悪役令嬢には殿下以外の攻略対象に狙われていることに気付かない!

にのまえ

第1話

 スカーレット王都にあるルノール学園。

 公爵令嬢ルリア・バーレルは転生者で、この乙女ゲーム『ドキスキ学園』が大好きな、第一王子の婚約者で悪役令嬢である。


 学園に入学前まではそことなく仲の良かった私たちですが。ヒロインに好意を抱いてから、アルフレッド殿下の態度が変わった。

 

『私のローリス嬢に近付くな!』


 ――フフ、実に面白い変わりようでしたわ。


 


 本日も距離を開けて登校するルリアに、アルフレッド殿下の冷たい声が飛んでくる。


「ルリア嬢、周りが煩いから嫌なお前と登校してやっているんだ、私に近付かないでもらおう」


「アルフレッド殿下、そんなに大声を出さなくても心得ております」


 この場にもうすぐ……ほら、ヒロインがドタドタ、バタバタ音をだして現れた。


「おはよう、アルフレッド様」


 人目も気にせず大きな声で殿下を呼び、いつも髪がどこか跳ねている元気が取り柄の、男爵令嬢のローリス・ダーティー嬢。



 乙女ゲームだとルリアはローリスさんに嫉妬して、彼女に足をかけて転ばすのだけど、転ばすなんていたしません。



(……って、ローリスさん、ご自分で足を引っ掛けましたわ)


 ルリアは瞬時にアルフレッド殿下のいる位置を確認して、彼女がぶつかる前に避けた。彼女はぶつかる相手がいなくなり、そのまま殿下の胸元にぽふっと埋まる。


(ナイスキャッチですわ!)


「おはよう、ローリス嬢は朝から元気だね」

「えへへっ、ありがとう」


 萌、萌、朝から、いいものが見れました。

 さてと、邪魔者は去りますか。


「私はこれで失礼いたしますわ」


 会釈をしてその場を離れ、彼らが通る廊下の端に移動した。ルリアはどう足掻いても悪役令嬢、最後の日さえ、乗り越えればいいのです。


 今は萌えをあびるだけ、あびたい。


 最近、いつ平民になってもいいように料理も習い始めましたし、流行遅れのドレス、宝飾品を処分して資金も作りました。公爵家を追い出されても数日はなんとか生きていけます。

 

 前世から愛してやまない乙女ゲームの為なら平気。

 殿下とヒロインのイチャラブ、攻略者候補達の逢瀬を特等席で見れますもの。


 悪役令嬢って最高!

 フフ、萌は生きるかて。


 仲むずましい2人を廊下の陰から見守る、ルリアの肩を誰かが叩いたが、今いい所なのでほっておいてください。と、反応を返さないでいた。


「こんな、廊下の隅で何してるの?」


 こ、この声はカルザード様だ。

 ドレスをサッと正して、スカートをもって会釈した。


「おはようございます、カルザード様」

「おはよう、ルリアちゃん」


 攻略対象の騎士カルザード・ロードス様。彼は人なっこい垂れ目で、ちょっとチャラ男風の茶髪のイケメン。離れた騎士クラスから、ローリスさんに会いに来たのですね。



(はっ、まさか……腐腐腐、遂に殿下とカルザード様がローリスさんを取り合うのですね)



『アルフレッド殿下、ローリスちゃんを独り占めにするな!』

『いいや、私のローリス嬢だ』

『やめて、私のために争わないで!』


 のような。乙女ゲームで見たベタベタな展開を求む。

 


(さぁー、カルザード様おゆきなさいぃぃ!)



