【劇用台本】法王ミルティアディス三世誘拐事件

おかぴ

法王ミルティアディス三世誘拐事件

(SE:ドアが乱暴に開く音)

警部補「すみません。遅れました」


 団長「遅いぞ警部補。何をやっていた」


警部補「ええ。ちょっと……」


東洋人「……」


 団長「……警部補。この東洋人は誰だ」


警部補「個人的な知り合いです。たまたま学会出席のためにこちらに来ていたことを思い出し、助っ人をお願いしました」


 団長「今回の事件は極秘だぞ」


警部補「分かっています。ですが今回の事件の重要性をかんがみて、協力をお願いしました。幸い快諾していただいています」


 団長「素性は確かなのか。名前は?」


警部補「ええ。極東の……」


東洋人「それより、一体何が起こったんですか」


 団長「部外者のキミの前で事件の概要がいようを説明することはできん」


東洋人「警部補からは誘拐事件だと伺っておりますが」


 団長「しゃべったのか警部補!」


警部補「協力を仰ぐにはある程度の情報が必要だと思いまして。身元が問題なのであれば、我々警察が保証します」


 団長「……」


警部補「それに、この方には以前も事件解決にお力添えを頂いたことがあります。人柄も申し分ありません。非常に優秀な研究者の方です」


 団長「研究者? 民間人なのか? 専攻は?」


東洋人「宗教史しゅうきょうし。とりわけ象徴伝承学しょうちょうでんしょうがくが専門です」


 団長「聞いたこともない学問だ」


東洋人「研究しているのは私だけですから」


 団長「……まあいい分かった。警部補からは他に何を聞いたんだ東洋人」


東洋人「誘拐事件だということだけです」


 団長「今回誘拐された人物は」


東洋人「誰かは聞いていません。ですがかなりのVIPでしょう」


 団長「なぜそう思う」


東洋人「騎士団長のあなたが出張っているからです。これが通常の誘拐事件であれば警察の管轄かんかつで、騎士団の出番は無い。騎士団が出張るときは決まってユリアンニ教に危機が訪れたとき……例えば、ドレスロー占拠せんきょ事件のときのように法王庁の存続が危ぶまれる事件が起こったときだ」


東洋人「その騎士団が……しかも団長のあなたまで出張っているということは、今回誘拐された人物は法王庁の人物。それも、おそらく枢機卿すうききょうと同等かそれ以上の役職につく人物かと」


 団長「……なぜ私が騎士団の団長だと分かった」


東洋人「その、スーツのえりのラペルピンです。そのモチーフは、神の物語を表す法術円陣ほうじゅつえんじんと神の怒りの拳の模倣もほうであるソーンメイス。そのモチーフを扱うのは、法王庁発足時ほっそくじから今日こんにちに至るまで騎士団長をおいて他にありません」


 団長「なかなかの観察眼だ。それに、我々のことをよく勉強している」


東洋人「ありがとうございます」


 団長「なぁ警部補。こいつは誰だ。ただの東洋人だとはとても思えんが」


警部補「ああ、こちらは……」


東洋人「そんなことよりも、一体誰が誘拐されたんですか」


 団長「……法王ミルティアディス三世だ」


東洋人「法王ですって?」


 団長「ああそうだ。我が法王庁のとびっきりのVIPだ。キミの推理は当たりだよ東洋人」


東洋人「しかし法王ご自身が誘拐されたのは予想外だ……」


東洋人「犯人は? 犯行声明は出ているんですか?」


警部補「事件が発覚したのは1時間ほど前です。法王庁のデータサーバーがハッキングを受け、すべてのファイルが削除されて動画ファイルとPDFが残されていました」


 団長「その動画ファイルに、誘拐された法王のお姿が映っていた。それで事件が発覚したんだ」


東洋人「その動画ファイルは見られますか」


 団長「これだ」


(SE:クリック音)


ビデオ『――今から、お前たちに24時間の猶予を与える。その間に、禁書きんしょに指定された『オズの手記』を公開しろ。その様子と内容を、動画配信サービスを使って世界中に配信するんだ』


ビデオ『24時間以内に要求が通らなかった場合、この法王の目をえぐり、舌をちぎり左腕を切り落として心臓をえぐる。それが嫌なら、『オズの手記』を公開して、汚泥おでいまみれた法王庁の過去の罪を自ら公表し、償うんだ』


ビデオ『この世界を見てみろ。神に人を救う力は無い。また、その意志も無い』


ビデオ『ゆえに、諸悪しょあく根源こんげんである法王には、いにしえの伝説と同じ目に遭い、この世の邪悪を封印してもらわねばならない』


ビデオ『法王庁の者たちよ。自分たちの過去の醜悪しゅうあくな罪を自らさらけ出せ。もしくは、法王をお前達の力で救ってみろ』


ビデオ『救えれば、法王は神ではなくお前たち人によって救われたのだから我々の勝ち。救えなければ、結局神に人を救う力がなかったのだから我々の勝ちだ』


 団長「……以上だ」


東洋人「PDFには何と?」


警部補「ビデオの中で話していたことと同じ内容が記されていました」


東洋人「……」


 団長「どうだ東洋人。何か分かったか?」


東洋人「……犯人は、おそらく『人の使徒しと』の構成員ではないでしょうか」


 団長「人の使徒しとだと?」


東洋人「ええ」


 団長「バカも休み休み言え。あれは大昔の秘密結社ひみつけっしゃだぞ。今も続いているなんて聞いたことがない。根拠は何だ」


東洋人「先程の動画を思い出してください。犯人は『神に人を救う力は無い。また、その意志も無い』と言っていました。これは『人の使徒しと』の構成員たちが好んで使っていたうたい文句で、創設者ユリウスの言葉です」


