第137話 逆弱いものいじめ

 例えば、蟻が獅子と戦う時、皆は何を思うだろう。考えることはだいたい一つのはずだ。

 ――勝てるわけがない。

 そうだ、誰もがそう思う。そして、それが今、繰り広げられているのだ。


「ミラさん、サレーナさん! 援護をお願い! 僕とブレイヴで囲む!」


「合点」


「分かりました!」


 ミラとサレーナがシャルハート目掛けて攻撃魔法を撃てる限り放った。もちろんシャルハートにしてみたらそよ風のような攻撃。

 そんなものは二人も重々承知していた。


「む……考えたね。サレーナ、ミラ」


 迫りくるリィファスとブレリィには気づいていたが、絶妙なタイミングで迫ってくる攻撃魔法がシャルハートの動きを阻害していた。

 これこそが二人の目的。ひたすら攻撃魔法を撃ち込み、リィファスとブレリィを白兵戦の距離まで送り届けることこそがこの行動の意味なのだ。

 リィファスがシャルハートの正面、ブレリィが彼女の後方を取るような位置取り。王子と勇者志望は目を合わせ、小さく頷く。


「やっ!」


「シッ――!」


 リィファスが大上段からの振り下ろし、ブレリィは真横から一息に振り抜いた。完全同時攻撃。

 しかし、シャルハートにしてみればこの類の攻撃は『前世で散々仕掛けられた攻撃』の一つに過ぎない。


「良い呼吸です! だけどタイミングを合わせ過ぎ、だ!」


 シャルハートがブレリィのいる方へ身体を動かした。ノールックの体当たり。ブレリィはその行動を予測できず、剣を振るう腕を止めることが出来なかった。

 ブレリィの左側面を強引に奪い取ったシャルハート。そのまま彼の腕に手をやり、リィファスの攻撃とかち合うように誘導した。

 ガチンとぶつかる木剣とオルトハープン。木と鞘がぶつかる鈍い手応え。リィファスとブレリィは互いに顔を歪めた。

 その間にも飛来するミラとサレーナの攻撃魔法。

 視野を広く保っていたシャルハートはそれを利用させてもらうことにした。


「リィファス様、失礼しますよ」


「なっ……」


 構えなおそうとする左腕を掴んだシャルハート。突然のことに体勢が崩れるリィファス。そのままシャルハートはリィファスの浮いた足を引っ掛け、更に体勢を崩した。


「そーれ」


 シャルハートは重心と力の流れを巧みに操り、リィファスをとある場所へ引っ張った。


「……あ、リィファス様そこまずい」


 サレーナがシャルハートの意図に気づいた頃には遅かった。

 リィファスと他三人の間に攻撃魔法が次々に着弾する。とにかく数を放っていたがゆえに、次々煙が巻き上がる。

 分断されたリィファス。すぐに合流しようと煙の方向へ走り出すが、シャルハートが立ちはだかった。


「人数差を覆すための手段って色々あるけど、私が好きなのはこれですね」


 その清々しい笑顔を見たリィファスはこう思った。


「各個撃破していって一人、また一人と人数を減らしていくのが最高なんですよ」


 ――ああ、確かに最強最悪の魔王だね。


 リィファスは迫りくる拳を前に、もはや笑うしかなかった。


「リィファス! 無事!?」


 煙を突っ切ってブレリィが救援に入ったが、時既に遅かった。

 目を回して気絶しているリィファス。その傍らに立つはまだ笑顔のシャルハート。

 これが命をかけた戦闘ならば、もう逃走を選択している。それくらいの実力差を感じられた。ただ向き合っているだけなのに、ブレリィは既に負けそうになっていた。


「待ってたよブレイヴ君」


「僕は待ってもらわなくても良かったんだけどね」


「まあまあそんなこと言わずに遊びましょうよ」


 シャルハートが右手を天へ掲げた直後、天空から魔力剣が降り注ぐ!

 ブレリィは動けず、周囲へ突き刺さっていく魔力剣を見るしか出来なかった。

 シャルハートの得意魔法の一つ、『剣の通り雨ソード・オブ・レイニー』。任意の数の魔力剣を大量に降らせ、複数の相手を制圧するという魔法。

 本来ならば複数を相手に使う種類だが、シャルハートはこうして相手の動きを封じるため、よくこの使い方をしていた。


(ミラさんとサレーナさんの方には逃げられない。唯一魔力剣が降っていないポイントはシャルハートさんの真正面。これはまあ、そういうことか)


 剣の雨は止みそうにない。ブレリィに許された道はシャルハートの正面のみ。

 煙が晴れ、ミラとサレーナが近づこうとする。シャルハートはその二人の動きを予想していた。


「来ようとするよね。『土岩創造クリエイト・アース』」


 シャルハートがそう呟くと、ミラとサレーナの前に巨大な岩石の壁がせり上がる。幅は十数メートル。高さは三メートルほど。正面からの破壊は難しい。ならば迂回しかない。

 気配を読み、サレーナとミラが目論見通りに行動したことを察知したシャルハート。

 二人が合流するまで少しだけ時間がある。

 その間に、シャルハートは目的を果たすことにした。


「ブレイヴ君。二人が合流するまでノビないでね」


「シャルハートさんがちょー手加減してくれたら可能かも。というか一撃くらい当たっても良いのでは?」


「あぁ、それぐらいのハンデなら喜んで」


 シャルハートは両手を伸ばし、無抵抗の意思表示をした。


「さっ!」


「うっわ、すごく良心の呵責かしゃくに苛さいなまれそう!」


「一対四で向かってきて今更そんなもの感じる?」


「それもそうだね! よしシャルハートさん覚悟!」


 鞘に入ったままのオルトハープンを振りかぶるブレリィ。シャルハートがじっと見つめる中、彼は袈裟斬りの要領でオルトハープンを振るった。


「はい一撃」


 シャルハートの左手がオルトハープンへ伸びていた。鞘と鍔の付近を掴み、鞘から剣を引き抜かれるのを防いでいる。

 ブレリィはその抜け目のなさに思わず顔がひきつった。


「迷わず『俺』の剣に手をやるなんて戦闘慣れしすぎだろ……!」


「あっ。それがブレイヴ君の楽な喋り方?」


「げっ、しまった」


 思わず空いた手で口を覆ったブレリィ。その動作が命取りだった

 シャルハートの肘鉄がブレリィの鳩尾に突き刺さる。インパクトの瞬間に力を抜いたので、大ダメージにはならなかったが、それでも意識が遠のくには十分過ぎた。


「えぇ……」


 どさりと倒れるブレリィを前に、シャルハートは驚いていた。肘鉄は防御可能な速度で放った『つもり』だった。おそらくリィファスなら防ぐなり、打撃をズラすなり出来たはずだ。

 ――それなのに、まさかクリーンヒットするとは。

 予定が狂った彼女の視線は、ブレリィの側に落ちているオルトハープンへ向かった。

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