第30話 島に繋ぎとめる鎖。

ズエイ・ゲーンは王都でショーク・モーと話した際に一つのことを願い出てショークは始めこそ嫌そうな顔をしたが、ズエイの言葉を聞いてすぐに快諾した。


そんなズエイは予定を繰り上げて無理のある行軍で10日目の夜にジン家の門を叩いた。


驚いたのはクオーもハイクイ達も一緒で、ズエイはズエイで着飾ったハイクイ達を見て馬子にも衣装と思いながらインニョンの髪が栗毛だった事に驚いていた。


ズエイはハイクイとインニョンへの扱いに感謝を告げた後で「クオー・ジン、一応聞かせてもらいますがジン家に戻り欲望の島に赴く事が嫌になりませんか?」と聞く。


「いえ、今の私はジン家のクオー・ジンでありながらゲーン探索団に身を置くクオー・ジンで、仲間達とカケラを育て王国に貢献する者です」

クオーは未練のみの字も無く言い切って古参の使用人達は「若様」と感動し、新参者達は目を丸くしてクオーを見る。


ズエイは笑わないように気をつけながら「ワタクシ、そんなクオー・ジンに一つの事をさせてもらいました」と言って恭しく蝋印がされた封筒を出してクオーに渡す。



クオーは蝋印の家紋を見て「モー家の家紋?」と言う。


「ええ、ショーク様はあくまで平等のお方、ジン家を断じたのも特別扱いをしない為でございます」


これにはジン家の皆が「当然です。ジン家だからと特別の扱いは不要」「流石はショーク様」と口々に言う。


「そして、ショーク様はクオー・ジン、貴方の欲望の島での活躍、紅白の魔神…マーブルデーモンの活躍を聞き喜ばれつつ申し訳ない事をしたと言っておられましたよ」


「本当ですか!?」

「ええ、そしてワタクシに書簡を持たせました」



クオーは震える手で手紙を読むと中には「突出した能力が故、兵団に加える事も特別扱いも出来ずに不遇の扱いをして申し訳ない。欲望の島での活躍をズエイ・ゲーンに聞いた。君のもたらす戦果は帝国を疲弊させ戦力を削ぐ貴重な行為でこのような後方支援ならばありがたい。これからも期待させてくれ」と書かれていてクオーは泣いて喜び、書簡を読んだ家族もクオーを讃えた。


クオーは喜びながらも「ズエイ・ゲーン、貴方のことだからこれで終わりではありませんね?」と聞く。


ズエイは笑いながら「ええ、勿論です。クオー・ジン、これからはビジネスパートナーとしてよろしくお願いします。クオー・ジンが保育士狩りを行い帝国を疲弊させる度にショーク様から報酬を約束されました。その3割がクオー・ジンへの報酬で、別の3割がダムレイ達探索団への報酬、残りの4割が私の報酬となりました」と言った。


「しっかりとしていらっしゃる」

「ありがたきお言葉。これからも頼みますよクオー・ジン」


「ええ。お任せください」

「勿論、休暇のお許しも得ました。またハイクイ達やカケラが育って島を離れられる者が居ればお連れください」


クオーは父母やズオーの方を見て「ジン家として王国の為に務めを果たして参ります。私の微力な行動でも皆の暮らしが良くなる事を信じています」と言った。


顔は破壊者の顔になっていてハイクイは「クオー、顔がヤバいよ」と話しかけて「おっと」と言ってクオーは照れる。


まったくと笑う皆に合わせてズエイも笑うがズエイだけは笑顔の意味が違う。


当然あの書簡はズエイがショーク・モーに頭を下げて書かせたものであってショークが本心から書いたものではない。


始めはズエイの話を聞いて欲望の島で帝国兵を狩り損害を与えカケラを異例な速さで育てたクオーの活躍、王国兵達が一目を置くクオーの存在に眉をひそめるショークだったが同時にそれが、クオーを欲望の島に繋ぎ止める鎖になると聞き訝しんだ。

だがクオーの兵士になれなかった鬱屈した気持ちや、兵達の腑抜けた態度や人々を救う気のない兵士に憤慨する姿の話を聞き、ここで「この後方支援はありがたい」と一言書いた書簡があればクオー・ジンは嬉々として島に戻り帝国兵を狩り続け育ったカケラを王国にもたらすと説明をした。


「ワタクシ、一つ思い違いをしていました」

「どう言うことだ?」


「無理な増員をして忙殺してしまえばクオー・ジンは仲間の為にと無理をして島から離れられなくなるかと思いましたが効果は薄かったのです。そんな真似をせずともクオー・ジンには王国兵の仕事を与えるだけで島に自ら居続けます」

「…それならば書簡を用意しよう」


こうして書かれた書簡の効果は絶大でクオーは喜んで島に戻り…。


「ねえ旦那」

「なんだハイクイ?」


「クオーがいる限り俺も最後の希望で魔物や帝国兵を倒してもいい?」

「ほぉ、なんでだ?」


「人間の暮らしって大変で兄貴達が凄いって改めて思ったよ。俺はゆっくりと馴染んでいきたいからクオーが島を出る時について行きたいんだ」


この言葉にクオーが「ハイクイ?」と驚いた顔をする。


「いいんだよ。この6日間の暮らしは極楽みたいだったけどやっぱり俺達は人間になったばかりで人の世界で生きるには準備も何も足りないんだ。だからまたクオーとここに来て少しずつ練習したいんだ」


ハイクイの言葉にインニョンも「わかる!私も!私もお姫様みたいな格好に美味しすぎて死んじゃうようなご飯も嬉しかったけどきっと皆に迷惑をかけてたからもっと練習したい!クオーといたいよ!」と続ける。


これもまたズエイが求めた通りの流れになる。

平民の暮らしならやれてもジン家の…貴族の暮らしにハイクイ達は耐えきれずに人になりたくないと言えばいいと思っていた。


「ズエイ・ゲーン?」

「ええ、キチンと対等の関係として提案をさせてもらいます」


そう言ったズエイはハイクイとインニョンに「最後の希望をでたくなった時はふた月前に言え。それがルールだ。ただその時持っていたカケラは育て切ること。後は時勢によっては俺から延長を申し出る。わかるな?あのガキどもが減っているのに辞められたら大損害だ」と言った。


「うん。わかる」

「平気」


「どうせダムレイ達もだろうな…」と言ったズエイはクオーに「クオー・ジン、この先の帰省の時はダムレイ達も頼めますかな?今回の事でわかるようにいきなり自由だと野に放つのはアイツらの為にもならないようです」と言う。


クオーは「お任せください。ただ船賃と衣服代はよろしくお願いします。ハイクイとインニョンの服は洗濯時に破けてしまいました」と言った。


ズエイからすればそれくらいショークに請求出来るので安いものだった。


「ええ、お任せください。ビジネスパートナー」と言ってクオーと握手をした。


翌日、クオー達は欲望の島に向けて本土を離れた。

盛大な見送りの中「クオー・ジン!これより王国の為に行って参ります!」とクオーは高らかに宣言をした。


ちなみにダムレイ達はハイクイのお土産、皆の名前が書かれた紙に目を丸くして羨ましがり、インニョンが可愛くなったと本気で赤くなる。


そしてハイクイの話を聞いて人として島を出る前にクオーの家に行ってやっていけるか経験する話とクオーが島を出るまで島に残るハイクイ同様に暮らすかを考える事になった。

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