第2話


私の朝は早い。まだ他の一族のみんなが寝ている夜明けから起きて泉で身支度した後、里の周辺の見回りをする。


他のまつろわぬ者達は割と旅をしながら生活をしていることが多いらしいが、赤目の一族は昔からこの翠鵬ノ国に定住している。もちろん、隠れ里は今住んでいるここだけではないから何かあればすぐにここを捨てることは出来るのだが。それでも、捨てないにこしたことはない。普段は父も私とは別行動で見回っているらしいが、生憎と現在は留守にしている。だからこそ、何かあれば全て私の責任だ。はぁ。全く、気が重い。



「はぁ。父さんが留守の間は何も無いといいけど」



ピュルルル


甲高い鳴き声が聞こえる。どうやら心配で来てくれたらしい。


私が腕を地面と並行になるように伸ばすと、そこに大きな鷹が降り立った。この子は私が面倒を見ている鷹だ。面倒を見ているといってもほとんど放し飼いだけど。



琉琉りゅうりゅうおはよう。狩りは大丈夫?」


『もう食べた。凛泠は?』


「私はまだ。後で食べるよ。それよりも見回りしないと。何か変わったことはない?」


『ない。森静か。いつも通り』


「そっか、それならいいけど』


『犬も起きた。もうすぐ来る』


白雪しらゆきが?分かった。ありがとう。でもね、いい加減白雪のこと犬って呼ぶのはやめな。あの子は狼なんだから」


『犬は犬』


「あーもう。羽食いちぎられても助けないからね」


『凛泠酷い』


「自業自得でしょ」


私と言葉を交わしているのは、鷹の琉琉。言葉といっても聞こえるのは私だけだけど。昔はそこらの小動物と遊んで話しているだけで気味悪がられたものだ。私の目が金色であるのも相まって悪魔の子だと面と向かって罵る大人たちだっていた。まぁ父さんがすぐに締めてたけど。父さんが私のことをどう思っているのかはともかく長の娘を悪魔の子と面と向かって罵るとか頭が足りてない阿呆だと思う。長が悪魔って侮辱することに等しい。


なんとなく気持ちが落ち込むのを感じながらも見回りを続ける。里の周りにある侵入者対策の罠を点検していると近くの草むらがガサガサと揺れた。この辺りに草むらが揺れるほどの大きな獣は寄ってこない。そうなるとこれは、



『凛泠、おはよう』


「おはよう白雪」


『森異常なし。変な匂いも新しい匂いも無いよ』


「了解、ありがとうね、いつも」


『気にしないで。凛泠は恩人だもん』


白雪は翼を持つ狼だ。翼犬と呼ばれる犬の原種に当たる翼のある狼の一種である。元は野生の群れの一匹だったが怪我をして動けなくなったところを私が手当てをして以来、相棒としてうまくやっている。(琉琉と同じくほぼ放し飼い状態だが)町で犬と交配させて家畜化させた翼犬と違い、本来は決して人に慣れぬ獣だが、私とは言葉を交わせるせいかよく懐いてくれた。


『乗る?』


「お願いしようかな」



白雪が腹ばいになってくれたので、その背中跨る。白雪は私を乗せて軽々と走り出す。


目の前をいつもの森の景色が飛ぶように過ぎてゆく。



羽が生えた兎が草を食べ、人の頭ほどの大きさの鼠が木の根を掘り返している。


美しい色の鳥が群れとなって飛んでゆき、目の前を角に花が咲いた鹿たちが通り過ぎてゆく。


子熊が川で魚を取り、その側で母熊がのんびりと日向ぼっこをしている。


木の実を巡ってリスが喧嘩をしている。



いつもの森だ。恵み豊かなこの森は多くの動物たちの楽園だ。木々の種類も豊富で私たち人間もその恵みのお陰でなんとか生を代々繋いできたのだ。動物たちの多くは前世では存在しなかった動物が大半でもっと幼かった頃は毎日が物珍しくて仕方なかった。今は慣れて「いつもの森だ」なんて思えるようになったけど。



『着いたよ』


「ありがとう」



白雪が連れてきてくれたのは私のお気に入りの場所。山の中腹にある崖で森が一望できる。この場所から朝日に照らされる森を見るのが私は好きだった。



「今日は何を弾こうかな。何かリクエストはある?」


『明るいのがいいなぁ』


『凛泠の歌はどれも好き』



いつも背負っている鞄から竪琴を取り出す。このハープを小さくしたような楽器は今世の私のお気に入りだ。今世での生活を受け入れているとはいえ、やっぱり私に音楽は欠かせない。毎朝この崖で楽器を弾きながら気ままに歌うのが私の日課だ。



「じゃあ王道のラブソングにしよう」



竪琴に指をかけてゆっくりと旋律を紡ぐ。


一頭と一羽はうっとりと目を閉じた。






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