第7話

「妻が、出て行ってしまいました…」


「あはは…」


翌日、春彦がどんよりとした表情で事務所にやってきたので、真嗣は気まずそうに苦笑う。


「弁護士さん。芽衣子さんに、何を吹き込んだんですか?僕は、芽衣子さんがいないと何にも出来ないのに…」


「ふ、吹き込んだだなんて…僕はただ、貴方の主張、ありのままをお伝えしただけですよ?離婚したいって。その話を聞いた上で、奥様が別居を決断されるのは、想定されてなかったんですか?」


「でも、まさか、いなくなるなんて…奈津美なつみも、連れて行ってしまわれて。僕、独りは嫌なんです。弁護士さん、どうにかして下さい。」


「奈津美さんとは?」


「あ、はい。今年7つになる、娘です。」


「娘さんまでいらしたんですか…なら、今後は親権の話もしていかないといけませんね。」


「親権…」


「はい。ざっくり言ってしまえば、奈津美さんを奥様か大林さんのどちらかに、養育を任せる事です。」


「でも、芽衣子さん奈津美が大好きだから、引き離すような真似は…」


「大丈夫ですよ。面会日と言う約束事があって、離婚した後、仮に大林さんが親権を取られても、奈津美さんは奥様と会うことは出来ます。」


「でも…」


「…………」


一体どうしたいんだこの男は。


離婚はしたいが、妻と離れたくない。

娘と妻を引き離したくない。

でも、自分も娘から離れたくない。


これでは、言ってることがあべこべだ。


どうして欲しいんだと言う思いが顔に出たのだろう。春彦は小さな肩を窄める。


「すみません。言ってること滅茶苦茶で。」


「あ、いえ、こちらこそ…でもいい加減、方針をはっきりさせていただけませんか?大林さん、あなた離婚したいんですよね?」


その問いに、フッと、春彦の表情が変わる。


「弁護士さんには分からないでしょうね。家に帰ったら、何の迷いもなく愛せる奥様がいて、きっとお子さんだっている。悩みも話せる友人も。そんな人に、僕の気持ちなんて、分からない。」


その問いに、真嗣の仕事の顔にヒビが入る。


「妻も子供も、全て捨てて来ました。僕は、ゲイですから…」







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