第5話

「そんでなー!ワシ言うたんや。絢音はもうちょい可愛い服着たらええて!そやし勿論、今でも十分可愛いて言うたんや!そしたらなぁ〜…」


「ふーん…」


夜。


藤次と食卓を囲み、夕飯を肴に彼の惚気話を聞いていた真嗣だが、昼間の春彦の「ただ」がどうにも気になり上の空でいたら、藤次が不満そうに眉を顰める。


「なんね。ワシと絢音の愛の2時間、聞きたないんかい。」


「へっ!?ああいや別に、そう言う訳じゃ…」


「ほななんで、さっきから「ふーん」とか「へぇー」やねん。もっといつもみたいに話食いついてくれや。」


「あー…いや、なんか悪いけど、今日はそんな気分になれなくて…」


「なんね、なんか悩みあるんか?」


「んー?まあ、あんまり乗り気な仕事じゃないんだ。「経験者」としては。」


「ああ。離婚案件かい。そらまた、お疲れやな。」


「まあね。明日相手の奥さんに会うんだけど、泣かれたり怒鳴られたりするのかと思うと、憂鬱で。それに…」


「それに?」


「…ううん。なんでもない。守秘義務。僕、もういいや。お風呂入ってくる。洗い物は適当に流しに入れといて。」


「お、おう…」


そう言って頷く藤次を一瞥して、真嗣は風呂場へと向かった。



「(離婚、応じてくれるの?嘉代子さん。)」


「(ええ。調停なんて時間の無駄。サインするから、さっさと寄越しなさい。離婚届。)」


「(でも、何で…急に…)」


動揺する自分に、嘉代子は寂しげに笑う。


「(早く行きたいんでしょ?彼のとこ。なら、とっとと自由にしてあげるから、幸せになりなさい。)」


「幸せ…かぁ…」


湯気で白んだ天井を眺めながら、真嗣は在りし日の嘉代子とのやり取りを思い出す。


「嘉代子さん、本当に、何であんなにあっさり離婚してくれたんだろ…弁護士だから?それとも…」


考えても仕方ない事だし、嘉代子に付けた心の傷を抉るような気がして、結局聞けないままでいる疑問。


脳裏に、春彦の切迫した表情が浮かぶ。


「円満に終わると、良いな…」


ちゃぷんと鼻まで湯船に浸かり、真嗣は明日からの仕事に思いを馳せた。

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