「…………(あれ、行かないのですか?)」


 肝心のカルザードは動かないどころか、ルリアの肩に手をかけ、なぜかイケメン、スマイルをルリアに見せている。


(その笑顔、とても素敵ですが……私に見せても何の意味がありませんわ)


 さらに、そのキラキラを増し。


「ねぇ、ルリアちゃん。今日の放課後、王都に新しくできた喫茶店にパンケーキを食べに行かない? その店のパンケーキが絶品なんだって」


 ぜ、絶品のパンケーキですって⁉︎


 パンケーキといえば。3食それで、いいくらいのルリアの大好物。この事を言うと家のコックが"やめてください"と泣くので、言わないようにしていますが。


「パンケーキ……ですか」


「そっ、ルリアちゃん、パンケーキ好きでしょ?」

「ええ、大好物ですけど」


「じゃ、パンケーキ食べに行こう? そこのパンケーキクリームたっぷりなんだって」


「たっぷりのクリーム……」


 うむむ。大好物のパンケーキは捨てがたい、のだけど……余り攻略対象の方に近寄りすぎると、最後の日に何かありそうで……怖い。


 怖いけど、クリームたっぷりのパンケーキは食べたい。

 頭の中がパンケーキ一色になり、口元が勝手に緩む。


「フフ、その顔は決まりだね。またあとで。そうだ、昼食も一緒に食べようね」

 

「お昼もですか?」


(カサドール様、昼食はローリスさんとご一緒じゃないの?)


 ルリアと昼食と放課後の約束して、カサドール様はクラスに戻っていった。

 

(あれれ? ローリスさんに会わずに戻っていかれましたわ……まだ、好感度があがっていないのかしら?)


 それなら仕方ありません、と教室に行こうとした私の袖をクイっと誰かに引っ張られる。こんどは誰です? と見れば、可愛く人なっこい緑色の瞳が見上げていた。

 

 この方は攻略対象の魔法科のマサク・マインダー様

 今日も黒いローブと魔法の杖がお似合いだ。


「おはようございます、マサク様」

「おはよう、ルリア。何かいいことがあった?」


「いいこと、ですか?」


 まさか、パンケーキで顔がゆるんでいる?

 これは引き締めないと、自分の頬を両手でくいくい上げた。


「クク、冗談だよ。でも、その顔は……何かいいことがあったみたいだね」


 あら、マサク様にはバレバレですね。


「はい、ありましたわ。今日の放課後、カルザード様と王都に新しくできた喫茶店に、クリームたっぷりのパンケーキを食べに行くんです」


 へぇ〜。一瞬、マサクの可愛い瞳が細められて。


「カルザードと、クリームたっぷりのパンケーキねぇ〜」


 何やら、黒い空気があたりに立ち込める。


「マサク様?」

「ん? ルリアなに」


 直ぐにいつものニコニコ顔に戻り『またね』と、魔法科の教室に戻っていかれた。あれっ、マサク様もローリスさんに会われなかった。


(カルザード様と同じで、好感度があがっていないのか?)


 マサク様を見送るルリアの横に音もなく、スッと誰かが立った。


 このモフモフの耳と尻尾は。


「おはようございます、タイガー様」

「おはよう、ルリアさん」


 攻略対象、獣人族で隣国の王子タイガー・ボルト様。

 タイガー様は殿下、ローリス、ルリアとは同じクラスなのだ。本日もお耳と尻尾がもふもふ、ふわふわです。触りたい……彼のモフモフに触れることが許されるのは、ヒロインのローリスさんだけ。


 そのタイガー様がふわぁっと、大きな欠伸をした。

 タイガー様は学園に入学しても、執務が忙しいのですね。


「ご苦労様です、タイガー様。お昼寝をされに書庫には行かれないのですか?」


 この攻略対象のタイガー様は成績優秀で授業を受けなくても、テストは常に上位。とうのルリアはといいますと、20位の中に入る様、猛勉強しておりますわ。


「書庫は今から行こうと思ってるけど。ルリアさんも一緒に行かない?」


 なんと、ローリスさんではなくルリアをお昼寝に誘った。しかし、ルリアはどちらかというと、タイガー様とローリスさんのお昼寝姿を物陰で正座して眺めたい。

 

