わっしょい! わっしょい!(ビーベイ視点)
果たしてどれだけの時間がたったのか。
まだ新月は過ぎていないだろうか。それとも新月は過ぎたか?
あれから僕たちは、あの女に赤子の格好をさせられてしまった。
口に咥えさせられた魔道具のせいで言葉は封じられ、服もはぎ取られ、赤子の着るような「おべべ」を着せられて。
どういう性能の魔道具なんだか、口だけでなく、手足も胴体も、一切が僕の意志に反して動こうとしないのだ!
移動できるのはハイハイで決められた柵の中だけ。肘やひざは伸びきることが無く、気付けば赤子のようなポーズをさせられている。
まるで、本当に赤子にされてしまったかのような――しかし、一緒くたに寝かされている自分たちの姿を見れば、大人のまま、そのように扱われていることを思い出させられる。
トイレなど勿論行かせてもらえない。漏らすことになる。
……おむつを替える係は仲間の中で一番の年長者、ジョーだった。
そんなジョーだけは特別に「おまる」を使う事を許されていた……何も羨ましくはないが。
なんだあの白い鳥のデザインは。使うときは必ず頭から生えた2本の棒を握らないといけないとか……
食事では「はーい、ご飯の時間でちゅよー」と赤ちゃん言葉で哺乳瓶のミルクを飲まされる。あやすような、しかし完全に見下して笑うあの表情。く、屈辱的だ……
ローブの男と白銀が僕たちの様子を見に来たこともある。
「どうだねマシロ殿。いい歳の大人がこのザマだ、傑作だろう?」
「おいおい、こんな扱いしてるのか……なぁ、尊厳って言葉知ってる?」
「知ってるからこそやってるのだが? マシロ殿を撃ったのだ、当然の報いだろう?」
「うん、お前が仲間でよかったよ……あー、ビーベイよぅ。なんというか、その、ご愁傷様?」
「お、おぎゃあああ! ばぶううう!!!」
見下すなよ獣風情が! と怒りをあらわにしたところで、惨めな赤子の言葉しか出てこないのだ。くっ……屈辱的だ……!
「ははは、どうやらこいつらも気に入ったらしくてな、すっかり赤子になり切っておるだろ」
「マジかよ。そういう趣味だったのかお前ら」
「ば、ぶぅ!? おぎゃ、おぎゃああ、おぎゃ!!」
ち、ちがう! 声を出せないのはこの口の魔道具のせいで! 断じて僕がすすんで喋らない訳じゃ!!
「な? 気に入ってるのかおしゃぶりも離さないんだ」
「ま、まぁそういう趣味のヤツも居るよな、うん。その、見なかったことにしてやるわ」
「ははは。だそうだ。よかったな?」
あきれ果てられた目で見下された……ッ!
な、なんてこった。この魔道具のせいなのに。この魔道具のせいなのにぃ!!
そうして、何日かしたある日。
拷問を受ける訓練をしていた仲間たちもすっかり憔悴しきっていたところに、ローブの男が現れて嬉々として言った。
「喜ぶがいい! お前たちをギルドに引き渡してやる日になったぞ?」
「おぎゃ!」
おお、ついにこの地獄から解放されるのか……!
「では、そろそろお披露目といこうか。さぁ、最後のおめかしだ」
「ばぶぅ……お、おぎゃばぶ?」
お披露目。お披露目とはなんだ、どういうことだ?
戸惑う僕らに、フードの男は木でできた看板を下げる。
――そこには、『ビーベイ君。元気でおバカな聖国の傭兵!』と書かれていた。
仲間たちもそれぞれ看板に自己紹介が書かれている。
『ジョー君。おめおめ生き延びた帝国のスパイ!』
『カーゴ君。舌を噛み切れなかった帝国のスパイ!』
『チノ君。苦いお薬が飲めなかった帝国のスパイ!』
『ミゴ君。おもらしが一番多かった帝国のスパイ!』
と、散々な言われようだった。
「お、おんぎゃあ!? おぎゃっおぎゃっ!」
「ばぶっばぶばぶ!!」
「まーま! まーま! あぶあぶあぶ!!」
「だぁだぁ! だぁあ! だぁああああ!!!」
これには流石に抗議の声を上げる4人の仲間たち。
その言葉は変換され何を言ったかは分からないが、ローブの男に対する罵詈雑言で間違いない。
……ん? ちょ、ちょっとまて。これで、お披露目とは、つまり。
「さぁこちらも苦労して作ったのだぞ。遠慮なく座り給え、よっと」
「お、ぎゃぎゃ……!?」
そこには2体のゴーレム。そしてゴーレムが担ぐ御輿があった。
ご丁寧に、「ダンジョン破壊を企んだ『輝く剣』御一行様」と書かれている!
御輿には背中合わせの5つのイスが。僕たちはそこに座らされた。
身体が勝手に、赤子のようなポーズをとる。ついでに手にはガラガラを持たされた。当然手放せない。
……まて。まってくれ。
「ば、ばぶ! ばぶばぶ! ばぶばぶぅ!!(は、話すっ! なんでも話すからッ! もうやめてくれぇ!!)」
「え? なんだって? さぁ出発進行だぞ!」
ああ、言葉が喋れない!
というかコイツは、最初から、僕らの話を聞く気は一切なかったんだった……
「そぉれ、わっしょい! わっしょい!」
「ば、お、おぎゃあ!?」
そうして御輿は出発した。なぜか牢を出てすぐにダンジョンの外に来た僕たち。
「な、何だアレ、ゴーレム? ……えっ、『輝く剣』!?」
「うわ、なんだあれ。赤ちゃん……? キモッ」
「お、おぎゃああああああああああ!?!?!?」
見るな、見るんじゃない! そう叫べば叫ぶほど、僕の台詞は野太い赤子の叫び声になって衆目を集める。
「わはははは! 威勢がいいなぁ、わっしょい! わっしょい!」
「おんぎゃぁあああ!! おんぎゃぁああああああああ!!!」
まて、まってくれ!
勇者になる僕が! どうしてこんな目に!?
やたら上下に揺らして運ぶゴーレム。僕ら5人の持つ5つのガラガラが音をたて、やはり人目を集めてしまう。
ああ、み、見られている!? 町の人々に!!
違うんだ! 僕らは、したくてこんな格好をしてるわけじゃないんだよ!?
あ、で、でもそこの角を右に曲がれば冒険者ギルドだ、これでこの地獄も終わる――
「お、おぎゃっ!?」
おいまて、左! 左に曲がったぞ!?
なにしてるんだ、冒険者ギルドへはこっちの道じゃないだろ!?
「ああ、お前らの事は、ちゃーんと、この町の全員に知らしめないといけないからな」
「ぎゃ、おぅ……!?」
「おっ、そうだ。これからはパーティー名を『輝く赤ちゃん御輿』にしたらどうだ? ぴったりだろう!」
悪魔。悪魔だ。
僕は、自然と溢れてきた涙が止められなくなった。
仲間の4人もだ。ああ、ミゴがお漏らししている。
僕達を運ぶ御輿は、カルカッサの町を盛大に練り歩き、大通りを一通り周る大変遠回りなルートで冒険者ギルドへと向かった。
こうして僕らは、衆人環視、白日の下に赤ちゃん姿を晒されることになった。
あああ…………僕らはなんて惨めなんだ。
いっそ本当に何も考えられない赤子になれれば……ばぶぅ……
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