第2話 どういう感じで勝てば良いんだろう

 ようやくやってきたサインズ王国。

 ファルシアはその大きさに圧倒されていた。


「ここが、サインズ王国王都サンブレン……」


 その街並みはまるで絵本で読んだおとぎ話の世界だった。村の中しか知らなかったファルシアにとって、目につくもの全てが目新しい。

 街を行き交う人々の数も多く、活気に満ち溢れた場所。

 ファルシアは時折、地図を確認しながら、ひたすら歩く。

 目指すはサインズ王城。そこに、ファルシアの“目標”がある。


「来た……ここが騎士団入団試験を行うための場所……!」


 ファルシアは肩に背負っていた剣を背負い直す。

 彼女は立派な騎士になるため、ここまでやってきたのだ。


「……早速行こう。私に必要なのは実績。お母さんのような騎士になるためには、まず実績が必要なはず」


 そう自分に言い聞かせて、ファルシアはサインズ王城の門へと歩いていく。

 門番に止められたが、彼女からしてみればそれは想定内のことだった。そもそもどうやって試験を受けたらいいか分からなかった彼女にとって、渡りに船だった。


「き、きっききき騎士団に入団したいのですがががががが!」


 ファルシアは大きな声で叫んだ。すると、門番は爽やかに答えた。


「騎士団入団志望か。それならこの奥を進んで、突き当りを左に曲がれば試験の受付だ。がんばれよ」


「あ、ありがとうございます!」


 入団試験は定期的に行われており、今日はその試験日だった。ここまでは事前に調べていたのだが、受験人数の制限をしているようで、なんとあと一人だった。

 胸をなでおろしつつ、彼女は試験会場へ向け、走り出した。

 彼女はようやく夢の舞台へ指をかけられたのだ。あとは試験に合格するだけ。


「入団試験を受けられる方ですね。それでは十分後に試験が行われるので、待機場所への移動をお願いします」


「じゅ、十分後……?」


「? どうされましたか?」


「いっいえ……なんでもありません」


 流石は大国の入団試験だと、ファルシアは自分を納得させる。

 サインズ王国の騎士は精鋭揃いだ。そんな中に飛び込むには、それ相応の覚悟が必要不可欠。

 そう思い、ファルシアは深呼吸をした。


(大丈夫だ……私は絶対に合格してみせる)


 決意を胸に、ファルシアは入団試験を迎えた。



 ◆ ◆ ◆



 試験は城内部にある訓練場で行われる。

 受験人数は適当に数えただけで五十人はいる。瞑想している者、ガチガチに緊張している者など様々だった。

 ファルシアはその中でいけば、緊張している者の一人である。何度も手のひらに『人』の文字を書いては飲み込んでいた。

 試験官が試験内容を説明する。

 

 ――第一部隊の騎士とのタイマン。入団試験は、ひどくシンプルなものだった。


 騎士団入団志望は皆、精鋭中の精鋭とされる騎士へ力を示さなければならない。


「サインズ王国騎士団第一部隊、入団試験担当アラン・ローブレイだ。私が君たちと戦い、その力を見る」


 男にしてはやや高めの声。しかし、よく通る声は聞く者の耳に残る。

 その男は若い男だった。細身ながらも鍛え上げられた肉体は、軍服越しに浮き上がり、彼が一筋縄ではいかないことを物語っている。

 彼は木剣を握り、受験者を見渡した。


「順番に行こう。まずは受験者番号一番から!」


 一人で五十人と戦う。

 その場にいた者たちの何人かはこう考えていた。


 ――後ろになればなるほど有利じゃないか。


 入団試験を受ける者たちは少なからず腕に自信がある。

 魔物討伐や対人戦闘を専門とする第一部隊の人間とはいえ、疲労していたら付け入る隙があるはず。



「一番不合格! 次、二番!」



 そんな根拠もない希望はあっさりと打ち砕かれた。

 地面に倒れていた受験者には目もくれず、アランは次の受験者を呼んでいた。

 空気が一気に変わった。

 二人目が木剣を握りしめ、アランへ突撃する。しかし、あっという間に吹き飛ばされ、気を失った。

 今までの戦いを見ていた三人目は工夫をこらし、果敢にも攻め続けるが、一瞬で剣を吹き飛ばされた。四人目、五人目と次々に倒されていく。


「もう最後か」


 そう言うアランには汗一つ流れていなかった。全く消耗していないことが見て取れる。


「も、もう私の番……」


 気づけば、ファルシアの順番が来ていた。彼女の想像よりも早かった。アランの実力を目の当たりにし、ビビった者たちが辞退をしたのだ。


(腰抜け共が)


 アランは開始の時点から半数以上も去っていたことに気づいていた。だが一切引き止めはしない。

 民を守る騎士に腰抜けは不要。そして、力なき者もまた不要。


「最後!」


「は……はい!」


 ファルシアは木剣を握り、アランの前に立つ。


「女か。若いな」


「ひゃ、ひゃい」


「だが手加減は考えるな。いくぞ、構えろ」


 ファルシアは小さく頷き、覚悟を決めた。

 入団試験では『力を見る』と言っていた。もしかしたら勝利が絶対条件ではないかもしれない。しかし、せめて善戦はしたいと頭の中でそう言っている。


「一撃で倒れるなよ!」


「えっ……!?」


 彼女は目を疑った。

 スローモーションのように迫り来るアランの木剣。ファルシアは木剣を上段に構え、そっと受け流した。


「っ!」


(……あれ?)


 ファルシアは反射的に、アランの脇腹へ木剣を振るおうとした――が、すぐに中止し、後退する。


(まさか今のって……。攻撃じゃない、よね?)


 混乱しそうな頭になんとか納得できる答えを突きつける。

 まさか、こんなに遅すぎる攻撃が攻撃なわけないのだから。

 ――ならば、もう一度攻撃を受けてみようか?

 否、この入団試験はそんな安直なものではないはずだ。



(ど、どういう感じで勝てば良いんだろう……?)



 ファルシアの頭の中ではすでに、勝利前提の考えがぐるぐる回っている。

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