 いまのセリフをもう一度、ローリスさんに言ってほしい。って、あれローリスさんがいません……教室に入られてしまったのですね。


「ねえ、ルリアさん?」


 タイガー様とお昼寝は魅力的ですが……ルリアは一限目の魔法基礎の授業を受けたい。魔法は使えても使えなくてもいいのですが、気分だけでもファンタジーを味わいたいのです。


「すみません、タイガー様。嬉しい誘いなのですが……魔法基礎の授業を受けたいので、お昼休みに書庫に行きますわ」


 と、お断りを入れると。タイガー様はルリアの手を握った。


「だったら、俺も魔法基礎の授業に出るよ」

「え、ええっ?」


 彼はルリアの手を握ったままクラスに入っていく。

 突然、手を繋ぎ教室に現れたタイガー様とルリアに教室内はざわめいた。だけど、タイガー様は気にせず、窓際の日向ぼっこができる席に腰を下ろした。


「隣はルリアさんの席ね」

「えぇ、わかりました」


 席は自由に座れるからいいのですが、周りからの視線が痛いし、殿下とローリスさんにもみられている。


(まだ、私は殿下の婚約者ですから……本当はいけないこと)


 手を離してとお願いしたのですが、タイガー様は握ったままお昼寝をはじめてしまった……困りました、お疲れなところ起こせませんし。

 


 ジリリリ。

 授業開始のチャイムが鳴り、転移魔法で教室に現れた魔法使いの先生は、お決まりの三角帽と黒いローブ、手に魔法の杖を持っていた。


(きゃぁ――! 魔法使い先生、魔法だわ)


「ごきげんよう、貴族科の皆さん。今日は魔法基礎について勉強しましょう」


 と、始まった魔法の授業に興奮して、手に力が入ると、ルリアだけの手じゃない。あ、忘れていました……タイガー様と手を繋いでいました。そっと、手を離そうとすれば、お昼寝中のタイガー様に握り返された。



 

 +


 

 

「これで、魔法基礎の授業を終わります」


 チャイムが鳴り、授業が終わると、魔法使いの先生は来たときと同じく、転移魔法で消えたいった。


(魔法基礎の授業おもしろかった、次の授業が楽しみ)


「よかったね、ルリアさん」

「えっ?」


「魔法基礎の授業中、ずっと楽しそうだったから」


 タイガー様ったらお昼寝をしていたはずなのに、こっちを見ていらしたの? 鼻息大丈夫だったかしら?


「フフ、魔法が好きって笑ってる顔が可愛いかった。俺は書庫で昼寝してくるね」


 ルリアの頭を撫でて、タイガー様は教室を出ていった。

 一瞬ポカンとして、その行動に思わず赤面してしまう。


  王子のタイガー様は見た目も、仕草もイケメン。




 +




 昼食の時間。

 ルリアは庭園の隅っこにいた……誘ってくれた皆さんには悪いのですが、皆さんの側近、従者の方にお断りの言付けを頼みました。


 もちろん食堂イベントは見たいのですが、目立ちたくもないのです。

 

 ルリアは作ってきたサンドイッチを食べていた。

 サンドイッチといっても料理は習い始めたばかり、バスケットの中身は全て卵サンドも、見られたくなかったのだ。コソコソ、隠れて隅っこで食べていたルリアの前に影が落ちる。

 

 ルリアはサッと、サンドイッチが入ったバスケットを背に隠した。


「ごきげんよう、皆さん」


「ルリアちゃん、お昼を断るなんて酷いな」

「ルリア、僕が呼びに行ったのに、なんで教室にいないんだよ」


「ルリアさん、お昼寝一緒にするんでしょ」


 こまりました……見つからない様、庭園の隅もすみ、端っこにいたのに。


「皆さんは、殿下、ローリスさんと食べるのではないのですか?」


「いや、そんな約束してない」

「約束してないよ」

「約束しない」


 おかしいですわ。乙女ゲームではローリスさんと、テラスで昼食を取るはず。やはり皆さんとローリスさんの好感度が上がっていないもよう。


 となるとローリスさんは殿下一択? でしたら、ご一緒に食べましょうと隠したバスケットをだした。

 その中身を見た皆さんは眉をひそめる。


「卵だけ?」

「それ、サンドイッチ?」

「……ふっ」

 

 やはり卵だけだし、パンから卵がはみ出しているから?