 団長「しかし……」


東洋人「それに根拠はもう一つあります。もう一度動画を再生してください」


 団長「……」


(SE:クリック音)


ビデオ『――今から、お前たちに24時間を与える。その間に、禁書きんしょに指定された『オズの手記』を公開しろ』


東洋人「止めてください」


(SE:クリック音)


 団長「ここがどうかしたのか」


東洋人「『オズの手記』は実在する禁書きんしょです。しかし一般には、その存在自体は知られていない。法王庁禁忌きんき図書館としょかんの中でひっそりと、しかし厳重に保管されているはずだ」


 団長「それがどうした」


東洋人「そもそもこの犯人はどうして『オズの手記』の存在を知ってるのでしょうか。法王庁のかなり上位の者か、私のような研究家しかその存在は知らないはずです」


東洋人「答えは、犯人が『人の使徒しと』構成員だからです」


 団長「逆に聞くが、なぜ犯人が『オズの手記』の存在を知っていると、『人の使徒しと』構成員になるというんだ」


東洋人「そもそも、『オズの手記』を発見したのが『人の使徒しと』だからです」


 団長「なんだと?」


東洋人「『人の使徒しと』が教会都市きょうかいとしドレスローを占拠せんきょした事件はご存知ですか?」


 団長「知っているが」


警部補「私達の国では教科書にも載っている大きな事件ですから」


東洋人「記録によると、その事件の最中、とある教会施設きょうかいしせつの奥の聖域せいいきで『人の使徒しと』の創設者ユリウスがこの『オズの手記』を偶然見つけています」


東洋人「『オズの手記』には、法王庁発足時ほっそくじの大スキャンダルが記されていると聞きます。神の存在を否定する『人の使徒しと』からしてみればのどから手が出るほど欲しい書物のはずだ。しかも見つけたのは『人の使徒しと』自身だとすれば、『オズの手記』奪還だっかんは『人の使徒しと』たちの長年の悲願ひがんといってもいいでしょう」


 団長「なら、なぜキミ自身はその存在を知っている? 騎士団長の私ですら知らなかったんだぞ」


東洋人「『オズの手記』は、発見してしばらく後、時の法王ドラクロワ二世と騎士団長の手によって、おおやけに存在が認められています。ですが法王が代替だいがわりしたことによって手記は禁書きんしょに指定され、今日まで存在を隠され続けてきました」


東洋人「その件から考えれば、犯人は『人の使徒しと』の構成員……または賢者ユリウスの信奉者しんぽうしゃである可能性が極めて高い」


東洋人「そして今、その犯人が禁書きんしょ秘匿ひとくに対する糾弾きゅうだんと、虐殺ぎゃくさつに対する復讐ふくしゅうを行おうとしているのではないでしょうか」


 団長「虐殺ぎゃくさつ? 復讐ふくしゅう?」


東洋人「ドレスロー占拠せんきょ事件じけん鎮圧時ちんあつじ、事件の報復ほうふくとして、法王庁はユリウスを含む『人の使徒しと』の実行犯を文字通り皆殺みなごろしにしています」


 団長「……」


東洋人「ご存知なかったのですか? 騎士団長であれば、法王庁の歴史ぐらいは勉強しておくべきでは?」


 団長「屈辱くつじょくだ……騎士団長たる私が知らない法王庁の恥部ちぶを、外部の、しかも東洋人であるキミが知っていることが……ッ」


警部補「……いや、隠されてきたことですから。私も知りませんでしたし、知らなくても無理はないと思います」


東洋人「続けましょう。動画を再生してください」


(SE:クリック音)


ビデオ『その様子と内容を、動画配信サービスを使って世界中に配信するんだ。24時間以内に要求が通らなかった場合、この法王の目をえぐり、舌をちぎり左腕を切り落として心臓をえぐる』


東洋人「止めてください」


 団長「まだ何かあるのか」


東洋人「目と舌、心臓と腕……リーゼの伝説のままだ」


 団長「自身の生命を持って古き赤黒い獣を封印なされた聖女リーゼか」


東洋人「ええ。動画内でもこの後『法王には、いにしえの伝説と同じ目に遭い、この世の邪悪を封印してもらわねばならない』と言っていることからも、リーゼの伝説をなぞっているのは間違いない」


