧とするサカガミに馬乗りになって絶叫と共に何度も殴りつける)
フータロ:教師が教え子とイケナイ関係になって、いいと思ってるんですか!
サカガミ:……いけないと思います。
フータロ:あまつさえその教え子と心中しようとして、いいと思ってるんですか!
サカガミ:……いけないと思います。
フータロ:心中できなかったからといって、不良少女をチョメチョメしていいと思ってるんですか!
サカガミ:えっ、いや、チョメチョメはしてま……
フータロ:口ごたえするんじゃねえ!
カンキツ:修羅だな。
ローズ:修羅ね。
フータロ:教育的指導が必要なのは、誰ですかああっ!!!
サカガミ:……ボク、です。
フータロ:わかってんなら、顔洗って出直してこいこのッ……バカチンがァ!
(フータロの渾身の殴打を受け、サカガミの体は崩れるように消えていく)
ヒメカ:サカガミが、消えていく……。
薄れて、いく。
ローズ:情報通り。
因果の根が崩れたエトランゼは、瓦解する。
カンキツ:オイ。お前今なんかいったか。
ローズ:ううん。なんでもないわ。
カンキツ:へえそうかい。
勝ったな。
ローズ:ええ。
やるじゃないフータローくん。
(フータロ、肩で息をしながら、満身創痍でヒメカに近づく)
フータロ:ブスグサリさん。
約束通り、オレ、キミを守ったよ。
ヒメカ:うん……。ありがとう、フータローくん。
フータロ:ブスグサリさん。
オレと、付き合ってください!!
カンキツ:いかん、アイツ早まりすぎだ。
頭を蹴られすぎてテンポがおかしくなってる。
そもそもさっき返す刀で振られたじゃねえか。
ローズ:いいわぁ。こじらせた童貞の爆発力、天地開闢(てんちかいびゃく)だわぁ……。
ヒメカ:あー、うん。
助けてくれてありがとう。
それはお礼言うね。本当ありがと。
でもね、ごめんなさい。
付き合うのは、できないよ。
フータロ:どうして!!
めっちゃ頑張ったじゃないですか!!
キミのために!頑張ったじゃないですか!!
オレはキミのナイトじゃないんですか!!
ヒメカ:だからね、生理的に無理なの。
顔がブサイクとか、身長が足りないとかじゃなくて
生理的に無理なの。受け付けないの。
ナメクジかわいいって思う人っていないでしょ?
そういうことなの。
カンキツ:あの女、諭すような口調でめちゃくちゃ言うな。
フータロ:そう、ですか……。
生理的に無理ですか。
じゃあ、別のお願いしてもいいですか。
ヒメカ:ん。いいけど。
何?
(フータロ、深く深呼吸し、よく通る声で一言)
フータロ:一発、ヤらせてください!!
(ヒメカ、フータロの頬を音を立てて張る)
ヒメカ:台無しだなお前!
カンキツ:トゥー・ビー・コンテニュー!!
(被せるようなカンキツの絶叫と共に幕)
パラレる AVID4DIVA @AVID4DIVA
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