丁度いいハンデだと思っていた(スタッフ視点)
獣王バルバロス様の要望で、今回のトーナメントは『準備運動』として10戦を行い、そのまま11戦目で他の選手の1試合目にあたる試合をするという形式になっていた。
最初にバルバロス様が大会開始を宣言する他には試合開始の宣言もなく、ひたすらに挑戦者が倒されたら次の挑戦者が挑んでいく形式だ。
優勝候補であり、実際に優勝常連のバルバロス様の要望だ。我々に否やは無かったし、丁度いいハンデだと思っていた。
「最初の10戦、準備運動だしなぁ。適当に組んでしまうか」
「ちょうど参加申請してきたこいつなんてどうだ? パヴェルカント王国のDランク冒険者だとよ」
「うん、まぁ弱すぎず強くもない、丁度いい相手だな。1試合目の肩慣らしには良いだろう。女性だし、バルバロス様と戦えるのはいい記念になるだろう」
と、試合を組んだのが昨日の事。
なのに――
「じゃ、私の優勝に金貨82枚で!」
「……はい?」
そう言って、本人が金貨82枚を自分に賭けてきた。
……
その結果、なんと
「なんだよ、いっそちょろまかしちまえば計算しなくてもよかったのに」
「そうはいくかよ。バルバロス様も出てる大会だぞ?……っていうか金貨82枚をちょろまかすなんて怖すぎるだろ」
「確かに。大金すぎて怖いな。にしても、あのお嬢様はどんだけ自意識過剰なんだろうな? あんな洒落た服着て、バルバロス様への結納金のつもりかねぇ」
「ああ。それなら猶更ちょろまかせねぇな。善戦しようもんならバルバロス様の妾に選ばれるかもしれないし」
同僚と、そう笑っていたのは今朝の事。そして――
「どうすんだよ!? どうなってんだよ!?」
「え、あ。え? は?」
バルバロス様が、瞬殺。たった一回投げられただけで、動かなくなっていた。
あっけにとられ過ぎて放心している、というには時間が経ちすぎて。審判もどうしようもなく、バルバロス様の敗北を――カリーナ選手の勝利を宣言した。
「え、あの。これ進行どうなるんです?」
「どうもこうもねぇよ! バルバロス様が初戦でやられるなんて、大番狂わせにも程があるぞ!?」
同僚は大混乱している。
無理もない、まさかバルバロス様が、あんなヒト族の小娘に負けるなんて……
と、いまだ混乱の最中にあったスタッフ達に、舞台から降りてきたバルバロス様が興奮冷めやらぬ口調で話しかけてきた。
「いやはや、まさか我が手も足も牙も出す前にやられてしまうとは! すごいなあの女は! おい、アレはどういう人物だ? エントリーシートを見せい!」
「え、あ、ひゃいっ」
「ほう、カリーナ・ショーニン……行商人冒険者だと!? がははは! しかもDランク!! 替え玉か? いや、あの手の感じは確かに熟練を名乗るには年齢相応以上に若く柔らかだったなぁ」
カリーナ選手の書類に目を通しながら嬉しそうに笑うバルバロス様。
「あっ、あの、ば、バルバロス様! その、大会の進行はどうしましょう!?」
「む?? あー、そうか。そういえば11連戦する予定であったな……かまわん、このまま続ければ良い」
「へ。で、ですが、それだとカリーナ選手が連戦することに……」
「我にあのように勝った女だぞ? 問題あるまい、勝ち抜く。国を賭けても良い」
「かし、こまりましたっ!」
11連戦については、バルバロス様がおっしゃった通りにした。カリーナ選手に次々と挑戦者が挑んでいく。
そして、こちらもバルバロス様が予告した通り、カリーナ選手は次々と相手を下していった。
バルバロス様はそれをまるで少年のようなキラキラした瞳で、本当に嬉しそうに、楽しそうに見つめている。
そして、バルバロス様のおっしゃっていた通り、なんなく11戦――本来の1回戦まで、カリーナ選手は勝利した。
「がっはっはっはっは! なんだあのデタラメな強さは! この我をして、強さの底が、いや、枠が全く分からん! どのようなカラクリだ!? いや、カラクリでもいい!! あの強さの秘密が知りたい!!」
「そこまで仰いますか、バルバロス様」
「当たり前だ! これほどの昂りは何年ぶりだろうか! あれはきっと強い子を産むぞ……うむ、息子に求婚させてみるか? いやいっそ我自身が……ああ、でも勝てぬのか! そうか、勝てぬのだったわ! あの細腕を、柔肌を組み敷くことすら叶わんとは! がはは! 雄として情けなし!!」
そう言って獰猛な牙を剥き、凶悪な笑みを浮かべるバルバロス様。
白狼族としては本当にただ純粋に楽しくて笑っている笑みだ。
……しかし、まさか11連戦を苦も無く突破するとは。
この大会で、途中で金を賭けられるのであれば……今ならカリーナ選手の
と、そこでハッとあることに気が付く。
……もしカリーナ選手が金貨82枚を賭けた時、
絶対に大損害が発生していた!
「……計算、ちゃんとしてよかった! 適当にしなくて本当によかった……!!」
まじめに仕事した自分を、本気で褒めた。
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