第134話 近づいた確信

 リィファスとの修行を終えた後、ディノラスはとある人物の元へ向かっていた。

 いつもならゆったりとした足取りの彼だったが、今は少し駆け足気味。一刻も早く、ディノラスは自分の考えを彼に話したかった。

 少しの時間が経ち、ディノラスは目的の場所へたどり着くことが出来た。呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばしたディノラスは、自分の異変に気づく。


「……焦っているな。落ち着け、俺よ……」


 呼吸が乱れていた。普段ならば絶対にこんなことはない。それだけ急いでいたという証左。

 一度大きく深呼吸をした後、ディノラスは盟友アルザの屋敷の呼び鈴を鳴らした。


「はい、どちら様……あれまあ、ディノラス様ではございませんか」


 出てきたのは、シグニスタ家に長年仕えている女使用人サバターニ。生気溢れるこの老婦人は、シグニスタ家の全てを把握しているといっても過言ではない。その立ち振る舞いには確かな気迫を感じた。

 そんな彼女と仲が良い彼は、挨拶もそこそこにすぐ用件を告げた。


「アルザに会いたい。あいつは今、どこにいる?」


「アルザ坊ちゃんなら、中庭でアリスお嬢様とエルレイお嬢様に稽古をつけていましたねぇ」


「……忘れていた。そう言えばエルレイも来ているのだったな」


「はい。相変わらず元気で人懐っこくて。このサバターニ、アリスお嬢様とエルレイお嬢様の元気なお姿を見ることこそが、長生きの秘訣と心得ております」


「それは、エルレイが聞いたら喜びそうだ。あいつも貴方が好きらしいからな」


「ほほほ! それを聞いてしまったからにはこのサバターニ、まだまだ長生きしませんと」


 サバターニに先導される形でディノラスは中庭へと足を運ぶ。

 その道中、ディノラスは口を開く。


「そういえば、パトリシアはどうした? アルザがあいつらに稽古をつけているならまた怒り出しそうなものだが」


「奥様は今、買い物に出かけております。“今日は分厚いステーキを作る!”と、それはもう元気に」


「そうか……あいつもきっとそれを狙ったんだな」


 パトリシア・シグニスタ。アルザの妻の名である。

 シグニスタ家とドーンガルド家は家族ぐるみで付き合いがある。そのため、ディノラスは彼女のこともよく知っていた。

 品行方正でおしとやかな人物であること、そして怒ったらとても怖い人物であることを。

 アルザが稽古をつけていると知ったら、きっとパトリシアは激怒する。彼女はなるべく娘のアリスを、荒事の道に進ませたくないのだ。

 パトリシアの怒りを想像していると、だんだん聞き慣れた声が大きくなってくる。


「む……聞こえてきたな。サバターニ、世話になった。ここからは一人でいい」


「分かりました。では私はこれにて。またいらしてくださいね」


「あぁ」


 サバターニに礼を言った後、ディノラスは中庭へ足を踏み入れる。


「どうしたアリス! もう疲れたかい?」


「まだ……まだぁ! お父様には負けられない!」


 ディノラスの目に入ったのは、親子で剣を何度もぶつけ合っている光景。手を変え品を変え、様々な方法で攻撃を試みる、懸命なアリスの姿がそこにはあった。

 何となくディノラスは娘の姿を探してみると、すぐに見つけられた。

 エルレイは大の字になって仰向けになり、目をぐるぐるさせ、ぐったりしていた。


「……修行が足りんな」


 ふとアルザがディノラスのいる方へ振り向いた。


「あっ! ディノラス! どうしてここに?」


 アリスの渾身の縦一閃を真正面から受け止め、そのままアルザは右手を起用に操り、彼女の剣を巻き上げた。

 宙を舞う剣は、そのまま無抵抗に地面へと突き刺さる。


「くっ……ありがとう、ございました」


「あっ、パパだ!」


 ディノラスの声が聞こえた瞬間、飛び上がるエルレイ。嬉しそうに駆け寄る彼女は年相応の子供だった。


「パパ! どしたの?」


「アルザに話があって来た。それよりもエルレイ、お前はあとで追加の訓練だ」


「ええっ!? 何で!? アルザおじさんといい勝負したよボク!」


 アルザの方を見ると、彼は苦笑を浮かべていた。

 それを見たディノラスは、余計に訓練の必要があると理解する。勝負ごとに“いい勝負”なんていうのは存在しない。勝つか、負けるか、それだけなのだ。

 だが、ディノラスはそれを言わない。まだそういう時期に達していないのだから。


「……まぁ、良い。お前にもいずれ分からせる」


「分からせる!? え、何それ怖いんだけど!」


 親子の会話が途切れたのを見て、アルザが近づく。


「場所を変えた方が良い話かな?」


 ディノラスは無言で頷いた。娘たちに聞かせるような話ではない。少なくともディノラスはそう判断していた。たとえ彼女たちが既にシャルハートのことを“知っていた”としても。

 アルザはすぐにディノラスが真剣だということを察した。長年の付き合いだ、一瞬で理解できる。

 稽古を切り上げたアルザは、すぐにディノラスを屋敷内へと招く。


「ここなら誰も邪魔が入らないよ」


「感謝するアルザ」


 そこはアルザの私室であった。

 念の為、施錠した後に防音魔法を展開し、万が一にも声が漏れることのないようにする。

 応接用の椅子にディノラスを座らせると、アルザも対面に腰を下ろした。


「それで、どういう話なんだい? 君がそういう態度で切り出す話ってかなり絞られるんだけど」


 盟友アルザは彼のことをよく知っている。故に、これから彼がどんな話をするのか何点か想像がついていた。


「そうだな……そう、だな」


 口にするにはかなり勇気が必要だった。

 何せ、荒唐無稽が過ぎる話だ。下手すれば精神異常を疑われる、それほどの話。

 だがディノラスはいつまでもこの仮説を自分の中に留めておくことは出来なかった。

 少なくとも盟友であるアルザにだけは共有しておきたい、そんな話。

 長いようで、一瞬。逡巡するディノラスはとうとう覚悟を決めた。


「分かった、言う。出来れば笑うなよ」


「そういう時のディノラスを、僕は笑わないよ」


 彼に背中を押されるように、ディノラスの口からソレが溢れた。



「シャルハート・グリルラーズのことだ」



 アルザの目が僅かに細くなった。


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