第132話 魔界の勇者の疑惑
「げっ……こほん、ディノラス様おはようございます!」
「……『げっ』と聞こえたが」
ディノラスの左手には自然と力が込められていた。二本の木剣がみしりと軋む。
「気のせいですよディノラス様」
睨み合うシャルハートとディノラス。前世もこうだった。軽口を叩くザーラレイド、それを戒めるディノラス。互いの心中は、懐かしさでいっぱいだった。
リィファスがディノラスへ歩み寄る。
「ドーンガルド卿、本日はご足労いただきありがとうございます」
「私のことはお気になさらず。……むしろ、感謝しなければならないのは私の方です」
ディノラスはリィファスから目線を逸した。心なしか、少しだけ頬が紅潮しているようだった。
「娘が世話になっているようで……。いつもエルレイからリィファス王子殿下達のことは聞いております。だから、ありがとうございます」
「おお……父親してるなぁ」
じろりとディノラスがシャルハートを見た。アルザ相手にもそうだが、昔から一緒にいたディノラスが相手だと余計口が滑る。
「さ、さぁ! ドーンガルド卿! 早速お願いしても?」
何やら不穏な気配を感じた空気の読める男リィファス。話題を無理やり変えた。
彼の心憎い気遣いが分からぬシャルハートとリィファスではない。
内心リィファスへ感謝しながら、シャルハートは一歩距離をあけた。
「じゃあリィファス様とディノラス様でやってくださいよ。私は見てますので」
「……そうだな。それではリィファス王子殿下、まずは軽く打ち合いますか。……お疲れでは?」
「いや、大丈夫だドーンガルド卿。早速お願いするよ」
頷いたディノラスは木剣を両手に持ち、構える。
右の木剣は順手にして前へ突き出し、左の木剣は逆手にして後ろに構える。これはシャルハートが昔から良く見ていた構え。
対して、リィファスは両手で一本の木剣を握る。
「がんばれーリィファス様ー! 顎狙おう顎! いや、急所狙えば一撃かも!」
「シャルハート殿、できればその、もう少し慎みを……」
隣でセバスの声が重くなっていた。シャルハートはそこで我に返り、両腕をぱたぱたと上げるだけに留めた。身長が高いセバスの顔を見上げるには、少し勇気が必要だった。
「いきます!」
じりじりと距離を取っていたリィファスが突撃する。
まずは初撃。真横に木剣を振り抜いた。風を切り、ディノラスの横腹へ襲いかかる!
「なるほど。速度、打撃力は良いです」
一歩後退したディノラスは高く跳躍する。身を捻り、リィファスの背後へ着地した。
柄頭で王子の背中を小突き、距離を離したディノラスは一連の流れを分析する。
「ただ一直線が過ぎると思いました。良い言い方をすれば迷いがない、と言えますが」
「それに対する解答はある!」
リィファスはディノラスを中心に円を描くように走り出した。直後、彼は魔力弾を連続で射出する。だが、その魔力弾はディノラスではなく、その近くの地面に着弾する。
「おおっ。リィファス様、いい感じ」
巻き上がる土煙。良い一手だとシャルハートは評価する。セバスはそんな彼女へ疑問の視線を送る。
「シャルハート殿は、随分戦いに慣れているようで」
「そうですね。強いですから、私」
「ほっほっほっ。そのようで」
セバスは続ける。
「リィファス様はドーンガルド卿に対し、どこまで食らいつけるでしょうか?」
「相当頑張れると思います。……思考停止せずに戦えている。強い人はそれが出来るんです。まあ、とは言っても――」
煙幕へ飛び込み、リィファスは木剣を何度も振るう。しかし、連撃はディノラスの双剣に全て阻まれる。更に追撃するため、リィファスは下段から剣を振り上げようとする。
その所作を見て、シャルハートは少し声が漏れた。それは先程も指摘した悪癖だ。
「……」
ディノラスの双剣が閃く。リィファスがそれを認識したときには、地面に転がされ、空を見上げていた。
「ま、また負けた」
リィファスは左足と胸に痛みを感じる。左足を掬い上げられ、重心が崩れた身体を木剣で押された。それだけと言えばそれまでだが、ディノラスの高精度な剣の運びが生んだ技である。
「まずはお疲れさまでした、リィファス王子殿下」
「ありがとうドーンガルド卿」
ディノラスの手を取り、立ち上がったリィファスは木剣を左手に持ち直し、先程の攻防を思い返していた。
「もしかして最後、僕が大振りになったからその隙を狙った……のかな?」
「……いえ」
「ドーンガルド卿、出来れば本当のことを言ってくれると……」
「む……」
ディノラスは困った。はっきり言うと、王子の分析通りだった。捌きやすい攻撃だった、というのもあったが、特に最後は大振りが過ぎた。
何かの罠かと思ったが、あそこは咎めなければ“付け込まれる決定的な隙”となる。そう判断したディノラスは多少手荒く反撃をくれてやったのだ。
「……大振りでした」
「う……やはりか」
「むぅ……」
――そう、彼が一から十まで説明できれば何も誤解されることはなかった。
だが、そんな魔界の勇者の心中が分かるわけもないリィファスの表情が曇る。それを見たディノラスは心が傷んだ。
彼は鉄血ではない。自分の娘と同じ歳の子供への接し方がいまだに良く分かっていないだけなのだ。
なんとか次の言葉を口にしようとするも、出てこない。ディノラスが無言になると、リィファスが更に気にする。
まさに悪循環。この状況を打ち砕くにはどうすればいいのか。
「あー……リィファス様。ディノラスこほん、ディノラス様の言いたいことは私と同じってことですよ」
シャルハートが一瞬ディノラスへ視線をやった後、更に続けた。
「ディノラス様って思ったことを中々ストレートに物事を言えないから、なんか怒っているように見えるだけなんですよ。さっき、ディノラス様が言いたかったことというのはずばり……」
シャルハートの補足は完璧だった。まさにディノラスが言いたくても上手く言えないことだった。
それに納得したリィファスの表情が晴れ、『もう一本』とせがんでくる。
(……何故、俺のことを)
ありがたいという感情と、何故だという感情がディノラスの中に渦巻く。
理解がありすぎる。盟友アルザには“誤解されてしまうよ”と言われるくらい難しい性格だと自覚がある。
だからこそ、おかしいのだ。
こんなに正確に自分のことを理解する人間など、そういない。
(シャルハート……貴様、何者だ?)
ディノラスがシャルハートに対して、本格的に疑問を抱くことになるのはそう、不自然なことではないだろう。
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