第8話

「ああ…なんだって言っちゃったんだろ。バカだよ僕〜」


「何が。どないしてん。」


夜。


ちゃぶ台に突っ伏して、ぐちぐちと後悔の念を吐き続ける真嗣に、風呂上がりの藤次は尋ねる。


すると、真嗣は彼をじとりと見つめた後、盛大にため息をつく。


「言えない。守秘義務。」


「なんね。ワシとお前の仲やろ?遠慮せんと言えや。聞いたる。」


そう言って向かい側に座る藤次。


…言えるわけない。


感情的になったとは言え、自分がゲイだと、よりにもよって依頼人に告白したなど、言えるはずもない。


ただ…


「…ねえ、藤次はなんで絢音さんを好きになったの?」


「なっ!?」


真っ赤に顔を染める藤次。その反応に心は軋んだが、構わず進める。


「彼女のどこが好き?顔?性格?それとも体の相性?ねえ、教えてよ!」


「あ、阿呆言え!言えるかいそんな小っ恥ずかしいこと。大体、それがお前の悩みとなんの関係あんねん…」


「それは…」


「それは?」


「ただ、思っただけさ。人を好きになるって、何なんだろうねっ…て。」


「ほうか。まあ、ワシが絢音の事好きなんは、見た目もやけど、ワシの事好きって思ってくれてる、性根かな?」


「ふぅん。デレデレじゃん。」


「まあのぅ。せや、お前はおらんのか?そう言う女…」


「僕?う、うん、まあ、その、いる、と言うか、なんというか…」


「なんね、やけに歯切れ悪いやん。片思いか?話せ話せ!ワシ応援したる!!」


そう言って食い入るように見つめてくる藤次に、真嗣は寂しく笑う。


「言えないよ。絶対敵わないライバルがいる、恋だからさ。」


「なんね、男ならバシーンと横から奪ったれ!大体、簡単に諦めるなんて、お前らしないで?」


「ははっ!そんな事ないよ。藤次と違って、僕は案外…臆病者なのさ。でもありがとう。少し楽になった。」


「ふぅーん。そんならまあ、ええけど…あまり思い詰めなや?仕事も、プライベートも。」


「うん。ありがとう。先寝るね?お休み。」


「おう!おやすみ。」


そうして二階に上がって戸を閉めた瞬間、ポツリと呟く。


「…君と同じ墓に入りたいなんて言ったら、なんて顔するだろ…まあきっと、笑って流されるんだろうな。」


そうして布団に入ろうとした時だった。スマホの着信音が鳴ったのは。


液晶を見ると、大林春彦。


こんな時間になんだと思いつつ電話を取る。


「もしもし、どうされました?大林さん?」


しかし、いくら待っても、春彦から返答は来ない。


何なんだと眉を顰めた瞬間だった。


「弁護士さん…あの…」


その先の言葉を聞いた瞬間、真嗣は眠気が吹き飛ぶような衝撃を受け、思わず「はい?!」と、素っ頓狂な声を上げた。



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