危険は大きいが、便利そうだ(カルカッサ門番視点)


(カルカッサ門番視点)


 荒野に存在するカルカッサの町。俺はそこの門番だ。

 カルカッサにはダンジョンがある。いや、ダンジョン以外には何もなく、そもそもダンジョンのある場所に町ができたと言う方が正しいか。最初は行商人が露店を、次第に宿や店ができ、そして町へと発展していったのだ。


 そのような経緯もあり、カルカッサは商人の出入りが多く、そして不正に儲けようという輩も多い。入出門における審査はそれなりに厳密である。


 特に今日は定期便――町から町へ移動したい個人が集まって共同で護衛を雇うことで安上がりに済ませるシステムで、定期的に開催されている――があり、入門審査が多い。



「次の方、どうぞ」

「はーい」


 と、やってきたのは3人組。胸の大きな行商人の女と、護衛の冒険者にしては心許ないEランクのエルフの子供と、丁稚の奴隷が同行者だった。……ああ、このエルフは男なのか。そうか、身分証を見なければ判別が難しいところだった。


 商人ギルド証を確認する――む? 日付がおかしい。これは確かにソラシドーレから来ているようだが、途中でどこを経由したわけでもなく、更にはその日数。



 たった5日で、ソラシドーレからカルカッサへやってきた、だと?



 定期便を利用するのであれば、ソラシドーレからは1ヶ月はかかるはず。それに途中の町に入らないはずがない。

 ……つまり、この3名は、定期便を使わずに、しかも直接このカルカッサを目指してやってきたということだ。


 女子供しかいないこの一行が、こんな大きな荷物を背負って運びながら、町での補給もなくそんな早く移動できるだろうか。無理だろ、さすがに。野営地で商人と交渉して補給したとしても、無理があるだろ。


 もし疲労を一切考慮せずに身体強化して休まず移動し続け、かつ道中で戦闘が一切発生しなかったとすれば……5日でも来れる、だろうか?

 だが、彼女たちは強行軍で来たと言い張るにしても、あからさまに身綺麗……


 ともかく、不審である。


「あー、これは……」

「特殊な乗り物を使ったので、ものすごく早く着きました! 特殊な乗り物なので途中の町も素通りしちゃって!」


 問いただそうとしたところで先回りして答えられる。あらかじめ自分達も不審な点になると理解していたのだろう。


「特殊な乗り物とは? 馬車にも乗っていないようだが……」

「実物を見たほうが早いと思いますが、見ます?」

「……見せてもらおうか」


 まさかドラゴンの背に乗ってきた、というわけでもあるまい。そう思って受付を他の門兵に任せて外へと同行する。


「それで、その乗り物はどこにあるんだ?」

「こちらです。……ウェイクアップ!」


 商人の女がそう呪文を唱えると、手の上にあったオモチャが巨大化な荷車になった。

 いや、荷車、だろうか? 形が少し妙だ。横に扉のついた樽のようで。正面には窓がある。車輪がひとつだけ飛び出ていた。



「ヒーラーっていう凄い魔法使いの人が貸してくれた開発中の魔道具らしいんですけどね、こうして大きさを変えられて、持ち運びも便利なんです」

「馬はいないのか? まさか全員で変わりばんこに牽いたというわけではあるまい?」

「これ、魔道具なので自分で走るんですよ。ちょっと危ないけど」


 自分で走る? そんな魔道具があるのか。


「ゴーレムみたいなもんですね」

「ああ、ゴーレムか。そうか」


 言われてみればゴーレムも人を中に乗せて歩く。似たようなものだった。


 ……これは便利だな。なにせ小屋のようなものだ、中で休息できるならテントをはる手間、野営時の夜警がずいぶん簡略できる。

 ましてやこれがそのまま走ることができるなら、彼女たちの身綺麗さも理解できる範疇か。


 となれば、あと疑問な点はその移動の日数だけだ。


「それで、これはそんなに速いのか?」

「そりゃもう。ただし、ゴーレム用の魔石をガンガン使うので、正直元は取れません」

「……商人だろう? なんでそんなものを使っているんだ」

「これを貸してくれたヒーラーという方に、使い勝手を教えてくれ、と魔石も合わせて預かってるので。自分じゃ買わないかなぁといったところですね」


 なるほど。自腹でないのなら、使っても懐は痛まないか。


「実際に走るところを見せてもらえるか?」

「かまいませんよ。とはいえ、慣れてないと危ないので私だけ乗りますね……ちょっと離れて。あそこの大きい岩まで行って戻ってきますんで」

「ああ」


 と、魔道具に入りながら随分離れたところにある岩を指さす女商人。

 数百メートルはある。


「じゃあいきますよー」

「あ――」


 返事をしようとした次の瞬間、ばひゅん! と熟練魔導士のファイアランスより早く魔道具が飛び出した。凄い速さで目標の岩までたどり着くと、大きく旋回してその速度のまま戻ってきて――……って、止まるのか?! お、おい!


 と身構えたところで、ずざざざーっと強引に止めた馬のように、地面に跡を残しながら止まって見せた。

 と、止まるのか。良かった。


「と、こんな感じです。完全に速度がのると、さらに早くなりまして」

「わかった、わかった。それを使ったから5日だったんだな」

「ええ、ええ。その通りです門番さん」


 正しく「あっ」と言う間に、この距離を移動してみせたのだ。それであれば魔物を振り切って強引に進むことも容易だろうし、街道を少し外れる近道をすることだってできるだろう。

 しかし、5日か……


「……これだけ早いなら国に緊急伝令用として売れそうではある、か?」

「ああ、いえ。これ、ぶつかっただけで死ねるので。実際何回か死にかけましたし、まだまだ売り物にはならないでしょう」

「……よく無事だったな」

「慣れたらさらに早く移動できそうですけどね」


 考えてみれば、あの速さで岩にでもぶつかったら大変なことになる。伝令程度ならテイマーが鳥を飛ばした方が安全に届くだろう。

 女商人が「シャットダウン!」と唱えると、乗り物の魔道具は小さくなる。それを拾ってリュックのポケットに仕舞った。

 なるほど、危険は大きいが、便利そうだ。

 危険は大きいが。


「で、問題ないでしょうか?」

「ああ。まぁ、問題ないだろう。他の荷物も確認するぞ」

「ええ。あとは蜂蜜くらいですねぇ」

「……その壺は無事だったのか?」

「ふぇ!? あ、ああ、魔法で保護してもらってたので。ヒーラー氏に! いやー、我々も保護してもらってたから無事だったんですよ、じゃなかったら3度は死んでました」


 そのヒーラーという魔道具士は、とんでもない魔法使いでもあるようだ。

 いや、それくらい出来なければこのような魔道具は作ってる最中に命を落とすのだろうな。うん。


 かくして、珍しい乗り物を見せてもらった。それ以外の荷物は問題なかったため、普通に通行許可を出した。



 本日も無事業務は終了した。


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