第131話 それぞれの稽古

「君たちは弱い」


 人間界の勇者からの一撃!

 アリスとエルレイは後頭部を殴られたような感覚を覚えた。

 固まってしまった二人を見たアルザは、慌ててフォローに入る。


「ち、違う違う! 弱いっていうのは実力ということじゃないよ!? あ、いや確かに実力はまだまだこれからだと思うけど、僕が言いたいのはそういうことじゃないんだ!」


「アルザおじさん。それ、何もフォローになってないよー……」


「えと、お父様は私たちの何に対して弱いと言っていたのですか?」


 愛娘に上手く話を軌道修正してもらうアルザ。

 彼は内心申し訳なさでいっぱいだったが、それはそれ。頭の中を整理した後、改めて切り出した。


「アリスとエルレイちゃんは、二人揃えば常に連携して攻撃をしてこようとするよね?」


「そうですね。エルレイがいると自然と呼吸が合うといいますか……」


「ボク、アリス大好きだから何となくアリスのやりたい動きが分かるんだよね!」


 二人の言葉を聞いて嬉しくなるアルザ。特に愛娘アリス。

 アリスは昔から少し人見知りをする傾向があったので、友達はそう多くない。

 だから貴重な友人であるエルレイと仲良くしているのを見ると、彼は安心するのだ。

 気が抜けてしまいそうだったアルザは咳払いを一つして、気合を入れ直した。


「そう、それはすごく良いことなんだ。無言のコンビネーションがどれだけ相手にとって辛いのか、というのは今更説明しなくても分かるよね?」


 勇者の娘二人は頷いた。


「だからこそ個の強さが求められるんだ。二人のコンビネーションが通用しない相手は必ずいる。そういう相手に対応するためには、一人でもちゃんと戦い方を確立する必要がある」


 結局、実力の話じゃないか。二人はその言葉が喉元まで上がってきたが、何とか飲み込むことが出来た。

 アリスはその話に対して、返す言葉がある。


「お言葉ですがお父様。私とエルレイはいつも手合わせをしていて、一人で戦う術というのは心得ています。だから――」


「だから今のままで良い、かな?」


 アリスはどきりとした。一人で戦う手段はいくらでもある。得意の剣、そして光の魔法。これらがあれば遅れを取ることはない。そう、確信している。


「でもアルザおじさんの言う通りかもー。多分ボク、今のままだとシャルハートに勝てない気がするしー」


 シャルハート・グリルラーズ。

 その名を聞いたアリスは何故か胸が締め付けられるような気がした。

 勇者の娘として強くなければならない。常に精進していかなければならない。

 だが、上には上がいる。シャルハートを超えなければ勇者の娘として胸を張ることが出来ない。


「そうだね。シャルハートさんは……ちょっと何であんな強いのか分からないけど、あの子は『戦い』というものを知っている。自分のポテンシャルを正確に理解して、それを余すこと無く振るえている」


 アルザは言葉を続ける。


「今の二人に必要なことは一つだ。分かるかな?」


 今までの話を総合した結果、アリスは一つの答えに辿り着いた。


「自分を知ること……でしょうか? シャルハートのように己を正確に理解し、その力を十分に発揮できるように」


「正解! 流石は僕の自慢のアリスだね」


「でもさーどうすればいいの? アルザおじさんの言うことは分かるんだけどさー」


 エルレイは両腕を後頭部へ回し、口を尖らせる。失礼な態度だが、『エルレイだから』で許される。そういうものなのだ。

 もちろんただ投げかけるだけではない人間界の勇者。すかさずヒントを与えた。


「まずは色々なことに興味を持つところからかな? ほら、言うだろ? 何てことない出来事が参考になった、って」


 その言葉は分かる。だが、勇者の娘二人はまだその深淵に辿り着けてはない。

 無論、アルザもすぐに気付くなどとは思っていない。大事なのは見守ること。そして、何か壁にぶち当たったらすかさず手を差し伸べること。

 彼はそこまで口にしなかった。無言の思いやりがそこにはあった。


「さて、休憩はもう良いかな? そろそろ二本目いこうか」


 今はとにかく良く考え、良く身体を動かす。

 強くなることに近道はない。だが、王道を歩くことは出来る。

 かつて愚直なまでに強さを求めたアルザの目には、今の二人が昔の自分に重なって視えた。



 ◆ ◆ ◆



 アルザと勇者の娘二人による二本目の模擬戦が開始された同時刻。場所は同じく王都クララベルト。

 そのクララベルト城内の中央庭園にて、少年少女が木剣をぶつけ合っていた。


「やぁっ!」


「……」


 鮮やかな金髪を汗で濡らしながら、リィファスはシャルハートの防御を崩すため、何度も木剣を振るう。

 上段、下段、真横。リィファスの必死な攻めを冷静に、そして確実に打ち落とすシャルハート。彼女の目には余裕や慢心といった感情は一切ない。

 シャルハートの左肩を狙うべく、リィファスは剣を大きく振り上げる。


「あ、それ駄目です」


 伸び切ったリィファスの右腕。その肘目掛け、シャルハートは木剣を逆袈裟に振り抜いた。


「うっ……!」


 木剣なので斬れることはない。だが、その衝撃は肘を痺れさせ、手から木剣を落とすことになる。

 もう片方の手で剣を掴もうとするが、リィファスの眼前に木剣の切っ先が突きつけられた。


「私の勝ちですね」


「うぅ……また勝てなかったか」


「リィファス様、シャルハート殿。お疲れさまでした、ささっタオルをどうぞ」


 リィファスの忠臣にして執事のセバスがタオルを二人に手渡した。初老であるが、その全身に漲る生気はまだまだ現役であると暗に発していた。


「シャルハートさん、今のはどうだった?」


「狙いは良かったです。私の防御を崩そうと、色々な角度から打ち込んできたところまでは最高でした。だけど」


「だけど?」


「最後の! 何なんですかあれは。大振りが過ぎます。あんなの『急所斬ってください』って言っているようなもんですよ」


 あれが命をかけた勝負だったなら、シャルハートは肘など狙わずに脇下を撫で斬っていた。それだけのリスクがあの攻撃にはあったのだ。


「う……やはりそこか」


「私が優しい優しいシャルハートちゃんだったから良かったですけど、もし戦っていたのが命を狙う刺客だったら、あれでリィファス様は死んでましたよ」


「ほっほっほ。リィファス様、またしても一本取られましたな」


「うぅ……手厳しいなセバス」


 柔和な笑みを浮かべ、セバスは返す。


「リィファス様を想ってのことでございます。僭越ながら、このセバスもシャルハート殿と同じことを考えておりました」


「セバスさんにもそう見られているならもう少し頑張らないとね、リィファス 王 子 様 ?」


 いたずらっぽく笑うシャルハート。彼女の可愛らしい煽りに再び闘志を燃やすリィファス。

 立ち上がり、再び木剣を取ろうとしたその時である。



「クレゼリア王国騎士団副団長ディノラス・ドーンガルド、参上しました。本日はリィファス王子殿下の剣術指南、全力を尽くします」



 まるで機械のような無機質な声色。その名乗りを聞いたシャルハートはとてつもなく嫌な予感に襲われた。

 魔界の勇者の来訪に対し、どうこの場を切り抜けようか思考を巡らせるシャルハートであった。

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