すぐに手続きしなければぁ!!(奴隷商視点)




 前の奴隷商が違法奴隷を売っていたため、逮捕された。

 そして後釜として、私が新たにソラシドーレの町の奴隷商となった。


 当面は前任者の尻ぬぐいになるだろう。

 前任者が犯罪に手を染めていた分、暫くは周りからの視線も厳しくなる。少なくとも数年は誠実な取引をしなければならない――と、そう思っていた矢先に隣国が滅んだという話がやってきた。


 国が滅ぶとは一大事である、当然、奴隷商にとっても例外ではない。むしろ、奴隷商こそ一番忙しくなるところだった。

 そんなわけで、錬金王国難民からの仕入れを――前任者と違い、あくまで合法的に、良心的に――行って、在庫が溢れかけている最中のこと。


 前の奴隷商が抱えていた、死にかけの奴隷が売れたのである。

 買ったのは、新人商人。資金の出どころは付き添っていた貴族のお嬢様だろう。

 誠実な取引を行うと決めているため、返品を受け付けるとは言っておいたが……


 早速その新人商人がやってきたらしい。

 やはり治せなかったのだろうな。あれほどの古傷、噂に聞く神聖魔法でも治せるかどうか。それに、身体には回復魔法を阻害する呪いの入れ墨まで入れられていたのだ。


 ただ、元よりまず一番ひどい奴隷を見せて、それからマシなのを紹介しようという考えで出した奴隷だったので、特に問題はない。前任者もそのように使う予定で仕入れた、いずれ処分する前提の奴隷だったのだ。


 さて、返金対応で金貨を渡さないと。次はもう少しマシな奴隷を紹介しよう。



「やぁ奴隷商さん。先日奴隷を買った者だけど」

「おや、確かカリーナ・ショーニンさんでしたか。流石に返品ですかな?……おや、そちらのお嬢さんは……」

「お、お世話になりました。おかげさまで、この通り……」

「えっ! あ、あの。もしや、こちらの方は」

「うん、バッチリ治ったよ。というわけでこれから手続きしてくるところ。あ、奴隷商さん側の手続きは終わってるよね?」

「ほぁ!?」


 そ、そんなまさか! 在庫の中で一番ひどい状態の奴隷だったのに!

 別人を奴隷と偽っているのでは――と思って魔力照合させてもらうが、間違いなく、ウチで売った、あの死にかけ奴隷であった。……あの状態から治るだなんて!


「それで、これを治した治療士を紹介しようと思ってね」

「こ、これほどの治療ができる方を紹介していただけるのですか?」

「うん、都合がよければ、今日の午後連れてくるけど。どう?」


 呪いの入れ墨も消えていて、古傷の火傷を治し、薬で潰された喉を癒し、そのうえ欠損した両腕すら治してしまう凄腕。それも、この短期間で。


 そんな治癒士とのコネクション、喉から手が出るほどに欲しいに決まっている。


「いえ、紹介料は先払いでも払いましょう。全額返金、金貨1枚です」

「え、いいの?」

「ええ。その上でその治癒士様に仕事が依頼できるようになったら、追加でもう金貨1枚をお支払いします」

「おお! 太っ腹だねぇ。分かった、じゃあ午後に連れてくるね!」

「ええ、そのようにいたしましょう」


 もしこのコネクションが真実であれば、金貨100枚積んでも元が取れるだろう。

 うまく行けばこれくらいはなんてことない出費だ。

 本当に連れてくるかは賭けではあるが、連れてくるというのだから分の悪い賭けではないはずだ。


 新人商人は金貨1枚を受け取り、鼻歌交じりに財布にしまった。



 ……って、どうせ返品だと思って手続きしていなかった!

 先回りしてすぐに手続きしなければぁ!!


