第3話 この子、私の近衛騎士にするから
アランは不思議な感覚を覚えていた。
攻めても攻めても決定打にならないこの感覚。この華奢な少女ならば、すでに何百回と倒しているはずなのに。
(何だこの女子……。違和感を拭えない)
対するファルシアは試行錯誤していた。
テーマは、いかに相手に力を見せた上で倒すか。
ファルシアの眼は完全にアランの攻撃を見切っていた。確かに速いし、強いが、それでもまだ『凡人のレベル』。
彼女に戦いの全てを叩き込んだ母親に比べれば、遅すぎるくらいだった。
アランが肩で息をし始めた。ファルシアに有効打を当てようと、集中を深めていたのだ、無理もない。
「ふうぅ」
突然、アランが動きを止め、大きく深呼吸した。そして、腰を落として半身になり、剣先を下げた。
そこにファルシアは彼の本気を悟る。
(ひ、ひぃぃ~!)
ファルシアは本能的にアランの懐へ飛び込んでいた。
――本気を出す前に倒す。
彼女は矢のように飛び込んだ。
「俺の呼吸に合わせて……!」
必殺の距離でファルシアは剣を振るった。描かれる剣の軌跡は無数で、そのどれもが人体の急所ばかり。これが木剣でなく真剣ならば――。
アランが防御へ移行する寸前、ファルシアはそれでも攻撃を中断した。
「なんだと……!?」
ただの戦闘ならば、ここで決着がついている。しかしこれは戦闘ではなく、試験。
もっと違う倒し方が良いのではないか。ファルシアはそこで『迷ってしまった』。
「止めだ」
アランが剣を下ろした。
突然の終了に、わけも分からず立ち尽くすファルシア。
「不合格」
そう言うなり、彼は踵を返し、その場を去ろうとした。
驚いたファルシアは反射的に呼び止めた。
「な……なんで、ふ、不合格……なんでしょうか?」
「攻撃もせずにずっと逃げ続けている奴に合格など出せない。それだけだ」
「そ、そんな!」
思わず叫んでいた。まさか普通に戦って勝利して良かったなどと思えなかった。彼女は試験に対して、深読みをしすぎてしまったのだ。
判断ミスの代償は不合格。この後、どうなるか分からないが、少なくとも今何かをしなければ、彼の判断が確定してしまう。
「待って……ください!」
「何だ。もう判断は確定した。これ以上、何を話せと?」
「うぐ……」
この類の舌戦に対して、ファルシアは何の技術も持ち合わせていなかった。
だからこの話はここでおしまい。
騎士を目指した少女が、夢散る悲しい物語。普通はそんなものだ。
「待ちなさい」
凛とした声が試験場に透き通る。
ファルシアはその声に聞き覚えがあった。そして、それは試験官を務めていたアランも同様で。
「く、クラリス王女殿下!? 何故ここに!?」
アランが驚くのも無理はない。彼の言葉通り、本来この場にいるはずのない人物なのだから。
周囲の人間には一切目もくれず、クラリスはまっすぐファルシアを目指す。
「き、金髪さん……? 金髪さんがなんでここに……?」
「だから! 私は金髪さんなんてセンスのない名前じゃないわよ!」
「ごっごめんなさい!」
「さっきから見てたけど、なんなのよあの体たらく。なんでさっさと倒さなかったのよ」
クラリスは呆れたように言った。
アランの眼が険しくなる。
「お言葉ですが王女殿下。倒さなかったのではなく、倒せなかったの間違いでは?」
「はぁ? この子にえーと、ねえあんたの名前は?」
「ふぁ、ファルシア・フリーヒティヒです」
「ファルシア。ふーん平凡な名前ね。ま、良いわ」
クラリスは改めてアランへ顔を向ける。
「アラン、じゃあ聞くけど貴方はどうしてすぐに倒さなかったの? 実力が終わってるなら、時間の無駄でしょ」
「それは……」
――痛い所を突いてくる。
アランは答えに詰まった。
確かにファルシアは自分を倒せなかった。しかし、こちらも倒すつもりで戦ってなお『倒せなかった』。それは揺るがぬ事実。
クラリスは彼の言葉を待つ前に、ファルシアの隣へ移動する。
あまり人付き合いが得意ではないファルシア。グイグイ距離を詰めてくるクラリスに、少しだけ苦手意識を感じた。
「ひっ」
「この子の力を私は知ってる。力、将来性、そのどちらもね」
「こんな少女にですか? 私にはとても……」
「あぁもううっさいわね。じゃあこうすれば良いんでしょ?」
そう言うと、クラリスは彼女の肩に手を回した。
「ぴぃぃ!?」
村に年の近い子供がおらず、友達がいなかったファルシアにとって、このボディタッチは刺激が強かった。
取り乱すファルシアには目もくれず、クラリスは声高らかに叫んだ。
「サインズ王国第一王女クラリス・ラン・サインズが宣言する! ファルシア・フリーヒティヒはこれより、あらゆる暴風から我を遮る盾と成り、あらゆる魔手から我を護る短剣と成る!」
アランを始めとする、その場に居合わせた王国関係者はその宣言に驚愕を隠せずにいた。
何せ、その宣言とは――!
「はい終わり。じゃ、今日からよろしくねファルシア」
「お、王女殿下! 今の宣言の意味、分かっているのですか!?」
アランの言葉に、王国関係者たちは頷いてみせた。
今のクラリスの言葉は、それほどに『重い』のだ。
「えと……今のは何です、か?」
「後で説明する。じゃあ皆、そういうことだから」
「本気なのですか王女殿下……」
「本気も本気よ」
クラリスは肩に手を回したまま、ぶっきらぼうに言う。
「この子、私の近衛騎士にするから」
「……へ?」
突然出てきた明らかに普通じゃない単語に、ファルシアは固まるしかなかった。
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