第4話 健闘を祈る

 クラリスがファルシアを近衛騎士に任命した後の城内は騒がしかった。

 一部始終を見ていた騎士の一人が駆け込んだのは『騎士団長室』である。


「だ、団長! 大変ですネヴィア団長!」


 執務机に座っていた団長ネヴィアは美しい女性だった。

 深い紫色の髪は長く美しく、その整った顔立ちには確かな強い意志を感じさせる。

 彼女は手にしていたペンを置き、立ち上がった。


「どうした? そして、急いでいるのは分かったが、せめてノックをしてくれ」


「し、失礼しました!」


「次から気をつけてくれればそれでいい。それで、何やら急いでたようだが?」


「く、クラリス王女殿下が!」


 その名を耳にした途端、ネヴィアはつい眉間に手をやってしまった。

 立場上、許されることではない。しかし彼女が起こすトラブルの数々を振り返ると、これは致し方ないのだ。彼女は深く息を吐き、気持ちを切り替えると、部下の報告を聞いた。

 そしてまた、眉間に手をやった。


「しばらく大人しくしていると思ったら、まさかの近衛騎士任命……か」


 一部始終を聞き、部下を退室させた後、ネヴィアは椅子に深く腰掛けた。


「あの人嫌いで有名なクラリス王女が……」


 近衛騎士とは、クラリス王女を護衛する騎士の立ち位置。そしてその立ち位置は彼女によって選ばれる。


 だからこそ、今の今まで近衛騎士が『いなかった』。


 クラリス・ラン・サインズは、大の人嫌いである。

 彼女は国王の一人娘にしてこの国の第一王女。つまり、次期女王になる存在である。

 彼女に近づきたい人間はごまんといる。実際、彼女の周りには様々な人間がいたはずだ。

 だが、クラリスはその全てを跳ね除けてきた。誰も寄せ付けず、ただ孤高に生き抜いてきた。


「見極めなければならないな。王女の敵となる者か、あるいは味方になってくれる者か」


 そこでネヴィアは動きを止めた。

 遠くから足音が聞こえたのだ。この歩幅と足踏みの強さ、該当するのは一人しかいない。



「失礼します。第一部隊ユウリ・ロッキーウェイです」



 誠実そうな発声とともに入室したのは、長い青髪が美しい少女だった。


「ユウリか。慌てているようだが、どうした?」


「……そんなに慌てていたでしょうか?」

 

「違ったか? ならば謝罪しよう。足音が忙しなかったようで、つい深読みしすぎてしまったようだ」


「足音で……」


 ユウリは一瞬、己の足元を見た。

 意識していなかったところだった。だが、サインズ王国を象徴する騎士団長ははっきりそう言い切った。

 そこで飲み込まれるわけにはいかなかったユウリは半ば意地で言葉を発した。


「仮に慌てていたとしても、これからの言葉に変わりはないです」


 そう言い、ユウリは言葉を続ける。


「団長、私は納得できません。身分も分からない人物が王女を護衛する人間になるなんて、ありえないです」


「そうだな。私もそこについては同意見だ。王女の護衛につけるほどの実力を持つ人物など限られている。……実力だけでもなく、人間的にもな」


 そこには若干、ネヴィアの私見も含まれていた。まだその人間を見たことはないが、クラリスの立場に眼が眩んだだけの愚者が上手く取り入ってしまった可能性もある。

 その言葉でユウリは勢いづいた。


「そうです。近衛騎士は騎士団長と同様、栄誉あるポジションです。そんな座に急に――」


「急にポッと出の人間がかっさらっていくのが気に入らない。そういうことか」


「……卑しい発言でしたか?」


「良いや、肯定しよう。私が君の立場なら、もしかしたらそのように思っていたかもしれないからな」


「団長は今回の件、どのように動くつもりなのですか?」


 ネヴィアは視線を天井へ彷徨わせる。どう答えたら良いか、迷ってしまった。

 ユウリ・ロッキーウェイは素直な人間だ。良くも悪くも、人の言葉に対して真面目に捉えてしまう。

 ましてや自分は騎士団長。そんな立場の人間が発する言葉は、彼女に多大な影響を及ぼしてしまうことは目に見えていた。

 数瞬思考していると、ユウリは何やら大きく頷いてみせた。


「なるほど、自分で考え、行動しろ。そういうことですね」


「……ん?」


 ユウリは何故か目を輝かせていた。


「お任せください。私が近衛騎士になった者の素性を調査し、邪心ある者ならば排除してみせます」


「あ、おい待てユウリ」


 ネヴィアが止めるよりも早く、ユウリは一礼の後、退室した。その速さはまるで疾風の如く。


「……基本真面目な子だが、少々思い込みが激しいのが欠点だな」


 とは言え、この展開はネヴィアにとっては好都合だった。自分もその人物に興味があったし、ユウリが調査してくれるというならば、任せたいと思う。

 近衛騎士として相応しくないと判断できれば、クラリスに進言する。この問題に対するとりあえずの解答はこれで良いだろう。


「まだ顔も名前も知らぬクラリス王女の近衛騎士よ。健闘を祈る」


 ネヴィアはまだ知らなかった。その近衛騎士とはあの時、街道でクラリスと一緒にいたファルシア・フリーヒティヒだということを。

 そんな『謎の近衛騎士』へ、ネヴィアは小さくエールを送った。



 ◆ ◆ ◆



「あっあの、きんぱ――クラリスさん待ってください」


「歩くの遅い! 時は貴重なのよ。キリキリ歩く!」


「ひゃ、ひゃい!」


 ファルシアはクラリスの後ろを必死に追っていた。

 一体どこに連れて行かれているかも分からない。不安が胸いっぱいに広がる。

 いろいろなことが起きすぎて、何も整理が出来ていない。さながら呼吸無しでずっと水泳をしている状態だ。そろそろ一呼吸が欲しいところだ。


「着いたわよ」


 クラリスが豪奢な装飾が施された巨大な扉の前に立ち止まる。その威圧感に、ファルシアは思わず後ずさってしまった。


「何ビビってるのよ。さ、行くわよ」


「え、えと、この先は?」


 扉に手をやりながら、クラリスはさらっと言った。


「謁見の間よ。私の近衛騎士になったんだから、一応お父様に紹介しないとね」


「おっ、お……?」


「国王よ、ジェームズ・ディルガ・サインズ。田舎の村から来たとは言え、名前くらいは聞いたことあるでしょ?」


「おう、さ、ま……」


 あまりにも急な展開に、ファルシアは思わず卒倒しそうになった。

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