第28話 ジン家。

ほぼ一年振りにクオーはジン家の敷居を跨ぐ。

港町で早馬を使った電報を頼みクオー達が到着する前に知らせを貰ったジン家は大急ぎでクオー達の出迎えをする。


ジン家に寄らなければ王都に行くのが早まるズエイは港で別行動になる。


馬車は港町から半日かけて訪れた街に入るとクオーが「ここがジン家が統治を任されているトラジーだよ」と言った。


「大きな街だ」

「ここに居たら最後の希望なんて街じゃないね」


港町からずっと外の世界に驚き続けるハイクイとインニョンにクオーは穏やかに微笑むと「そんな事はないよ。大小はあっても人が生きて活気があれば街だよ」と言う。


ハイクイは「クオー?この街の人たちも守る人達なの?」と聞くと「そうだね。ジン家は人々を守る。だから人々はジン家を敬う。私よりもリユーはそこら辺がしっかりして居たよ」と亡き弟を思い語る。


「うん。リユーをきちんと知らなかったけどこれを見たらリユーが早く帰りたがるのはわかったよ」

「本当だね。なんかリユーをもっと知ってたら助けてあげたかったよね」

「2人ともありがとう」


馬車はなだらかな山道に入るとすぐに高台にあるジン家の敷地に入る。



「さあ、着いたよ」

普段以上に物腰の柔らかいクオーが言うと馬車の扉が開かれて「若様!お帰りなさいませ」と老人が話しかけてきた。


クオーは「戻ったよ爺」と言った後でハイクイとインニョンを指して「この2人は私の家族。ハイクイ・シータとインニョン・シータ。私はどうでもいいから2人には不便と不満を抱かせてはならないよ」と説明をしてハイクイとインニョンは「ハイクイです」「インニョンです」と挨拶をした。


「はじめましてハイクイ様、インニョン様」と挨拶をした老人は「若様、御葬儀の用意は出来ています。ですが良ければ吉日の星が出ておりますので明日にされては如何でしょうか?」と言う。


「星が出てくれているのかい?」

「はい。ズオー様のお見立てでは星は今晩には力を尽くして消えていくとの事で御座います」


「それでは明日に変更してくれ」

「かしこまりました」



馬車はから降りるハイクイとインニョンはクオーに「星って何?」「そんなに嬉しいの?」と聞く。


「ジン家では吉日の星と呼んでいる星が出た後に祭事を行うと最良の結果になると言われて居てね。きっと世界もコイヌの葬儀を待ち望んでくれて居て星が瞬いてくれたのだよ」

ニコニコ笑顔で説明をするクオーを見て共に喜ぶハイクイとインニョン。


馬車の御者はまさかクオーがジン家の人間とは気付かずに新しい使用人くらいにしか思ってなくて雑な運転をした事を後悔して居たが「また6日後に来てくれないかな」と言われて驚いてしまう。



馬車を降りたハイクイが「クオー…」と名前を呼ぶ。


「なんだいハイクイ?」

「俺達、服なんてコレしか持ってないよ。まさかアレなんて言わないよね?」

「えぇ!?クオー!ダメだよ!入れないよ!」


ハイクイとインニョンは目の前の大きなお屋敷を見て青くなる。

確かに成長に合わせて服はズエイが用意をしてくれたがそれでも安物でボロボロになっても膝や尻くらいであれば自分達で縫い合わせて着ていた。

正直言って臭いもキツい。

馬車の御者が雑な扱いをした事は間違いではなかった。


「あはは気にしないでいいんだよ?私の生家は皆の家でもあるんだ」

クオーは意に介さずに2人の手を取って玄関を開けると煌びやかな玄関に使用人やクオーの家族達が待ち構えていた。


「戻りました。申し訳ございません。リユーを守りきれませんでした」


頭を下げて謝るクオーに父と母は涙ながらに「そんな事はない。良くやってくれた」「貴方あっての成果です。リユーが亡くなった事は悲しいけど欲望の島はそれ程の場所。それなのにきちんと務めを果たして戻ってくれた貴方を誇りに思いますよ」と言う。


そして父母が離れるとクオーとリユーどちらにも似ている穏やかな顔の青年が「兄さん」と言って歩いてきた。


「ズオー、また雄々しくなったな。不在を任せて済まないね。だが一年前の文にも書いた通り私は破壊者としてまた欲望の島へと赴く。お前が父上の後を継ぎ当主としてジン家を守ってくれ」

「まだ僕は……、いえ、頑張ります」


クオーは挨拶を終えるとハイクイとインニョンを前に出して「今の私の家族の一員、ハイクイ・シータとインニョン・シータです。この2人は今回の帰省には必要不可欠な存在」と紹介する。


