第136話 王子リィファスに出来た新しい友

 アルザとディノラスがこれからの話をしている頃、シャルハートとリィファスはまだ訓練を続けていた。


「よっと」


「う~ん……これでも駄目か」


 連敗のリィファス。だが、それでも最初の頃よりは、だんだんと動きが良くなってきていた。剣技、そして判断力、共に。

 それを確認したシャルハートは、一度休憩を入れることにした。


「それでも魔法での中距離戦を理解してきています。これはただ剣を振り回すよりも大きな戦果ですよ」


「僕は今まで攻撃魔法は、ただ強力な威力を持つ魔法を放てば良いだけだと思っていたよ。だけど、そうじゃないんだね。放つタイプの攻撃魔法は僕とシャルハートさんとの距離感。そこで消耗させられるなら良し、無理に突っ込んでくるようであれば、剣で迎え撃つっていうことなんだね」


「そうですそうです。逆に距離を縮めるために攻撃魔法を放つって人もいるので、そこはその時その時の対応にはなっちゃうんですけどね」


「うん……うん! 何だか分かってきたよ。良し、シャルハートさんもう一本!」


 リィファスのやる気は凄まじかった。もう既に何十ラウンドも付き合っているにも関わらず、『もう一本』と言い続ける。

 熱意というのは人間にとって大きな力になる。時には名画を描き、時には戦場を単騎で駆け抜ける英雄となり、時にはあらゆる英知を掴んだ賢者ともなるのだ。

 今の彼は、そういう状態だった。

 だがシャルハートはそんなリィファスを次の段階へと導こうとしていた。


「いや、もう少し待ちましょう! もうちょっとで来るはずですよ」


「あっ……そうだったね」


 すると、遠くから声が聞こえた。


「シャルちゃーん! リィファス王子ー!」


「ここが戦いの場……燃える」


 ピクニック用のバスケットを手にしたミラが手を振っていた。後ろにはシャドーボクシングをしているサレーナも一緒だ。

 時間通りの到着。時間には厳しいシャルハートは満足げに頷いていた。

 ふと、サレーナの後ろを見ると、なんとそこにはもう一人いた。


「あ、ブレイヴ君」


 勇者志望ブレイヴことブレリィ・マリーイヴが人好きのする笑顔を浮かべ、やってきた。


「こんにちは! 街を散歩していたらミラさんとサレーナさんと会ってね。それで今日の話を聞いちゃったんだ」


「……特訓は色々な人がいれば効率的。私はバリエーション溢れる戦いがしたい」


「なるほど。サレーナの言うことももっともだね。まぁ、人は多いほうが良いでしょう! ……って、勝手に決めちゃったけど、リィファス様は良いですか?」


 リィファスはすぐ頷いた。


「もちろんだよ。貴重な休日だし、それぞれ実りあるものにしよう」


「へぇ~流石王子。予定に入っていない僕なんてすぐに追い出されるかと思ってましたよ」


「ふふ、そんなことしないよ。僕にとって、君は貴重な同性の友人だと思っているからね。出来ればこれからも仲良くしてほしいな」


 リィファスの笑顔には一種のカリスマがあった。無条件で頷いてしまう、そんな魅力が秘められていた。

 ブレリィはつい照れてしまい、頬をかいた。


「王子ってなんていうか、すごくイケメンですよね。何だか僕、自分が恥ずかしくなりますよ」


「リィファスでいいよ、王子もつけなくていい。代わりに僕もブレリィと呼ばせてもらっても?」


「もちろんです」


「……あ、ブレイヴの方が良いかい?」


「うーん、選べるならブレイヴの方で」


「お、ブレイヴ君。私のつけたあだ名が気に入ったようだね」


 シャルハートが両手を腰にやり、控えめな胸をそらす。

 対するブレリィは満面の笑みでこう返した。


「だって初めてあだ名をもらったからね。大事にしていきたいものなんだよ」


 ブレリィは背中のオルトハープンがカタカタと震えていることに気づいた。これは人間の動作で言うと、『笑っている』ということだ。さりげなく剣の柄に手をやったブレリィは思い切り力を込めてやった。

 少し経つと、オルトハープンは動かなくなった。ブレリィによる『黙れ』という気持ちが通じたのだ。


「おっと、ごめん。いきなり僕が来たから特訓の予定が狂っちゃったよね。何から始めるんだい?」


 即座にサレーナはシャルハートへ指を向けた。


「スパーリング。皆でシャルハートを囲んで棒で叩く」


「ねえリィファス、聞き違いかな? 僕の耳には今、サレーナさんがいじめをしようと提案したように聞こえたんだけど」


 シャルハートの力は知っている。だが、この人数差による戦いはかわいそうに見えたのだ。

 すると、リィファスはじめ皆の視線が遠くなった。


「うーん……ブレイヴはこれから分かると思うけど、たぶん逆になるね」


「……逆?」


「皆がシャルハートさんをいじめるんじゃなくて、シャルハートさんが皆をいじめるというか何というか……」


 腕を組んで話を聞いていたシャルハートはあっさりと言い放つ。


「そもそも、私にとっての人数不利って、四桁くらいかな。それくらい頭数揃えられたらようやく考えるから、四人なんて余裕余裕」


 強がりとかそういう類の話ではない、とブレリィはすぐに理解した。

 思えば、シャルハートの戦いは何度か遠目に見ていたが、こうやって間近で戦うのは初めてだった。

 みんなの発言の真意と、シャルハートの強さを確かめるべく、ブレリィは背中の剣オルトハープンを鞘に収めたまま構えた。


「あ、木剣がないから鞘に収めたままやらせてもらうね」


(……あの剣か)


 シャルハートはブレリィの剣を一瞬見た。

 あの剣から感じる力は普通のものではない。悪意こそ感じないが、これからもミラの近くにいるのであれば、しっかりと検あらためる必要を感じていた。

 そんな矢先に訪れた絶好の機会。逃す選択肢はあり得ない。

 シャルハートとブレリィの思惑が交錯するいじめもといスパーリングが始まろうとしていた。

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