期待される分、ハードルが上がる


「見てくださいあるじ様、楽器が出来ました!」

「おー、できたか。……って、なんかバチが勝手に動いてるぅ!?」


 アイシアに呼ばれて鉄琴を見ると、バチが空中に浮いてピンポンパンポンと鉄琴を叩いていた。

 いやこれ、勝手にじゃない。直前にアイシアが叩いてた通りに鳴らしてる!


「ま、まさか、自動演奏ができるのか。吟遊詩人スキルって」

「え? はい。これができないと、歌だけじゃ仕事になりませんよ」


 えぇー、物理法則どうなってんのこれぇ……って魔法のある世界だったわ。んなもんアテにならんか。


「……こう、弾き語りとかはしないの?」

「弾き語り? ああ。あれは自動演奏ですよ。手は見栄えがいいから添えてるだけで、実際にはスキルで勝手に動くのに添えてるだけで添える必要もないですし。そりゃ弾き語りもできなくはないですけど。歌に集中した方がいい歌になりませんか?」


 この世界の吟遊詩人、よほど突発的な場面でなければ、楽器は事前に演奏しておくものらしい。……オルゴール、この世界じゃ作っても需要ないかもしれんな!


 あ。まてよ?

 そういえば以前、アイシアが「笛を吹きつつ歌えない、不思議!」とか言ってたけど……なるほど。さては笛も同様に自動演奏できるのだろう。きっと恐らく、この鉄琴と同じように空中に浮いての自動演奏で。


 確かにそうなると自動演奏の笛と組み合わせて歌えないのは、逆に少し不思議に思えてくるよなぁ。今更だけど、あの時のアイシアの態度と発言が納得いったわ。


「ん? となると、これ鉄琴を演奏させてるときに両手は何もできなかったり?」

「いちおう、吟遊詩人スキルが関わらないことならできなくもないですけど……あんまり器用にはできないですね。楽器の演奏は無理です」


 アイシアの器用さは吟遊詩人スキル準拠らしい。要は、両腕分の吟遊詩人スキルは『使用中』になるってことだ。こうなると一人楽団オーケストラは無理か。

 ……それならまだオルゴールに活路はある、かな?



「いやぁ、中々楽しかったわ! あんがとよ、勉強になった! あ、でもそれ持って帰るなら一応代金は貰うぞ。使った分のインゴット代だけでいい、銀貨5枚だ」

「それくらいは払うよ。うん。こっちこそありがとうね」


 期せずしてアイシアが楽器を手に入れた。やったねアイシア、演奏が捗るよ。


「というわけでこの鉄琴はアイシアにプレゼントだ」

「いいんですか! ありがとうございます、生活に彩を添えさせていただきます!」

「あ、いや、それほど張り切らなくていいからね」


 むしろ私は静かな方が落ち着くタイプなんだ。うん。



「っと、そういや包丁とかはいらねぇのか?」

「包丁かぁ。ちょっとほしいけど、お高かったりはする?」

「鉄ならそれほどでも。オヤジが作ったのだと鉄でも銀貨50枚はザラだけど、俺ぁまだ見習いに毛が生えたようなもんだし、俺のなら銀貨10枚くらいだぞ」


 尚このドワーフ君、刃物は包丁しか売るのを許可されていないらしい。


「包丁がいいなら、ナイフは?」

「ああダメダメ。ナイフは武器になるだろ? 武器はまだオヤジに禁止されてんだ。命を預けるような場面も多いからってんだから、当然だけどよ」


 なるほど、包丁ならあまり緊急事態で使うようなもんじゃないからね。

 売るときもその辺しっかりいう必要があるらしい。


「ドワーフ工房製の包丁なら、そこらのナイフくらい余裕で斬れますけどね」

「それだよ。ウチの工房の品ってそういう使い方されっから、尚更オヤジから許可出ねぇんだよなぁ……」


 期待される分、ハードルが上がるってことか。さすがドワーフ工房って言えるに相応しい品質が求められる。求められる側のドワーフ君は、はぁー、とため息をついた。


「ちなみにドワーフのナイフはどんな性能が求められんの?」

「そら、同じ素材ならそこらの剣をスッパリって感じよ」

「そんなの作らなきゃならないのか……大変だねぇドワーフ君」

「ああ。大変なのさ。分かってくれて嬉しいぜ……というわけだから、修行のためにも包丁を一本買ってってくれるとありがてぇな」


 売れたらその分作れるから、と。あら商売上手。まぁ買ったろうじゃん。

 努力する若者の成長のために投資するのは、やぶさかじゃないのさ。


 ……ただしショーニンとしての資金の方は使わないものとする。商人としては私も全然余裕で新人の若者だからね!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る