 まだ、料理は習い始めたばかり。早朝、殿下が迎えにくるからと、急いで作ったからだものと、自分の中でごちた。


「見た目は悪いですが……味はまあまあなんですよ」


 しゅんと肩を落として、バスケットを背中に隠した。その私の態度に『はぁ⁉︎』と、皆さんの驚きの声が重なった。


「そのサンドイッチって……まさか、ルリアちゃんの手作り?」


「はい、そうですわ」

「公爵令嬢のルリアちゃんが?」


 フフ、カルザード様は驚かれていますわ。

 でも婚約破棄された後に生きるためには、料理は必要です。


「食べてみたい、ルリアさん」

 

「え?」


 先程は見せましたが……皆さんの表情で自信がなくなりましたので、嫌ですと首を振る。


「いただき!」

「あ、カルザード様、ダメですわ」


 止める前に、彼は一口で食べてしまう。


「あ、カルザードずるいぞ」

「おお、このサンドイッチ、ピクルスがアクセントでうまい。もう一つ」


 カルザード様ほんと? 刻んだピクルスと卵を混ぜて、マヨネーズと塩胡椒で味を付けた、ルリアが好きなサンドイッチ。


「パンに塗ったマスタードもいい」


 い、いつのまにかタイガー様まで、お召し上がりに? 


「ほんと、うまいや」


 マサク様も⁉︎ 


(勝手に人の物を食べるなんて、でも嬉しい)


「ルリアちゃん、あーん」

「あーん?」


 カルザード様がくれたのは、学生に大人気のローストビーフのサンドイッチ。お肉が柔らかくて美味しいですわ。

 

「ルリア、食べて」


 マサク様がくれたのはこれまた人気のカレーパン。

 一度、食べてみたいと思っていました。外はサクサク中はふわふわ、ピリリとスパイスが香るカレーパン。

 

 さすがは王族が運営する食堂。


「おじゃまする」


 そう言ってタイガー様はルリアの膝の上に、ゴロンと寝転びお昼寝を始めた。これは⁉︎ 近くにモフモフの耳、触りたい……でも、ルリア、わかってるわね。


「いいぞ」

「えっ」


 いま、いいぞとおっしゃいました?

 ヒロインさんの特権を私にくださるというのですか、この、悪役令嬢のルリアに?


「ルリアさんなら触っていい。サンドイッチのお礼」


 まぁ、お礼なら仕方ありませんわ。と、タイガーの耳をそっと触った。もふもふ、もふもふ……んーっ、いい。タイガー様は獣人化したら、もっとモフモフですよね。


「クッ、クク」


「タイガー様、くすぐったいのですか」

「ああ、こんな感じにな」


 タイガー様の手が伸びて、ルリアの髪をかき分けて耳をさわさわした。


 ――んん⁉︎ 自分で触ってもなんともない耳なのだけど……これはダメな方ですわ。困惑すると、タイガーの長い指先がぁぁ、あ、離れていった。


「なっ、わかった?」

「えぇ、わかりました」


 目を瞑ってぞわぞわは耐え凌いだのですが、頬には熱が籠ってしまい、赤くなっているかも。


「タイガー様、ルリアちゃんを独り占めはダメだよ」

「そうだ、ずるいやタイガー様」


 みんな、ルリアの周りにゴロンと寝転んだ。

 あらあら、周りには彼らの敏腕の側近、執事、従者以外の人がいないから、他の生徒に見られることはないのかしら。


 ふふっ、皆さん。ここに寝たということは触ってもいいのですね。覚悟してください遠慮なく触ります。


 まあ、茶色い髪のマサク様は猫っ毛。赤い髪のカルザード様はさ、さらっさら……お二人ともに、ルリアの髪よりも、さらさら、ふわっふわですわ。

 

