12月18日 目に映る風景
曇り。
今日は、とてもめんどくさい事になってしまった。報告書をつくるにあたって、身内ともめてしまった。
報告書をどのような形にしようかと考えた時、事業を今後誰かがやる可能性を見越して、大学内のどこかにおいておけるように本仕立てにして残しておこうと考えた。しかし、それがどうも逆鱗に触れたらしく、本仕立てにする意義を聞いてきた。
ここで大概本音を言えば、なおのことダメだと言ってきた事例があったので、黙秘を貫いた。本当は、身内に対して安易に黙秘を行使するべきではないと思うが、だからといって口を開いたところで状況が好転して事例は未だに一件も出ていない。
向こう側は正論を言っていると思われるが、果たしてそれを相手にぶつけたところで何のメリットがあるのか分からない。「反論」と「正論ぶつけ」は似て非なるもので、一見相手のことを理解しているようだが、結局は相手の意見をなんとしてでも変えようとする、人格に対する越権行為である。つまり、相手の思考を理解しようとして、実は相手の思考を変更させようという行為なのである。
私は基本、相手と対話を通して事の解決をはかろうとする主義を持つ。だが、そうはいっても相手がこちらの主張を否定一辺倒であるならば、この主義を捨てざるを得ないのである。しかしながら、捨てる際は力によってではなく「黙秘」という言論でもって捨てるのである。私の解釈では、「黙秘」も一種の言論だと考えるのである。
そして、「黙秘」ほど非暴力でありながら簡単に会話の場を破壊し、自己を手早く一時保護できるものはないのである。ゆえに、これを用いることに躊躇する気は微塵もないのである。
さて、そんなもめ合いを終えた後に、一人自転車で最近できた近所のスターバックスコーヒーに行ってみた。夕方の時間帯の影響でもあるが、店内には長蛇の列ができていた。幼い頃からこのチェーン店にお世話になっていたが、よもや自分が成人してから近所にできるとは思わなかったことであろう。店内はあったかいものであったが、果たして落ち着ける場所ではなかった。しかし、店に出れば強い冬風にぶつかることになるのだから、店にいる他滞在する方法はなかった。この時期にしてテラスでドリップコーヒーを飲むことができるわけなかろう。
ああ、かくして内にこもる必要性と楽しみを今日一日知ってしまったのである。
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