第26話 家族と祝い。

クオーとハイクイは無人の野を歩き進めるとソーリックの言葉通り1時間半で帝国の基地に辿り着く。


前線基地と言っても王国のキャンプと何も変わらないキャンプで遠くから歩いてくる赤い光を放つクオーに騒然となった。


騒ぐキャンプを見ながらハイクイが「襲ってきたら殺して良いの?」と聞くとクオーも笑顔で「勿論そのつもりだよ」と返す。


だがクオーは前に出ると「聞け!私はお前達の呼ぶホワイトデーモン!我らがキャンプを襲った集団は全滅した!」と言った。



キャンプから聞こえてくるどよめきと絶望の声。


「老兵シマロンの最後の願いを聞き、兵達と保育士の死体を持ってきた!責任者を出してくれ!」

クオーの言葉にハイクイが「あんまり待たせない方がいいよ」と続ける。


少しして若い兵士が「シマロン隊長は死んだのか?」と来る。後ろには武装した兵士が6人ほどいる。


ハイクイは呆れながら「まあ良いけどやりあうならついでに滅ぼすからね?」と言う。


クオーは「彼は死とひきかえに私と約束をした。だから今ここにいる」と言ってシマロンの手紙を読ませる。


手紙を読んだ若い兵士は崩れ落ちて泣くと「…よくも…よくも隊長を…」と言ったが、手紙を読んだ他の兵士がクオーに「約束を守ってもらって感謝する」と言った。


「それで、マリア様は?」

「こちらの袋に居ますが約束通り殺しました」


そう言ってハイクイの持つ袋から細切れの兵士と共に出したマリア・チェービーの姿に崩れ落ちた兵士は剣を抜いてクオーに立ち向かう。


「やめろって、殺すよ?」

兵士の頭に乗って首に剣を当てながら背後に回るハイクイ。


残りの兵士達がどよめく中、クオーは「やり合うのなら構いません。私は戦います。だが今はマリア・チェービーの治療をしてあげるべきでしょう」と言った。


「治療?」

「ええ、命を引き換えに守ったシマロン氏の為に彼女の命、剣士としての命は貰い受けました。だが人としての命は貰っていません。両腕を握り潰しました。障がいも残り、二度と剣は握れないでしょう。本土に帰るのも、港町に住むのも勝手ですが王国では死んだ事にしています。生きていると喧伝するのはやめてください」


その言葉を裏付けるようにマリアは痛みに悶えて苦しそうに動く。


「それにクオーが助けないとキャンプリーダーに殺されてたからね。傷の手当てをしてやりなよ。血を洗うと傷の酷さがわかるよ」

ハイクイの言葉に他の兵士が慌てて血を拭うと鞭打ちの痕が酷く腕は赤黒く腫れ上がっていた。


「…感謝する」

「構いません。二度はありません。向かってくればこれからも殺します。ですが今日は無用な争いを控える為にもシマロン氏の言葉に沿って作戦を中止したことにしてください」


「あ、なんだっけ?ホワイトデーモンと…」

「ウインドリッパーだそうだよハイクイ」


「じゃあその2人が基地までやってきて死体をぶちまけて暴れて帰ったとか噂だけは広めといてよ。そのお嬢さん助けるならカケラを使った事にしてね」


クオーとハイクイは言うだけ言って帰っていく。


帰りながらクオーは一つの事が気になってハイクイに確認を取る。


「ハイクイ?彼女の傷は治るのかい?」

「うん。聖女の吐息を使えばね。でも育ちきった聖女の吐息でもあの怪我を治したら使い手が再起不能になるよ。だからウチでもインニョンは使えないんだ。でも価値はあるから育てろって旦那が言うんだ」


クオーはその言葉にコイヌが死に瀕した時、インニョンが救いたいと涙ながらに言ったことを思い出していた。



クオーとハイクイは帰り道に現れた大王大亀を殺して持ち帰り「お土産、アイツら死体見て泣き崩れてた。こうなりたくなかったら作戦やめろってクオーが言ったらもうダメだとか言ってたよ」と説明する。


戦果も何も申し分なく誰もハイクイとクオーを責めるものは居なかった、


帝国側はシマロンの遺言とマリアの生存によってクオーとハイクイに悪影響が及ばないように可能な限り力を尽くした。


シマロン立案の最後の希望を目指す作戦はクオーとハイクイに邪魔をされたが、見せしめとして持ち込まれ、クオーの手で首を折られていたマリア・チェービーは偶然息を吹き返したことで聖女の吐息を使い一命を取り留めたとされた。