  * * *


 そして午後。新人商人が治癒士を連れて再度やってきた。

 ローブに身を包み、仮面をつけた怪しい風体。明らかに着込んで元の体型を隠している。

 それほどまでに正体を明かしたくないということだろう。

 果たしてそれがその力を隠すためか、はたまた詐欺師なのか……それはこれから分かるところだろう。


「やぁどうも、連れてきたよ」

「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。そちらが件の治癒士様ですか?」

「うん。彼は照れ屋さんでね、まぁその、察してよ」


 ぺこり、と小さく会釈する怪しい人物。彼ということは男なのだろうか。


「病気とかだと治せないのもあるけど、割と多くは治せるはずだからさ」

「ええ。治癒の力が本物であれば、こちらは別段気にしませんとも。それで、何とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」

「……ヒーラー、と呼ぶがよい」


 低くしわがれた声。ヒーラー、治癒士。特に名前を教える気はないということだろう。

 もっとも、だからといって困ることは特にない。むしろ下手に突っ込んで機嫌を損なわれないようにすべきだ。詐欺師であれば不要な気遣いだろうが……


「ではその、ヒーラー様。失礼ですが、そのお力を実際にお見せいただくことはできますか?」

「よかろう……患者はどこだ?」

「ここに」


 そう言って、私は義足を取り外した。

 患者は私自身だ。かれこれ10年前だろうか、馬車の事故で左足を失ったのだ。

 今でも雨の日には痛む、本物の古傷だ。


 これを治せるなら、間違いなく本物。さぁ、どう出るか。


「……よかろう。そこに横になれ」


 ヒーラー氏は傷口を診察するわけでもなく、すっと部屋にあった長椅子を指さした。


「ここで、ですか?」

「十分だろう。ショーニン、儀式の準備をせよ」

「はいはい。準備しますねー。はーい。私はタダの助手なんで気にしないでくださいねー」


 ヒーラー氏の指示で、新人商人が横になった私の周りに小物を置いていく。

 左足には布をかけられた。刷毛で身体をくすぐられ、むず痒くなる。


「では、儀式を行う。天井を見ていろ、まっすぐに……ごほん。ジュゲムー、ジュゲムー、ゴコーの、スリキレー……」


 ヒーラー氏が聞いたことのない呪文を唱え始めると、気のせいか失った左足の付け根がむずむずする。

 ……ところで私はいつまで刷毛でくすぐられるのだろうか? わぷっ、顔はやめろ!


「クーネルトコロにスムトコロー、ヤブラコージのブラコージ……」

「はーい、顔失礼しますねー」


 と、ここで新人商人が私の顔に布をかけた。……何も見えない。ヒーラー氏の呪文は続いている。


「ポンポコピーの、ポンポコナーの……チョーキューメーのチョースケェ!」


 ぱちん! と手を叩く音。そして静かになる。……儀式は終わったのだろうか?


「もう良いぞ」

「はぁ……えっと、え?」


 そして私は起き上がり、自分の左足を見た。十年ぶりに。

 それはさも「あって当然」と言わんばかりにそこにあった。


「あ、足が……ある……!!」

「うむ」


 得意げに頷くヒーラー氏。足の指も動く。感覚もある!……本物だ!

 私はヒーラー氏、いやヒーラー様に頭を垂れた。


「疑ってしまい、申し訳ありませんでした! ああ、なんとお礼を言えばいいのか!」

「……治療費を払ってくれればそれで良い。金貨5枚だ」

「金貨5枚!?」


 たったそれだけ!? この神の御業にたったの金貨5枚でいいというのか!?

 通常、切り落とされた腕を接合する場合でも金貨10枚は取られるというのに!! ましてや古傷で、失った足もどこにもなかったのに!!


「そんな、金貨5枚だなんて」

「いいえ。きっちり金貨5枚です。さぁ、払ってください」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 新人商人にも『きっちり金貨5枚。それ以上払うことはならない』と釘を刺されてしまった。

 い、いや。これほどのことができるお方が、治癒の相場を知らないなど考えられない。ましてや新人とはいえ商人が付いているのだ。

 きっとヒーラー様には深い考えがあるに違いない!


「わかりました。金貨5枚をお支払いいたします……!」

「うむ。今後も一人治すにつき金貨5枚で良いか?」

「っ、こ、今後も診ていただけるのですか! 分かりました、お支払いいたしましょう」

「月に一度、訪れる。その時にまとめて診よう――ああ、一度には5人までだ」

「畏まりました。お待ちしております、ヒーラー様」


 このお方の、崇高な使命の手助けができる歓びと共に、私は頭を下げた。

 余りの衝撃に、新人商人の方に追加の仲介料を渡し忘れていたことに気づいたのは、ヒーラー様が帰ってからの事だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る