(むっ)


 その髪質に嫉妬してしまいますわね。お使いの髪用の石鹸がいいのかしら? 毎日、メイドがですがお手入れ頑張ってますのに……。


 でも、皆さん気持ちよさそう。午後の授業がなくてよかった、このまま寝ていても起こさなくて済みますも。


(なんだか、私も眠くなってきました)


 




 放課後になり、ルリアはこのあとカルザードと行く、喫茶店で生クリームたっぷりのパンケーキを食べる予定だと、教室でカルザードを待っていた。


「ルリアちゃん、お待たせ行こうか……って、なんでここにマサク様とタイガー様がいるんだ? ルリアちゃんと二人きりで行くからお帰りください」


「カルザード、僕がいると便利だと思うよ」


 ニッコリと笑い、カルザードを見上げた。


 マサク様がいると便利とはなんでしょう? と首を傾げていた。その言葉にハッとしてのはカルザード。


「わかりました……みんなで行きましょう」


 教室を出てパンケーキ屋に向かうのかと思っていたら、誰もいない書庫に連れてこられた。


 カルザードはマサクに目で合図する。


「ルリア、今から君に変化の魔法をかけるよ、君は一応、殿下の婚約者だ。まあ殿下は違う子に夢中だけど、僕達と出かけたとルリアが噂になるのはよくないからね」


 お2人はルリアのことを考えてくれた。――しかし変化の魔法とはなんだろう。マサクは書庫の見張りをするタイガーに声をかけた。


「タイガー様に見張りを任せてすみません」

「いや、この中で耳が一番利くからね。気にしなくていいよ」


 じゃ、始めるねとマサクはルリアの手を握った。

 手を握られたのと、どんな魔法が始まるのかわからなくて、ドキドキしている。


「ルリア、目を瞑って違う自分をイメージして欲しい、そのイメージ通りの姿に変化するから」


「わかりました……マサク様、イメージできました」


 じゃ、今からかけるねと目を瞑っている間に、物語のような魔法がかかっていた。





「それが、ルリアちゃんがイメージした違う自分?」

「僕よりも小さい、可愛い」


「……お揃いだ」


 三人が驚くのもわかるわ。今のルリアは赤い髪にマサク様より小さく、タイガーと同じ耳と尻尾がついた幼女になっているのだ。


「これなら大丈夫かな?」

「呼び名は『ルリアちゃん』じゃダメだな『リアちゃん』と呼ぶことにしよう」


「リア、お兄ちゃんと行くか」

「それでは迷子になる、手を繋ごう」


 タイガーと手を繋ぎ校内を歩くと、周りの学生はタイガー様の妹? とか婚約者? など言っている声が聞こえた。


「リアさんと婚約か悪くない」

「タイガー様、抜け駆けしないでください」

「そうだよ、お兄ちゃんとも繋ごうね」


 これは周りにアルフレッド殿下の婚約者なのにとか、人気者の皆さんを、手玉にとっている悪女だとか言われない。


(あの子は誰? だとかは言っているみたいだけど、令嬢達の陰口がないわ)


 最初は私だって友が欲しかった。しかし、アルフレッド殿下の婚約者だという肩書が邪魔をするし。

 集まった令嬢達は殿下に近付きたい子ばかりで、色目を使ったり陰口に妬み、はたまた私の名を騙りローリスさんをいじめる令嬢まで現れた。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、後ろを歩くカルザード様が周りを見回した。