マリア・チェービーはあまりの恐怖体験に剣を捨てて領主の娘として生きる事になっていた。


マリア・チェービーは見目麗しい令嬢だが最後の希望を目指す作戦を聞き怒りに染まったクオー・ジンには関係なく躊躇する事なく締め殺していた。

そして戦果の数々でホワイトデーモンとウインドリッパーの名で恐れられる事になったクオーとハイクイの所属するゲーン探索団の名声は更に高まっていた。


10日ぶりに帰還したクオーは肩を落とした。12人の子供達は全滅はしなかったが街での抗争に巻き込まれた事とカケラを取りに行った時の襲撃、刷り込みの激痛により7人が脱落していた。


5人の子供達

インシン

クラトーン

バリジャット

チャーミー

コンレイ

この子供達が正式にズエイ・ゲーンのゲーン探索団の一員になっていた。



肩を落とすクオーとは裏腹にズエイはまたも笑いが止まらなかった。

王国の兵達は積まれた金次第で常に敵になりかねず、新参に近いズエイ・ゲーンは口封じに金を積む額が古参よりも多く、ハッピーホープですらコイヌを殺した兵士のように舐めている者も居た。


それがたった10日でガラリと変わった。


ホワイトデーモンとウインドリッパー。


クオーとハイクイをみつけだしたズエイの先見の明。

出した戦果により兵士からは一目置かれ、また頼みたいと言われるし、倒した敵兵と保育士の報酬で言えば一年分のゲーン探索団の食費を賄えてしまっているし奪ったカケラは早速ショークに持っていく事になる。


報告に来たダムレイの話ではクオー自身も国のためになると喜んで保育士狩りに参加の意思を示したのでそれをショークに向けて足止めが可能だと思うと伝える事にした。


ズエイはゲーン探索団のハウスに行ってクオーとハイクイに労いの言葉と儲けに応じたご馳走を用意する。


用意された羊肉のステーキは1人二枚。

5人の新入り達は1人一枚だがそれでも「クオーとハイクイのお陰で食えるんだ。感謝しろ」とズエイに言われて「ありがとうクオー!ありがとうハイクイさん!」と感謝をされていた。


ズエイは肉の美味さに泣く新入り達を見ながら「クオー、ダムレイから聞いたがまた行ってくれるのか?」と聞き、クオーは力強い眼差しで「ええ、魔神の身体も育ち、帝国に損害を与えられる意義ある職務です」と返す。


クオーの熱意を見てズエイが「…ったく、まあウチは儲けしかない話だからいいが、お前は見返りは求めないのか?」と聞くと、この言葉に「求めてもよろしいのですか?」とクオーは聞いた。


「内容にもよる。言ってみろ」

「この子達が育つまで追加の子供はやめてくれませんか?」


思った通りだがまさか頼まれるとは思わなかった内容にズエイは呆れながら「そんなんで良いのか?」と聞き返す。


「ええ、後はダムレイ達に任せますが私が戦果を上げた日の褒美は今日のようにこの子達にもご馳走をお願いします」

「特別な祝いって奴か…。ダムレイ?」


話を聞いていたダムレイが呆れながら「毎回はダメですね。まだコイツらは外での生き方がわからない。コイヌ以上に危険です」と言い、ズエイがクオーを見て「だとよ」と続けた。


クオーは悲しそうな顔で羊肉に感動する子供達を見る。

いたたまれずダムレイは「まあ半年して処世術が身に付いたら良いんじゃないですかね?」と言うとクオーは救われた顔でダムレイを見る。



「クオー、その代わり半人前になるまでは普段はコイツらに口出しと接触を禁止するから守れよな」

「わかったよ。それを耐えて帝国兵を殺せばまたこの皆で食卓を囲めるのだね?」


この言葉に本当にわかっているのかという顔で「…お前」と言うダムレイにクオーが「ハイクイが言ってくれたんだ。私もゲーン探索団の家族だとね。ジン家ではやはり祝いの席には家族が揃っていたからこの子達とも祝いたいんだ」と言った。


ダムレイはクオー相手に余計なことを言うなという顔でハイクイを見て「ハク…」と言う。


「ん…、クオーは家族だよ。コイツらは家族でいたかったら頑張ればいい。それだけだよ。ケーミーに見てもらったけど俺とクオーのかけらはやっぱり保育士狩りをしたから普段の3倍は育ったってさ。いいじゃん。12人揃うまでカケラを育てて大金持ちで島を出ようよ」


この言葉にダムレイは面倒臭そうにズエイとクオー、家族である団員、そして新入りを見て「仕方ねえ、やるか…」と言った。

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