第135話 両界の勇者の総意

 謎の緊張が部屋を包む。向かい合うように座っている二人は微動だにしない。

 しばしの時間が経った後、アルザは努めて冷静に答える。


「正直、飛び出てくる可能性が一番高い話をされて、驚いているよ僕」


「……それならば、俺が何を言わんとしているかも分かるか?」


 ディノラスの問いにアルザは頷いた。今までの出来事を考えれば、むしろもっとこの話があっても不思議ではなかった。それだけディノラスは考えていたのだろう――そう、アルザは心中で察する。

 しかし、それはそれ。


「何となくね。だけど、先にディノラス自身の口から聞きたいな」


 あくまでアルザは予想しただけ。彼が悩みに悩んだ結論を、あっさり口に出すことはできなかった。

 二人の間に沈黙が流れる。アルザは決して促すことはしない。ディノラスの喋りたいときに喋る。それを待てるのが盟友なのだ。

 コップに注がれすぎた水は溢れるように、自然とディノラスの口が動いていた。


「お前はあの時の――ヴィルハラ平原での戦いを覚えているか?」


「忘れられる訳がないよ。そこで僕たち二人は“不道魔王”を討ったんだから」


「あぁ、両界に宣戦布告した“不道魔王”はそこに俺たちを呼び、奴にとって最期の戦いが行われた」


「今思い出しても、どうして勝てたか分からなかったよね。“不道魔王”とは何度も戦っているから実力差がよく分かる。だからこそ、あの勝利は不可解だった」


 至高の攻撃魔法で目につくもの全てを殲滅し、至極の防御魔法であらゆる攻撃を通さない。人が何度も人生をやり直さなければ行使はまず不可能とされる時間操作魔法ですら使いこなしていた。

 まさに無敵、まさに魔王。

 いくら極光剣グランハースと極闇剣メディオクルスによる潜在能力解放があったとはいえ、それでもまだ死力を尽くさなければ届かない存在。


「あぁ……結局俺たちは“不道魔王”の手のひらの上で踊らされていたんだろう」


「そうなるかもね。彼は結局、自分を倒せとだけ言って、それから何も言わずに死んでいった」


 “不道魔王”と相対し、討った瞬間は実に味気なかった。

 アルザとディノラスの最強剣が同時に突き刺さり、勝利が確定した時、“不道魔王”は――。



「シャルハート・グリルラーズ。あの子はもしかして“不道魔王”の生まれ変わりなのではないか――俺はそう思っている」



 とうとうディノラスはそれを口にした。

 荒唐無稽が過ぎる話。だが、あらゆる困難を打ち砕き、不可能を可能としてきた“不道魔王”ならば十二分にあり得る話。

 ずっと考え続けてきた魔界の勇者が、ようやく整理のつけられた確固たる結論である。

 もちろん色々と根拠はあるが、ディノラスはそこまで語らない。大事なのは盟友アルザの反応なのだから。


「ディノラス、君は――」


 アルザは右手を頭へ伸ばし、髪をくしゃくしゃと掻いた。顔は床へと向け、大きなため息までついている。

 その様子を、ディノラスはただ黙って見ていた。

 これで笑い飛ばされるならそれまで。だが、もしも真剣に聞いてくれるのならば、彼は更に話をしようと思っていた。

 しばらくした後、アルザが顔を上げる。


「やっぱり考えることは近いようだね」


 返ってきたのは肯定的なものだった。


「その言い方、お前もか……?」


「うん、ディノラスほど確信ある訳じゃあないんだけどね。でも、それにしたってあの子は僕たちへの理解があり過ぎる。怖いくらいだ。だって僕らはあの子と何回会ったことある? けど、それが『理解』じゃなくて『既知の情報』だったとしたら……色々と納得がいくんだよ」


 アルザ自身、シャルハート・グリルラーズに対して思うところは色々とあった。最近はシャルハートと“不道魔王”が重ねって視えるなどしていた。

 考えすぎて精神に病でも患ったか――そんな時にディノラスがやってきたのだ。

 彼の話を聞いてアルザは驚いた。そのモヤモヤとした思いを抱いていたのは自分だけでなかったことに。


「二人の考えは同じ。ここまでは良い。問題はここからだよディノラス。……どうするつもりだい?」


「俺は確かめたい。シャルハートが“不道魔王”なのかどうかをな」


「僕も気になるよ。……けど、簡単にその話に乗るわけにはいかない」


「何故だ。俺たちは確かめなければならないはずだ。それがあの人を討った俺たちの義務だろう……!」


 気づけばディノラスが席を立っていた。ここまで感情をあらわにすることはまずない人間が、ここまでむき出しにしている。

 その事実をアルザは受け止めつつ、それを真っ向から返す。


「もし違っていたらどうする。大の大人で、しかもクレゼリア王国騎士団の団長と副団長である僕たち二人が、何も知らない子供に訳の分からない事で詰め寄ったという最低な構図の誕生だよ」


「分かっている。違っていたら俺はクレゼリア王国騎士団を抜けるつもりだ」


「ディノラス……!」


「……分かってくれ、アルザ。俺は確かめたいんだ、二十年前の真実をな」


 見つめ合う両界の勇者。

 互いの思いが無言でぶつかり合う。


「ふ、ふふ。あははは!」


 突然笑い出すアルザ。おかしくなったのかと、一瞬ディノラスは心配になった。

 ひとしきり笑った後、アルザは目に涙を浮かべながら、こう言った。


「いや、ごめんごめん。ディノラスがどこまで本気なのかなって、試してみたくなっちゃったんだ」


「アルザお前……」


「ちょ、怒らないでよ! さっき言ったことは嘘じゃないんだ。一手間違えれば本当に僕たちの信用にヒビが入る。けどね?」


 人間界の勇者はウィンクをし、いたずらっぽく笑う。


「そんな事に恐れを抱くほど、僕は賢い人間じゃないみたいだ。どうやらね?」


「……一回殴らせろ」


 既に拳を振り上げているディノラスを落ち着かせるのに、五分ほど時間を要した。

 暴力こそ振るわれなかったが、アルザは汗をだらだら流していた。


「それで。ディノラスはどうやって確かめるつもりなの? 何かそういう魔法でも知っているの?」


「いや、戦うつもりだ。『本気』で」


「解禁するつもりなのかい、極闇剣きょくあんけんメディオクルスを」


「あぁ、それでシャルハートが少しでもビビるなら、俺はもう二度とこの話をしない。だが、もしも臆せず一歩踏み出してくるならば――」


「分かってる。その時はちゃんと付き合うよディノラス」


 両界の勇者による打ち合わせは、昼食時にまで続いた。

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