第133話 疑惑は確信へと

 シャルハートをじっと眺めていたディノラスは、少しだけ“仕掛けて”みることにした。

 あくまで目的はリィファスの稽古。仕掛けるのは数手だけ。


「シャルハート」


「ほ?」


「リィファス王子にお手本を見せたい。数手だけ付き合え」


「げっ」


「……げっ、とは何だ。リィファス王子殿下、よろしいでしょうか?」


 リィファスは少し悩んだ。“不道魔王”であったシャルハートにとって、ディノラスの存在はいったいどんなものになっているのか。そこが良く分からなかったリィファスは返答を躊躇ためらった。

 彼は何となくシャルハートへ視線を送った。彼女の反応を見て、返事をしようと考えていた。


(ありがとうリィファス様)


 そんな王子の考えていることが伝わっていたシャルハートは、小さくサムズアップしてみせた。


「うん、僕もドーンガルド卿とシャルハートさんの動きを見てみたいしね。二人ともお願いするよ」


「ありがとうございますリィファス王子殿下。それでは距離を取れシャルハート」


「はーい」


 先程と同じく木剣でのやり取り。シャルハートは木剣を適当に構える。対するディノラスは、リィファスとの模擬戦で見せたいつもの構えを取る。

 シャルハートはディノラスを見ていなかった。正確には彼の上半身ではなく、足に集中していた。


「ほう……」


「どうしたんですか? 来ないならこっちからいきますよー」


「いや、俺から行こう」


 そう言うと、ディノラスは消えた。

 それには動じず、シャルハートは両足に力を込め、辺りを見回す。これはディノラスにとってのブラフ。

 だいたいの人間はこれで不必要な防御や回避行動を取る。それこそがディノラスの狙いなのだ。


「――来たな」


 シャルハートが呟くのと同時。『三人のディノラス』が彼女の三方向に出現する。それぞれが上段、中段、下段へ双剣を振るう。多方向による三層同時攻撃。回避はもちろん、防御すら困難。人間の動作には限界がある。まったく同時に様々な方向や角度から攻撃されてしまえば、為す術なく打ちのめされるのは必至。

 だが、それに対する解答は既にシャルハートの中にある。


「『防壁プロテクション』」


 ドーム状の魔力フィールドがディノラスの全方向同時攻撃を防ぎ切る。その防御の仕方を見たディノラスは顔をしかめた。一歩で距離を大きく離した後、ディノラスは睨みつける。


「木剣での打ち合いだけだと思っていたが」


「政治を覚えたんですねディノラス様。私も木剣の打ち合いだけだと思っていたんですが、何故か二方向に魔力を感じたのでつい防御魔法を使ってしまいましたよ」


(初見で見抜くか)


 ディノラスは再度接近し、シャルハートはそれを迎え撃つ。

 木剣同士がぶつかり合い、刀身が軋みを上げる。武器の破損を危惧した双方はすぐに剣を離し、それぞれ第二撃を繰り出す。


「リィファス様、良いですかー。戦いで重要なのは色々ありますが、そのうちの一つがこれ。ずばり手数です」


 ディノラスが振るい、シャルハートが打ち落とす。その攻防はどんどん速度を上げ、やがて剣を振り回す腕がブレを見せる。ディノラスの剣戟の圧が一撃ごとに増していく。シャルハート以外の人間ならば既に体勢を崩し、一気にゲームエンド。

 そんな暴風雨の中ですら、シャルハートの口元には余裕があった。


「ディノラス様くらい速ければ相手に防御を強いることができます。それは相手のミスを誘い、自分が優位に立つことが可能ということです」



「……余裕だな」


「実は顔真っ青なの気づいています?」


「いいや、分からん……なッ!」


 ディノラスが体を捻り跳躍。一瞬だけ上を見たシャルハート。直後、目の前に気配を感じる。


「あぁ……忘れてた」


 跳躍したはずのディノラスは上空にはおらず、シャルハートの目の前にいた。

 胸元に迫る木剣を辛うじて打ち払い、シャルハートは真横に跳ぶ。

 摩訶不思議な出来事。だが、シャルハートはそのタネを知っていた。


「気配だけを飛ばしてフェイントを掛けてくる。結構騙されるんだよね、それ」


 ディノラスの『分身』には二つのパターンがある。魔力で固められた質量のある分身と濃厚な気配を“飛ばす”質量のない分身。

 彼はその二つの分身を使い分け、常に相手が防御しづらい所から攻撃を仕掛けていく。

 故に初見で相手はそれを見切る事が出来ず、為す術もなく殺される。

 だからこそ魔界の勇者は己の戦法にある程度の信頼を置いていた。これで倒せるならそこで終わり。もっと手こずるならば極闇剣メディオクルスを解禁すればいいだけなのだから。


「シャルハート……貴様」


 神速の攻防の中、ディノラスの中に一つの結論が固まりつつあった。

 彼の纏まりつつある思考を邪魔するように、シャルハートの強烈な突きが放たれた。回避は間に合わず、ディノラスは咄嗟にガードした。すると彼の持っていた木剣にヒビが入る。


「ちっ」


 壊れた木剣は捨て、残っている木剣のみでシャルハートを相手する。ディノラスは再び持ち前の脚力で彼女との距離を詰めようとする――!


「あ、ディノラス様。降参です」


 両手を挙げるシャルハート。彼女の右手には半分に折れた木剣がぶら下がっていた。

 素手で戦闘は続行できるが、それでは意味がない。今までの戦いはあくまでリィファスに見せるためのもの。

 ディノラスは自分が想像以上に熱くなっていたことに気づいた。一瞬目的を忘れてしまっていた。いつもならこんな事は絶対にありえない。

 シャルハートをじっと見るディノラス。

 彼女の力は、自分がもっとも良く知る人物と重なって見える。今までもそうだったが、今はより色濃く。


(……あり得ないはず。普通の人間ならばそう思うだろう。だが、俺はその『あり得ない』を起こせる人間を知っている)


 彼は今すぐにでも叫びだしたかった。


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