第5話 私……クラリスさんを守りたい

 そこからはファルシアにとって、未知の時間だった。

 彼女は己が今、現実に生きていることを再確認しようとして、頬を叩いてみた。痛い。現実である。


「あんた、何してるのよ」


「そ、その、私が今本当に生きているか確かめたくて」


「何訳わからないこと言ってるのよ。現実見なさい、今あんたが目の前にしていることこそが現実よ」


 もはや死刑宣告だ。

 田舎の出身である自分が、いきなり自分の住んでいる国の王に謁見することの困惑と言ったらどうだろうか。


「私がこの国の王ジェームズ・ディルガ・サインズだ。ようこそ、我が娘の可憐なナイト候補よ」


 金髪の男性が玉座に座っていた。肌はみずみずしく、瞳には確固たる意志が秘められている。

 年齢を推測することは出来ない。放たれる覇気がファルシアの目をおかしくさせるのだ。三十代にも見えるし、四十代、もしくはそれ以上にも見える。

 玉座の傍らには鞘に収められていた剣が立てかけられている。

 剣士であるファルシアはすぐにそれが『普段使いしている』剣だと認識できた。


「わ、わわわわわ私はふ、ファぁるし」


「落ち着きなさい」


 緊張と混乱で舌も回らないファルシア。クラリスはそんな彼女の背中を軽く叩いた。

 ジェームズ王はファルシアの態度を笑い飛ばしてみせた。そして、周囲へ目をやる。


「いきなりの大人数は少し緊張するのかな? 最低限の人払いをさせてもらおう」


 ジェームズ王が手を挙げると、本当に最低限の人数だけ残り、他は退室していった。

 素人のファルシアは何も疑問に思わなかったが、これはかなりの特例である。退室していく者たちは皆、不思議そうな顔を浮かべていたのを、彼女は知らない。

 改めてジェームズ王はファルシアへ話しかける。


「さて、改めて聞こう。君の名は?」


「ふぁ、ファルシア・フリーヒティヒ、です」


「フリーヒティヒ……」


 ジェームズ王は目を細める。

 その家名は彼の記憶にあった。その家は『彼女』の嫁ぎ先だったはず。そう、戦場に雷鳴を轟かせた無双の女英雄の――。

 そこで彼は思考を止めた。この話に触れるのは簡単だが、そうすればクラリスのワガママが簡単に通ってしまうことになるからだ。


「わ、私の名前が、なにか……?」


「もしかしたら知っている名かと思い、記憶を掘り起こしていただけだ。気にするな。それよりも――」


 ジェームズ王の視線の先にはクラリスがいた。


「お前はまだ国外に出ることを望んでいるのか」


「当たり前でしょ! 私は絶対にこの国の女王になんかならないんだから」


「くっクラリスさん!?」


「私の道は私で決める。お父様の操り人形にはなりたくないのよ」


「その話は今することではない。他の者も聞いているのだぞ」


「お父様の信頼している人しかこの場にはいないし、ファルシアのことを言っているのなら、全く問題ないわ。だって、ファルシアは私の騎士なんだから」


「えへへ」


「あんた、何本気にしてんのよ。そんなの流れに決まってるじゃない」


「ひぇぇ」


 それは親の前で言っても良いのか、という疑問を胸に、ファルシアは彼女に気圧される。


「なっ何でクラリスさんはサインズの外に出たいんですか?」


「私は自由になりたいのよ。なんでも自分の裁量で、自分の責任で出来るそんな自由の身に」


「で、でも、今そうやって考えられるのはお父さんのおかげです……よね?」


「はぁ!?」


「ははははは!」


 ジェームズ王が笑った。彼の中で、ファルシアの評価が少し変わった。

 ――ただの女の子だと思っていたら、なかなかどうして。

 皆、クラリスを恐れる。彼女の発言は本人が思っている以上に『重い』からだ。

 だから彼女には誰もいない。気にかけるのは騎士団長ネヴィアのみ。その他の者は皆、彼女の機嫌を損なわぬよう立ち回る者たちである。


「クラリスよ。一本取られたな」


「っ! お父様!」


「ファルシアよ。色々と話が飛んでしまったので、本題に入らせてもらおう。我が娘の近衛騎士の件だ」


「はっはい」


「結論から言おう。すぐに近衛騎士と認めるのは難しい」


「何故ですかお父様! この子はやれます! 私が保証します」


「それはお前だけが思ったことだ。私含め、まだ誰もファルシアがお前の近衛騎士にふさわしいのかどうか、判断できていない」


 クラリスの口が閉じたのを見て、ジェームズ王は続ける。


「お前一人の話ではない。この子を近衛騎士にするということは、政治の場に巻き込むということだ。それによって彼女の人生がどうなるか誰にも分からない。それも分かってのことか?」


 場に静寂が訪れる。

 一部始終を見ていたジェームズ王の側近は、こうなった後の展開が見えていた。

 舌戦で負けたクラリスが折れ、話はなかったことになる。

 ファルシアを送る手筈を整えようとした時、側近は耳を疑った。


「分かっています。この子は私が守ります。だからこの子にも私を守ってもらう」


「く、クラリスさん」


「何よ」


「私、お母さんのように誰かを守れる立派な騎士になりたいんです。クラリスさんは、試験の時、私を助けてくれました」


 ファルシアは自然と握りこぶしを作っていた。とても勇気が必要だった。手には汗が滲み、呼吸も荒くなる。

 だけど、それでもファルシアは決意を口にした。


「だっ、だから今度は、私がクラリスさんを助ける番です。わた、私……クラリスさんを守りたい」


「ほう。良い決意だ。ならば、それに応えなければならぬな」


 ジェームズ王は真っ直ぐファルシアを見つめた。



「確かめさせて頂くとしよう。君が本当に我が娘を守るにふさわしい人間かどうかをな」



 そう言い、彼は『試験』を提案した。

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