ハイクイとインニョンが緊張の面持ちで会釈をするとクオーはハイクイの背を押して「彼がリユーの不始末を帳消しにしてくれました」と言ってリユーの見つけた風神の乱気流を育てきってくれた事を説明するとクオーの父母達はハイクイに済まなかったと感謝を伝える。


ハイクイは照れて「いや、俺は仕事だし、クオーは仲間だし」と言うとクオーから「家族だと言ってくれたのは君だよハイクイ!」と釘をさされる。


クオーはインニョンを紹介する前に「父上、母上、こんな私に父になって欲しいと言ってくれた娘がおりました。名はコイヌ。とても笑顔の可愛い愛らしい少女でした。この度の帰省は成し遂げたご報告とコイヌの葬儀を行いジン家に埋葬をする為です」と言ってコイヌの遺髪を見せる。


そして改めて「彼女インニョンはコイヌの姉。言わば私の娘同然の家族です。この葬儀には外せぬ身として招きました」と説明をする。


「はい。キチンと支度は済んでいます。明日はお葬式にしましょう」

「墓石も良いものを用意してある。後はリユーの墓もある。墓参りをしてくれ」

「ただその前にハイクイさんとインニョンさんの採寸なんかをさせてください」


ハイクイとインニョンは寝耳に水だったがクオーから「葬儀に専用の服を着るんだ。コイヌの為にも我慢をしてれないかい?」と言われれば致し方なくいう事を聞く事になるが困ったのは風呂が最後の希望にあるような適当な木製の風呂場ではなく石製の豪華な風呂で使用人達が介助を行おうとしてハイクイは目を白黒させて「クオー!?クオーがやってよ!」と助けを求めて、インニョンもクオーとハイクイが良いと言ったが流石に少女の介助は出来ないとしてクオーはズエイから言われていた必殺の言葉を使った。


「ふむ。インニョン。ズエイ・ゲーンからだがね。君達はもうシータの名を持つ人間だから交流やマナーを身につける必要があるんだ。これもその大事な一歩だよ」


今までの人間未満ならそれでも良いが人間ならばやらなければならないと言われたらグッと我慢する事になる。


「うぅ…ハイクイは?」

「今日は私も居るが帰るまでにはキチンと受けられるように躾けるよ」


この言葉にまだ救いを見出して「本当?」と言うインニョンと、絶望を感じて「クオー!?やだよ!」と言うハイクイ。

そんなハイクイをクオーは「ふふ。ダメだよハイクイ」と言って怪力で押さえつけると風呂場に連れて行ってしまった。


ハイクイとインニョンはクオーの指示でキチンともてなしを受ける。

インニョンの髪は焦茶色かと思ったがまさかの明るい栗色だった事には驚いた。


そしてジン家の用意した令嬢が着るような服を着ると元々の可愛らしい見た目もあって令嬢にしか見えない。

クオーは幼い頃のリユーが着ていた服を折角だからと渡されるとコレまた似合う訳でジン家は喜ぶ事になる。



「ハイクイ…似合う?」

「うん。インニョンじゃないみたい。この服、リユーのだって」


クオーは横で聞いていてインニョンに失礼ではないかと思ったがインニョンは怒る事なく「ハイクイも格好良いよ」と答えている。


格式ばった食宴はクオーが拒否をして簡単なマナーからと言って家族だけで食事を食べる。

とりあえずナイフとフォークの使い方だけは仕込まれたハイクイとインニョンは「…クオー、美味しいけど何食べたかわからない」「本当…食べるよりフォークとナイフのことばかり気にしちゃったよ」と言っていた。


夜は使用人達が困惑したがハイクイはとにかくインニョンまでも1人では眠れないと1人一部屋で用意された部屋を拒んでハイクイと共に寝ると言ったことだった。


「クオー、もっと狭い部屋とかない?」

「広すぎて怖いよ」


クオーは使用人達には生まれと育ちを説明して間違いは起きない事も伝えて2人で一部屋を使えるように手配をした。


翌朝、クオーが起こしに行くと床に2人で手を繋いで掛け布団をかけて寝ているハイクイとインニョンがいた。


「クオー、この家は何で床もふかふかなの?」

「布団はふかふか過ぎて眠れないよ」

「ふふふ。そうだね。徐々に慣らして慣れたらベッドにいこうね。さあ、今日はコイヌの葬儀だよ。起きてくれるかい?」


クオーがカーテンを開けると空は見事な葬儀日和だった。

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