【短編】弟ですが姉様が悪役令嬢にされそうなので代わりに婚約破棄されに行きます

蒼鳥 霊

弟ですが姉様が悪役令嬢にされそうなので代わりに婚約破棄されに行きます

「リアトリス嬢、貴様の愚行にはもううんざりだ。そればかりかアリア嬢がおとなしいのをいいことに陰で嫌がらせをするとは。もう許しておけん。この場で貴様との婚約破棄を宣言する」


 学園の卒業パーティーの最中、王太子――アンドリュー殿下の突然の宣言に私は思わず持っていたグラスを落としそうになった。


「おい、リアトリス嬢聞いているのか」


 声の方を見ると、アンドリュー殿下とアリア嬢が並んで立っていた。

 私はグラスを使用人に預け、落ち着きを取り戻す。そして、アンドリュー殿下の問いかけに答えた。


「はい、聞いておりますわ、アンドリュー殿下」


 別に無視していたわけでも聞いていなかったわけでもない。それに婚約破棄されたことに驚いたわけでもない。いつかこういう時が必ずくるとは思っていた。

 ただこの場でそれをいうのかと驚いただけだ。

 周りを見渡すと周りの生徒たちの大半も同じ気持ちらしく、驚いた顔をしている者が多い。

 中にはグラスを落としてしまい慌てている者もいる。私はなんとか落とさず堪えることができてよかった。


「婚約破棄とは一体どういうことでしょうか?」

「言葉通りの意味だ。他人に嫌がらせをするような奴を次期王妃などにできるわけがないだろう」


 全く予想した通りの言い分であった。


「リアトリス様に嫌がらせをされて、私とても怖かったんです」


 隣に立つアリア嬢が殿下に擦り寄りながら言う。

 しかし、当然ながらアリア嬢への嫌がらせが起こったなどとの事実はない。

 アリア嬢は随分前からアンドリュー殿下と懇意にしていたのだ。いくら男爵家の令嬢である彼女の行いが目に余るものであったとしても、殿下の不況を買ってまで嫌がらせをしようなんて輩はいないだろう。


「失礼ながら、アンドリュー殿下。私は嫌がらせなど全くもってやっておりませんわ」

「言い逃れしても無駄だぞ。それとも周りの令嬢にやらせたから自分は関係ないなどとの妄言を吐くのではあるまいな」

「そうですよ、リアトリス様。自分の罪を認めてください」


 殿下とアリア嬢が責めるようにして言う。

 しかし、妄言を吐くなと言いたいのはこっちの方である。いったいどのような理由があってこの場で糾弾しようなどとの暴挙に出たのかわからない。


「殿下、何を仰られようと、事実として私は何もやっておりませんわ。証拠はあるのでしょうか」


 そう私は尋ねる。やっていないものはやっていないのだ。証拠などあるはずもない。


「ここまでくると怒りを通り越して呆れすら出てくるわ。望み通り証拠を見せてやろう」


 アンドリュー殿下はそういうと懐から一枚の紙を取り出す。


「ここにリアトリス嬢、貴様が行ったと訴える者の証言が書かれておる」

「一体どなたの証言でしょう?」

「アリア嬢だ」


 パリン、と何かが割れる音とともにどこかの令嬢の小さな悲鳴が聞こえた。

 周りを見ると呆れモードの会場が出来上がっていたから、また誰かがグラスを落としてしまったのだろう。

 お気の毒に。

 だけど私も呆れる気持ちには大いに賛成できる。


「ふん、驚いて声も出ないか」


 アンドリュー殿下はしてやったりといった顔をしてこちらを見ている。


「恐れながら申し上げさせていただきますわ、殿下。被害者本人の訴えだけでは証拠になりませんことよ」

「認めたくないからと証拠まで否定するとは。それはもはや認めていると同然ではないか。それにやっていないという証拠はないであろう。それこそが貴様が嫌がらせをしたという証拠になるのではないか」