「姿が変わるだけで、こんなにも効果があるとはな」


「そうだね。いつもだと陰口が飛ぶのに今日はないね。この魔法を覚えて正解だったね」


「うん、正解だ。いつもの酷い話は聞こえてこないよ」


 あら、皆さんも気付いていたのですね。皆さんだけだった。私のことを悪く言わず笑顔を向けてくれたのは。


 婚約破棄まで、ご一緒に過ごしたい。

 一人では周りの目と陰口に耐えれない。

 私が婚約破棄をされて平民に落ちるまで。

 皆さんに好きな人が現れるまででいいの、側にいてください。




「リアちゃんこの香りどう?」 


「いい香り、でも、こっちも捨てがたいわ」


 王都に出てパンケーキの前にカルザード様は、いま女の子に人気の店なんだと言い、いろんな香りの石鹸を売る店に連れてきてくれた。

 

「この店"close"の札がかかってますけど」


「大丈夫、入ろっ」


 入るや否や、店長らしき人が私たちに挨拶をした。

 まさかカルザード様はこのお店を貸し切ったの? 私の視線にカルザード様は微笑んだ。


「そう、リアちゃんの思った通り。一時間だけど、この店を貸し切っちゃった。ゆっくり見れるよ」


 まさか、私のために?


「す……ありがとうございます、カルザード様」


 ここは謝るのではなく、自分の今の気持ちを素直に告げた。


「よかった。喜んでくれて嬉しいよ」


「リア、こっちに薔薇の香りの石鹸があるぞ」


「リアさん、こっちは桃だよ」


「薔薇の香りも、桃の香りもどちらもいいですわね」


 皆さんも買い物を楽しんでるみたい、私も楽しみます。化粧水、洗顔料、髪用と体用の石鹸。どれもいい香りで選べません。


「はははっ、リアちゃん買い過ぎたよ」


「ほんと、店の袋をパンパンにするまで買うなんてね」


「み、皆さんだって、たくさん買われたのに。私だけ欲張ったみたいに言うなんて……酷いわ」


 私が起こると、皆さん、笑って冗談だよといった。


「もう、皆さんに買った……プレゼント渡しませんわ」

 


「「「え、プレゼント?」」」

 


 フフと笑い、袋の中から四つの小さな袋を取り出した。

 皆さんの好きな香りを聞いたら、ラベンダーが一番だったので。ラベンダーの香りの石鹸を選び、お店の人にプレゼント用にラッピングしてもらった。


「ルリアちゃん、四つあるけど?」


「一つは私の分なの。皆さんとお揃いにしましたわ」


 部屋の香りつけにもよし、お風呂で使ってもよし。

 少し小さめのを選んだのだけど……どうしたのでしょうか? あら、皆さんこっちを見ずに明後日の方を見ていましたが……そのあと、きっちり受け取ってくださいました。

 





