第139話 神話の再演
ヴィルハラ平原。
そこは魔界と人間界の境界線にある平原。そこでしか咲かない花『ヴィルフラワー』は見る者全てを魅了し、しばらく滞在させることから『楔の花』という異名をつけられている。一昔前までは観光地となっていたが、最近は強力な魔物がうろつくようになったので、立入禁止となってしまったエリアでもある。
そこに二人は立っていた。
人間界の勇者アルザ、そして魔界の勇者ディノラス。
彼らの装いはいつものクレゼリア王国騎士団の軍服ではなかった。アルザは軽鎧の上にジャケットを着込み、ディノラスはかつての古巣ハルバラの軍服と外套を纏っていた。
「久々にこれ着たなぁ。まだまだ着れてよかったよ。ディノラスの方も大丈夫そうだね」
「……本来ならばハルバラの軍服は纏うべきではない。だが、今回においては別だ」
「そうだね。今回は特別だ。この服も、そしてこれから使う『武器』もね」
アルザは手ぶらで、ディノラスは右腰に一本剣を差しているだけだった。
「ここから先はもう戻れないよ。覚悟は良いんだね、ディノラス」
「愚問だな。俺は常に覚悟が出来ている」
遠方の空気が重くなってきた。二人は同時にその気配を感知していた。ゆっくりと、だが悠々と歩いてくるその気配に、アルザは思わず胸が高鳴った。
やがて気配は二人の視界に入ってくる。
「こんにちは。アルザ様、ディノラス様」
彼女の服装はいつものクレゼリア学園の制服だった。そんな彼女が二人の格好を見て、薄く笑う。
「……懐かしいな」
誰にも聞こえないように、小さくシャルハートは呟いた。
どんどんあの激闘を思い出す。この美しきヴィルハラ平原で確かに繰り広げたのだ、魔界と人間界の命運を左右する神話の戦いを!
「それで、アルザ様とディノラス様は、何でこんなところに私を呼び出したんですかね? もしかして、こんな小さな子どもに告白でもしようっていうことですかね?」
「いや……僕とディノラスにはちゃんと大事な人がいるから、それは無いかな?」
「真面目が過ぎますね! いや、流石に理解してますから! むしろ本当だったら私、今すぐクレゼリア王国軍に泣きついていましたよ」
穏やかな空気だ。そうアルザは感じていた。
このまま全てをなかったことにして、お茶にでも行ければ――そんな幸せなことを考え、彼は小さく首を横に振った。
「今日、僕たちが呼び出したのはシャルハートさん。君と本気の戦いがしたいんだ」
「順番に?」
全てを理解した上で、あえてシャルハートはそう問うた。
当然、アルザは指を二本立てた。
「僕とディノラスの二人がかりだ」
「ニ対一ですよ? 言っている意味分かっているんですか? 人間界の勇者と魔界の勇者が二人がかりで挑んでくるなんて――」
アルザが左手を翳したその瞬間――!
「これは……!」
世界に充満するありとあらゆる光が彼の左手に集まってくる。それは勇気の光、見る者全てを奮い立たせるようなそんな尊き光。
光は徐々に剣の形となっていき、やがてはっきりと可視化された。
「
鞘に収められた剣を引き抜いたアルザ。
その剣は白銀の刀身を持ち、鉤状の黄色い鍔を持つ直剣。迸る聖なる力。そう、これこそが人間界の最強剣『
「そして、ディノラスも――」
アルザがディノラスを見ると、彼も右手を前へ突き出す。手のひらへ暗き光が収束する。それは力の光。見る者全てを圧倒するようなそんな雄々しき光。
光は徐々に片刃剣の形となっていく。
「俺もこの剣を振るおう。魔界の最強剣である
その剣は黄金の刀身を持ち、S字状の白銀の鍔を持つ片刃剣。漲る暗き力。そう、これこそが魔界の最強剣『
二人が最強剣を解禁した瞬間――世界が揺れた。
(懐かしいな)
最強剣の力は非常に強力だ。顕現する余波だけで地震を引き起こす。
その力を真っ向から浴びても、シャルハートは眉一つ動かしていない。常人ならば気絶するほどの圧力。しかし、この圧力はもはや数えるのも億劫になるくらい浴び続けてきた。むしろ、懐かしさすらあるほどだ。
そんな彼女のリアクションを見たアルザとディノラスは顔を見合わせ、そして小さく頷き合った。
「正道から外れた者、“不道魔王”ザーラレイド。人間にも、魔族にも優しかった君と、どうして僕は向かい合っているんだろうね」
「ザーラレイド様。人間と、そして同胞である我ら魔族を大量に殺したのは何故です?」
シャルハートは耳を疑った。
間違いでなければ、これは『あの時』の会話。
アルザとディノラスの目はあくまで真剣だった。ならばシャルハートの取る道は――たったの一つ。
「人間界の勇者アルザ、魔界の勇者ディノラス。よくぞ臆さず私の前に姿を現した。褒めてやろう。あとは、貴様らを灰燼に帰せば全てが終わる。愚かな人間と魔族共を同時に支配できる素晴らしき世界がやってくるのだ」
「ッ!!!」
「そう、か……!」
アルザは固く目を閉じ、ディノラスは表情に出さないよう歯を食いしばっていた。
『あの時』、戦場にいたのはたった三人。世界でたった三人しか、この会話を知らない。アルザとディノラスと、そして――ザーラレイド。
アルザは続けた。
「まだそんなことを言うのかザーラレイド! 教えてくれよ! あの君がこれほどまでに変わったのには理由があるはずだ! それを僕らに教えてくれ!」
淀みなくシャルハートは返す。
「私と戦うならば、分かるかもな」
「アルザ、もう良いだろう」
ディノラスがまっすぐシャルハートを見る。
「ザーラレイド様、貴方のやったことは人間界と魔界に対する裏切りです。貴方ならきっと、両方を繋ぐ架け橋となれただろうに」
ディノラスは己の声が震えていることに気づいていた。だが、彼は強固な精神力でそれをおくびにも出さず、口を動かし続けた。
「私がそんなものになれるとでも? 幻想だな」
「人間界の勇者アルザ、魔界の勇者ディノラス。両界にそれぞれ存在する
アルザが一歩前に出て、聖剣を構える。
「知っているよザーラレイド。それでも僕たちはやらなければならないんだ。人間界、そして魔界の平和のために」
ディノラスがアルザの隣に立ち、魔剣と己の愛用している剣の二振りを構える。
「これからも続いていかなければならないそれぞれの平和のために、ザーラレイド様。……お覚悟を」
「その言葉、忘れるなよ」
シャルハートは一瞬空を仰ぎ見た。あの頃の記憶がどんどん蘇ってくる。
だからこそ、シャルハートは最後の言葉を言うのに、何ら
これは清算なのだ。ザーラレイドの業と向き合う最初で最後のチャンス。
「――――教育してやろう! 来い! 両界の平和を想うのならば! 倒してみせろよ、この私を! 魔王を!!!」
高らかに、シャルハートは叫んだ。
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