 そう殿下は言い放つ。

 全くの屁理屈であるが、あれでは何を言われても自分が正しいと思うもの以外信じようとしないだろう。

 はぁ、と私は心の中でため息をつく。

 この場で出す気は全くなかったが、仕方ない。こちらも手札を切るしかないだろう。


「証拠ならありますわ」


 私は軽く2回手を叩く。

 するとどこからか現れた執事らしき人が紙束を持ってくる。

 私はそれを受け取り、殿下に向かって突きつける。


「ここにリアトリスのこれまでの行動が記してあります。お父様の印も押してありますわ」

「貴様の身内の印など信用できるか。言葉を借りるなら証拠にはなりませんことよ、であったか。それに――」

「それともう一点」


アンドリュー殿下の言葉を遮り私は言う。


「実は私、リアトリスではありません」


 会場がザワザワとし始める。直前にパリンという音がしたから、またもや誰かがグラスを落としたのだろう。何度も悲劇を生んでしまって申し訳ない。

 アンドリュー殿下も少しの間よくわからないと言った顔をしていたが、ふっと我に帰る。


「皆の前で責められたことで頭でもおかしくなったか。まあいい、百歩譲ってリアトリス嬢じゃないとして、貴様は一体誰だというつもりだ」


 ニヤニヤとした顔で殿下は問いかけてくる。


「リアトリスの弟のアランバルトでございます。」


 殿下が笑い出す。


「リアトリス嬢の双子の弟の!?不登校の!?ははっ。もう少しまともな者の名を出すかと思ったがまさか男の名前とは。本当に頭がおかしくなってしまったようだな」


 少しイラっときたがまあいい。

 私は喉の調子を普段通りに治す。

そして、


「これでどうでしょうか」


と、先程までとは別人の声言った。

 今度はうって変わって会場が静寂に包まれた。殿下を含め全員が驚いた顔をしてこちらを見る。言葉を発するものは一人もいない。

 突如、大きな音と共に会場の扉が開かれた。

 みんなの視線がそちらに向けられる。

 私も同じ方を見ると、そこには国王陛下が立っていた。

 おそらく走ってきたのだろう。息を切らしている。

 はっと我に帰ったアンドリュー殿下は国王陛下に駆け寄る。


「お父様、いいところにいらしてくださいました。たった今リアトリス嬢との婚約を――」

「バカもん!!」


 あまりの大声に空気が震えた。


「お前は、お前は何をしてくれたのだ」


 陛下はそう言ってアンドリュー殿下に詰め寄る。

 今度は会場が怯えから凍りついたような空気になる。

 これ以上会場の空気をコロコロ変えては、華やかなパーティーを楽しみにしていた卒業生がかわいそうだろう。

 そう思い私は陛下の方にゆっくりと歩み寄る。


「国王陛下お久しぶりでございます。ここではなんではございます。別のお部屋でお話しされてはいかがでしょうか」


 少し落ち着きを取り戻した陛下はこちらを見る。


「アランバルトか。久しぶりだな。そうだな、場所を移すとしよう」


 そして、私たちはパーティー会場を後にした。







 パーティー会場を後にした私たちは応接間にいた。

 私とアンドリュー殿下が向かい合う形となり、それを見渡せる位置に国王陛下が座られている。殿下の隣にはアリア嬢がくっつくようにして座っている。

 少しばかり緊張感が漂う空気の中、陛下が切り出す。


「アランバルト殿、此度のことは申し訳なかった」


 そう言って頭を下げてくる。


「なっ、お父様。何故謝るのですか。悪いのは全てリアトリスではありませんか」

「そうです。私にあんな酷いことをしたのに悪くないだなんて、あんまりです」


 アンドリュー殿下とアリア嬢が言う。

 ゆっくりと顔を上げた陛下は二人の方へ向き直り言う。


「いや、悪いのはお前達だ」

「何故です。お父様は彼のいうことを信じるというのですか?」


 陛下はため息をつくと、アンドリュー殿下に問いかける。


「アンドリューよ、リアトリス嬢とアランバルト、2人の家名が何か知っておるか」

「確かワンデルフォールであったはずですが、それがどうしたのですか」


 アンドリュー殿下とアリア嬢は二人とも訳が分からないといった顔をしている。


「そのようなことまで知らないとは。それほどまで王太子としての研鑽を疎かにしておったということか」


 また、陛下がため息をつく。

 陛下にこのようなことを思うのは不敬かもしれないが、とても不憫である。王族といえど、いや、王族だからこそ子育ての失敗というものは重く感じるのだろう。


「いいか。今から100年程前のことだが、当時の王が民に圧制を敷いておった。多くの者は王家の矛が自分に向くのを恐れしたがっておったが、苦しむ民のために立ち上がった一つの家があった。子爵家ではあったが、並外れた身体能力と偵察力で情報を集め、王家を転覆させたのだ」