 カランコロンと、目的の喫茶店へと移動した。

 席に案内されて、メニューをみてすぐに決め、運ばれてきたホットケーキに釘付け。


 ふわふわなパンケーキが三枚と、生クリームの山がそびえている。ルリアほその山に苺のソースをたっぷりかけ、生クリームと苺のソースをパンケーキにつけてパクッと食べた。


「んんっ」


「リアちゃん、どう? 美味しい」


 いま、私の口には頬張ったパンケーキが入っているので、喋らずコクコクと首を縦に振った。この店でもカルザード様は特別な部屋を予約してくれていた。


 カルザード様とマサク様はシンプルなパンケーキを召し上がり、タイガー様はコーヒーだけ。


「タイガー様は甘い物が苦手なのですか?」

「いや、今日は夕食の時間に国王陛下と会食が入ってるんだ」


 え、お忙しいのに私に付き合ってくれたんだ。


「リアさん落ち込まないで、久しぶりに外に出てみんなと買い物ができて喜んでる。二人が護衛をしてくれてるからね」


 カイザー様は、カルザード様とマサク様を見た。


「一応、その話で外に出てるよ。でも、外にはちゃんとした騎士がいるだろうね」


 まあ、王子って大変なんだ"ありがとう"と、お礼を口にしようとした。そのとき特別室の扉が乱暴に開き、アルフレッド殿下が乱入して声を上げた。


「貴様ら、ルリア嬢となにしている?」


 ――彼は開口一番に私に前を呼んだ。


「ルリア様? いきなりなんですか? アルフレッド殿下」


「いや、お前らがルリア嬢を連れて、王都に出たとローリス嬢に聞いたんだ――ルリアはどこだ?」


 彼がいくら探してもいないはず。今の私はマサク様の変化の魔法がかかって、いつもとは違う子だ。


「アルフレッド殿下、いたか? せっかく私の大事な友人と来てるんだ、帰ってくれないかな?」


「フン、いないのならいい。君達はルリア嬢に騙されてる。あの女はローリス嬢にいろいろ悪さをしている。君たちもローリスが可愛いのだろう? 一緒にローリス嬢を守ろうではないか?」


「断る。君は婚約者のルリアさんを"あの女"と、いつから呼ぶようになったんだ?」


 殿下を睨みつけ、タイガー様は尻尾で怒りをあらわにした。


「うるさい、婚約者をどう呼ぼうが、私の勝手だ」


「そんなに嫌なら、婚約を破棄しちゃいなよ。そしてローリスさんと婚約すれば?」


「そうだ、そうすればいい。無理しなくてもいいよ」


 カルザード様とマサク様の言葉に、殿下は顔を赤くした。


「カルザード、マサク! あの女に……いや、魔女に騙されやがって」


 ――魔女? そこは悪女ではなくて?


 うるさい殿下にお店に迷惑がかかるとして、タイガー様の護衛騎士と、カルザード様が殿下を外に連れ出した。


 しばらくして戻ってきた、カルザード様はため息をつき。


「アルフレッド殿下は手遅れだな……学園に入学する前と、言っていることが真逆になった」


「みんなに言っていなかったけど。殿下はあの子の魅了の魔法にかかってる。僕がルリアを大切にしたかったら"気を付けて"と、あれほど言ったのに――僕は解かないから」


「当たり前だ……あんな、お粗末な魔法にかかるなど、王家が呆れてる」


 魅了の魔法? ローリスさんは魔法が使えたの?

 ゲームで、そんなことがあったかしら?


 ルリアの考えるそぶりが、落ち込んでいるように見えたのか。


「ルリア、殿下が言ったことは気にしなくていいからね」


「そうだよ、ルリアちゃん」

「ルリアさんは私が守るからね」


 皆さんはルリアを元気付けてくれる。


「私は平気ですわ。それと、今日はリアですわよ皆さん」


 婚約破棄まであと二年、ルリアは萌を求めれればいいし、皆さんと過ごしたい。


 


「そうた、リア。夏休みに入ったら俺の国においで一緒に水浴びをしよう」


(邪魔な、アルフレッドが粗末な魅了にかかったのは、私にとっていい誤算だ。陛下にそれとなく伝えてみるか。一番の問題はこの二人をどうやって蹴散らすかだな)


「タイガー様と水浴びですか?」


 それは楽しそう。


「それなら、俺はリアちゃんの護衛として付いて行こう、リアちゃんとルリアちゃんの水着姿を見たい!」


(タイガー殿下め、独り占めにはさせないよ。俺がルリアちゃんを守る。そして俺だけのルリアちゃんにする)


 両方とも私なのですが……カルザード様はよろしいのかしら?


「ルリアの水着はいいね。僕もリアになる魔法をかけなくちゃいけないからね、当然ついていくよ」


(抜け駆けはさせない。僕がルリアを幸せにする、そうだ二人ともローリスの魅了にかけるとか? ……それだと、ルリアが悲しむかな) 


 三人の気持ちは果たして、当の本人。

 ルリアに届くのか?

 

 このときルリアはパンケーキを頬張りながら、

 これから始まる楽しいことに心を躍らせていた。

 

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悪役令嬢には殿下以外の攻略対象に狙われていることに気付かない! にのまえ @pochi777

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