東洋人「……となると、法王がいらっしゃる場所の目星がつく」


 団長「ドレスローか」


東洋人「ええ。犯人がリーゼの伝説の通りに事を進めるつもりなのであれば、場所は教会都市ドレスロー以外にありえない」


 団長「……」


警部補「しかし、長い歴史の中でドレスローは所在が分からなくなってしまっています」


東洋人「ええ。本当の意味で伝説の街となってしまって久しい……」


 団長「……」


東洋人「……団長、お願いがあります」


 団長「なんだ」


東洋人「私を法王庁の神殿内部に入れてください」


 団長「入ってどうする」


東洋人「神殿の中枢には、法王庁の資産しさん管理かんりを目的とした宝物庫ほうもつこがあったはずです。その宝物庫ほうもつこに入れば、ドレスローの所在をつかめるはずだ」


 団長「資産しさん台帳だいちょうを調べるつもりか」


東洋人「ええ」


警部補「しかしそれで本当に分かるんですか?」


東洋人「宗教しゅうきょう施設しせつは言ってみれば法王庁の資産しさんです。台帳だいちょうさえ見ることができれば……」


警部補「しかし、もう場所がわからなくなって久しい街の話ですよ? 分かるでしょうか……」


東洋人「かつて王都に建てられた教会に対して多額の税金を王家にふっかけられた法王庁は、『台帳だいちょうに記載されていない』という理由でその課税を突っぱねました。その時の王家側の記録によると、くだんの台帳は建立こんりゅう移転いてん譲渡じょうど贈与ぞうよのやりとりが事細かに記載されたものだったそうです」


警部補「だとしたら期待できますね。どこまで記載されているか分かりませんが……」


東洋人「どうでしょうか団長。私を神殿の中枢ちゅうすうに入れてくれませんか」


 団長「……」


 団長「信者でもないキミを神殿に入れることは許されない」


東洋人「法王のお命が風前ふうぜんともしびである今、そのようなことを言っている場合ではないのでは?」


 団長「神殿内に不信心者ふしんじんしゃが入ったことは、発足ほっそく当時からただの一度もない。その掟を破ることは許されん」


東洋人「団長、私は不信心者ふしんじんしゃではありませんよ?」


 団長「なんだと?」


東洋人「私は極東きょくとう出身です。極東きょくとうには神道しんとうという古代より続く宗教があります。私はその神道しんとうの信者です」


 団長「学者であるキミが宗教家だったとは思わなかった」


東洋人「もちろん熱心に信仰しているわけではありません。学問に必要なのは信仰心ではなく、事実を冷静に観察する眼差しと論理的思考です」


東洋人「ですが神道しんとうは特殊な宗教です。私の国に生まれた者は、自動的にその神道しんとうの信者としてカウントされます。つまり大前提だいぜんていでいけば、私も神道しんとうの信者となります」


 団長「詭弁きべんだな。……では問おう東洋人」


東洋人「何でしょうか」


 団長「理屈はわかった。だがキミの心はどうだ」


東洋人「?」


 団長「キミの心は、神を信じているか?」


 団長「私も神道しんとうは知っている。私の神とは違い神道しんとうにはたくさんの神がいると聞いた。キミは、そのたくさんの神を信じているか。神の御力みちからを感じ、その偉大な存在に畏敬いけいの念を抱いているか」


東洋人「……」


東洋人「私は学者です。故に私の心は、神々の存在を感じることはないでしょう。我々が超常の存在を定義してしまえば、科学の進歩はそこで止まります」


東洋人「ですが私は同時に象徴伝承学しょうちょうでんしょうがくを専攻する、宗教史の研究者です。神道しんとうやユリアンニ教だけでなく、世界中のあらゆる宗教の神秘性に敬意を払っています」


東洋人「ある意味では、それは信仰とは言えませんか?」


 団長「……」


 団長「……分かった。私のラペルピンを持っていけ」


東洋人「騎士団長のラペルピンを? これはあなたの大切なものでは?」


 団長「騎士団長の権限を持って、キミを今より騎士団の一員に任命する」


東洋人「……よろしいのですか?」


 団長「ああ。ただしこのラペルピンをつけることを忘れるな。それさえ見せれば私の名代として神殿内の大半の場所に入れる。宝物庫ほうもつこも例外ではないはずだ。衛兵たちもキミを止めないだろう」


東洋人「ありがとうございます」


 団長「その代わり、一刻も早くドレスローの位置を特定してくれ」


東洋人「分かりました。必ず突き止めてみせます」


 団長「ああ。よろしく頼む」


東洋人「早速行こう警部補。私はここの言葉に疎い。通訳としてついてきてくれ」


警部補「はい!」


 団長「ああ、それと」


東洋人「まだなにか?」


 団長「臨時とはいえ騎士団の一員になったんだ。名簿に記帳をしなければならん。名前を教えてくれ」


東洋人「ああ、そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私はたちばな清侍せいじ清華せいか)といいます。よろしく」


警部補「彼(彼女)は有能な研究者ですが、同時に本国で数々の事件を解決に導いた探偵でもあるんです」


 団長「なるほど。では、騎士となったキミのことはこれよりタチバナ卿と呼ばせていただく。頼んだぞタチバナ卿」


東洋人「……いや」


東洋人「私のことは『五代目・糸巻堂いとまきどう』と呼んで下さい」


終わり

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