ここまで聞いてアンドリュー殿下は察したようだ。表情に先程までの自信がなくなってきている。


「しかし、その家は自らが新しい王家となることはせず、王家を見張る立場となった。それがワンデルフォール家だ。だからこそワンデルフォール家が動くこと自体が重大なことであり、その情報は何よりも信じるべきものなのだ」

 

陛下にキッパリと言い切られた殿下は何も言い返せず、口を開けては閉じる行為を繰り返している。


「そ、そもそも、アランバルトがリアトリス嬢に変装していたことも許されないことではないですか。変装して皆をたばかるなど重罪に値します」


 殿下が何とか逃れようと、苦し紛れに話題を逸らそうとしてくる。

 確かに変装してパーティーに紛れ込むなど許されないことだろう。しかし、こちらは通すべき道理を通したうえで今回の行動を起こしている。


「今回の件については事前にワンデルフォール家から聞いておる。したがって、何も問題はない」


 ここで私はようやく口を開く。しばらく国王と殿下の会話であったため入り込む余地がなかったが、一つ聞きたいことがあるのだ。


「アンドリュー殿下。私がリアトリス姉様に変装して学園に登校したのは今回が初めてではございませんが、気付いてらっしゃいましたか?」


 殿下は驚いた顔をする。

この反応では全く気付いていなかったのだろう。


「そもそも、我が家はいつかこのような日が来るだろうということを予想していました。だからこそ、姉様は次期王妃として自分が王太子の行いを直さなければならないと努力されていました。それは、姉様が殿下を愛していたためでもあると思います。しかし、殿下の行いは悪くなる一方で、次第に姉様に当たるようにもなりました。そして、心を病んでしまった姉様が家にこもるようになったのが1か月前です。それからです、私がリアトリスとして学園に通っていたのは」


 殿下は過去を思い出そうとしているがどうにも違和感を思い出せない様子である。それほどまでリアトリス姉様を蔑ろにしていたということだ。非常に嘆かわしい。


「因みに殿下は会場で私のことを引きこもりとおっしゃいましたが、正確には違います。次期ワンデルフォール家当主となるものは学園に通わず本家にて研鑽を積むのが習わしでございます。学園には卒業という実績を得るために籍を置いているに過ぎません」


 ここまで言われ遂にアンドリュー殿下は何も言えなくなったようだ。アリスも含め二人して俯いてしまった。


 しばらくして国王陛下がこちらを向く。


「アランバルトよ。此度の件、改めて悪かった」


 再度頭を下げてくる。


「陛下、どうか頭をお上げください。悪いのは陛下ではございません。それに国王ともいう方が何度も頭を下げてはなりません」


 こう何度も頭を下げられては申し訳ない。ましてや国王に頭を下げられるなど、悪いことをしている気分だ。


「そう言ってもらえると助かる。愚息とアリア嬢の処遇だが検討し改めて伝える」


 なんとなく話が一段落したような感じである。恐らくこれから二人への正式な聴収が始まるのであろう。

 そんな空気を感じ取った私は立ち上がり、陛下に一礼をしてから部屋の出口へと歩き出した。使用人が開けてくれた扉をくぐろうとし、ふと思い出したように私は振り返る。


「アンドリュー殿下、アリア嬢」


 名を呼ぶと二人がこちらを向く。その顔は青白くひどいものだ。

 そこに追い打ちをかけるように、不敵な笑みを浮かべながら私は言う。


「ワンデルフォール家の内情は王家のみが知るものです。したがって、もし他人に漏らしたらどうなるか......お分かりですよね」


 それを聞いた二人はさらに顔を青くして倒れてしまった。

 

 後に発表された話だと、アンドリュー殿下は廃嫡となり王太子の座は第二皇子へと移ったらしい。また、アリア嬢の家は、学園内の出来事とはいえ国を混乱させたとして、取り潰しとなったらしい。

 しかし、私にとってそんなことはどうでもよい。我が家の尊厳が、いや、姉様の名誉が守られたことが一番重要である。

 姉様は今回の出来事を知ってとても悲しんでいたが、精神的には回復の兆しが見えている。きっとそのうち社交界に戻り、新たな婚約を結ぶことになるだろう。

 そのときはもう姉様に成り代わるなんてことが起きませんように。

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