第138話 この瞬間が来た
オルトハープンを掴んだシャルハートは目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。
(聞こえてるね?)
(あぁ、聞こえているとも)
思念のみの会話。
返事されることは予想していたシャルハート。もう少しでミラとサレーナが来る。手短に聞きたいことを聞くことにした。
(お前は私達に危害を与えようとする存在?)
(さあな。我ら意思持ちし剣は担い手の振るわれるがままだ)
(冗談にしては面白くないな。
オルトハープンは、彼女の質問に答える気はなかった。柄を握られ、魔力を直に感じられたからこそ、彼は理解した。やはり、“普通”ではないと。
(……お前は何者だ? 十二、三の齢にしては異常すぎる魔力だ。何故こんな所で学生の真似事などやっている。お前にはもっとふさわしいステージがあるはずだろう)
(真似事じゃなくて学生なんだ。ずっと憧れていたこの生活以外にふさわしいステージなんて無い)
(ずっと……? 妙な言い方だな。……まさかお前は)
オルトハープンが次の言葉を発しようとした瞬間、シャルハートは彼を放り捨てていた。直後、シャルハートの居た場所には火球や氷槍が着弾する。
背後に跳躍したシャルハートは二人の到着を確認した。
「早いね、二人とも」
「ミラ、着地に合わせよう」
「分かった!」
ミラが右手を向け、サレーナは両手を天空へ掲げる。大技の気配。それを着地に合わせようとするのは、非常に良い判断だった。
ミラの右手に炎の渦が発生する。渦は徐々に勢いを増し、解き放たれる瞬間を待っている。
サレーナの両手から冷気が立ちのぼる。やがてそれは、巨大な斧へと形作られた。
「サレーナさん行くよっ! 『
「合わせる、『
渦巻く炎と氷の斧がシャルハートへ襲いかかる。
完璧に着地を合わせられたので回避は無理。ならば、防御しかない。シャルハートは己の内から放出される魔力で防御結界を作り上げた。
「中々の威力。腕を上げたと言わざるを得ないね。けど、まだ私の方が遥かに強い」
結界の中からシャルハートは両手を二人へ向ける。手のひらに魔力が収束していく。
しっかりと狙いを定め、シャルハートは魔力弾を射出した。
「いたっ!」
「……っ!」
痛みの度合いでいけばデコピンぐらい。高速で直進する魔力の塊は、二人の額を正確に捉える。
四人の内、二人は気絶、二人は額を撃ち抜かれ死亡。模擬戦はそういう結果になった。
念の為、シャルハートはサレーナとミラに回復魔法を掛け、リィファスとブレリィの肩を揺さぶって回る。
「う~ん……」
「あ、リィファス様起きたね。おはようございます」
「おはようシャルハートさん。願わくば今度は、もう少し加減して拳を振るってくれると嬉しいかな?」
「ありゃ。だいぶ手加減したはずなんですけどね」
そう言っているうちにブレリィも目覚め、シャルハートたちの元へと歩み寄る。
「シャルハートさん、ひどいよ。いくら模擬戦とはいえ、あんな手酷い仕打ちは無いんじゃないかな? 僕はあまりの出来事に困惑しているよ」
「えっ……リィファス様以上に手加減したはずなんだけど……」
「……ほんと?」
「本当も本当。というか、困惑しているのは私の台詞だよ。何であんな緩い肘鉄一発でダウン出来たの? 命の取り合いじゃないんだし、最低限防御する猶予は与えたつもりなんだけど」
シャルハートとブレリィの間に沈黙が流れる。視線が絡まる。互いに目をパチパチさせる。
やがてブレリィは両手を打ち合わせた。
「さっ! シャルハートさん反省会しよっか! 僕たちには過去のことを振り返る時間なんて無いはずだよ! うん!」
「そうだね! みんな集まって! 早速反省会やるよー!」
これ以上長引かせるのは、互いにメリットがないと判断したシャルハートとブレリィ。無言のコンビネーションで強引に空気を切り替えることにした。
それぞれの課題を指摘しながら、シャルハートはあることについて考えを巡らせていた。
(……ブレイヴ君は本性を隠している。それがどういう理由なのかは分からないが……)
いつも『僕』と言っていた彼が咄嗟に口にした『俺』という単語。無意識に出る言葉こそがその人間の本質。素直に考えるならば、ブレリィの本来の一人称は『俺』。そして少しだけ勢いのある言葉遣い。
少しだけシャルハートはブレリィの動向に注意をしようと考えた。
目的は分からないが、ブレリィは何かを隠している。それが何かは正直、どうでもいい。
ただ――。
(ミラが厄介事に巻き込まれるようなら私はしっかりと対応するまでだ)
シャルハートにとっての光に何も起きないよう、状況を見極めていくだけなのだ。
◆ ◆ ◆
リィファスたちとの特訓を終え、帰路につくシャルハート。グリルラーズの屋敷は王都の外にある。王都を囲む城壁から外に出た彼女は現在、街道を歩いている最中。
空間転移魔法ですぐに帰れるのだが、たまにシャルハートはこうして運動がてら徒歩で帰宅する。
この歩いている時間は彼女にとっては貴重な時間。新しい魔法のアイデアやその日のミラの可愛かった場面など、色々と考えを巡らせるのだ。
そんな最中、シャルハートは前方に気配を感じた。その数二人。
彼女はその気配をよく知っている。
「やあシャルハートさん」
「どうもアルザ様、ディノラス様」
立ち止まり、会釈するシャルハート。
アルザとディノラスの顔は真剣だった。何かがある、とすぐに彼女は察していた。
「どうしたんですか二人とも。こんな所で会えるなんて、何かの任務ですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだ。えっと……」
「シャルハート。お前に会いに来た」
「あっディノラス! ストレートすぎるよ君は……」
思わず笑みが溢れていた。オブラートに包まないディノラスに困ってしまうアルザの姿はいつ見ても愉快だった。性格の全く異なる二人が良くもこれだけ仲を深められたなと改めて思う。
アルザは決心したように一人で頷き、シャルハートへ一歩近づく。
「シャルハートさん。確か明日もクレゼリア学園はお休みだよね?」
「へ? あぁそうですね。だから明日は何しようかなーと考えていた所です」
「分かった。それなら明日、僕とディノラスに付き合ってもらえないかな」
「私が? あの両界の勇者様たちに? 良いんですか?」
「うん。ちょっと一緒に来て欲しい場所があるんだ」
「お、ピクニックですか? 良いでしょう。どこですか?」
すると、アルザはきっぱりとこう言った。
「――ヴィルハラ平原。そこで僕とディノラス、そして君の三人だけで話がしたい」
シャルハートはとうとうこの瞬間が来たと、そう心得た。
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