第130話 スパルタ

 アリスとエルレイは、いつもの場所である庭へ来ていた。

 ここは修行場も兼ねており、かなり広く、激しく動き回っても問題ない。空はほどよく雲が掛かっており、戦闘中に目が眩むということはないだろう。

 庭の真ん中には、既にアルザが立っていた。左手には、鞘に入った剣が握られている。


「来たねアリス、エルレイちゃん」


「お父様、よろしくお願いします」


「アルザおじさん、強くなったボクを見ててね!」


「うん、二人ともやる気十分だね。それじゃあ早速始めようか」


 言いながら、アルザは剣を抜いた。それは木剣ではなく、真剣。

 アリスとエルレイも、それに合わせて抜剣する。彼女たちのいつも使っている愛剣だ。

 アルザの修行とは真剣を用いた模擬戦。もし事故が起きれば、重傷もあり得る。そんな危険な内容。


「ねえアルザおじさんー?」


「? どうしたのエルレイちゃん?」


 何となくエルレイは、ずっと聞こうと思っていたことを今、口にした。


「パパはボクの修行にはいつも木剣使うんだけど、アルザおじさんって本物の剣使って相手してくれるよね? 何か理由があるの?」


「あぁ、それか!」


 爽やかな笑顔を浮かべ、アルザは即答した。


「だって本物じゃなきゃ、本物の戦いの感覚は掴めないよね? だから僕はいつも真剣で修業をするんだ」


 淀みなく言い放つアルザ。彼のどこまでも無邪気な笑顔を見たエルレイは、彼が本心でそう言っている事を理解する。

 彼女は、背筋が一瞬凍ったのは気のせいであると思い込んだ。


「……アリス」


「何よエルレイ。私今、集中しているのだけど」


「アルザおじさんって、実はパパよりも怖い?」


「…………」


 勇者の娘二人に沈黙が流れる。

 頭を横に振った後、アリスはアルザ目掛け駆け出した!


「いきます、お父様!」


「あーっ! アリス、ごまかした!?」



 エルレイはアリスの後に続いた。

 いつもこの修業は、アルザ対アリスとエルレイの構図になる。一対一で戦うこともあるが、基本的にはこのスタイル。

 人間界の勇者アルザの中にとある考えがあってのことだった。


「シッ――!」


 アリスが剣を突き出す。迷いのない洗練された動作。

 対するアルザは、その切っ先を上から叩き落とす。そっと剣の腹をアリスの右肩に当てて、一言。


「はい。アリスは一回大怪我しました」


「くっ……!」


「む……」


 真横に気配を感じたアルザ。顔を向けると、エルレイが空中で独楽こまのように回転をしていた。


「いっくよアルザおじさん!!」


 回転の勢いはそのまま攻撃の『重さ』に変わる。

 エルレイ、渾身の一振り。両の手に持つ剣を同時にアルザへ繰り出した。

 しかし、アルザは動かない。力を込めた両足は地面にめり込み、片手で握っていた剣は両手で握られていた。


「力は強い……しかし!」


 アルザの剣を蹴り、後方へ跳ぼうとするエルレイ。彼はその行動を既に予想していた。


「足元がお留守だよ! 『光の矢ライトアロー』!」


 エルレイの着地に合わせるように、アルザの左手から収束された光が放たれた。目にも留まらぬ速度。エルレイの防御が間に合わない。


「何をやっているのですかエルレイ!」


 アリスの剣に光の魔力が宿っていた。彼女の『光の付刃エンチャント・ライト』である。強度、切れ味の倍加した剣が、『光の矢ライトアロー』を見事に切り払った。

 精密な剣運び。彼女の弛まぬ努力が生んだ結果。

 父アルザは愛娘の防御を喜んだ。


「アリス! 今のは良かった! だが!!」


 アルザは前へ進んだ。直進。シンプルな突撃。

 アリスとエルレイは剣に魔力を纏わせ、それを同時に解き放つ。

 三日月型の斬撃。殺傷する威力ではないが、それでも大打撃を与えられるのは間違いない。


「まだだアリス! エルレイちゃん! もっと強くなれるはずなんだ!」


 止まらない。斬撃を浴びてもなお、直進の勢いは止まらない。さながらそよ風の中をランニングしているかのような軽やかさだ。

 二人の全力に近い攻撃はアルザに通用しなかった。青ざめたアリスは白兵戦での迎撃用意。更に闘志を燃やしたエルレイは高く跳躍し、位置エネルギーを味方につける。


「エルレイ!」


「合点!」


 地上と空中からの同時攻撃。長い付き合いの二人だからこそ可能とするコンビネーション。防御行動はかなり絞られる。

 アリスは剣を水平に構え、アルザへ突撃。姿勢を限りなく低くし、アルザへ視線の上下移動を強要する。

 仮にいなされたとしても、この同時攻撃を防ぐには何かしらの代償を払うことになる。

 アリスのプランでは、この攻撃は防がれると予想していた。本命は『その次』。防御行動を行った隙を狙い撃つ。

 勇者の娘二人の思考は一致していた。物言わぬ完璧な連携。


 人間界の勇者アルザは、その思惑を正確に読み取った。


「息を合わせ! 心を重ね! アリス、エルレイちゃん! 君たちの固い絆は疑いようがないよ!」


 アルザは剣を握った右手を振り上げる。右手から魔力が溢れ、柄を伝い、刀身を伝い、やがて剣の切っ先まで覆っていく。彼の視線はアリスでも、エルレイでもなく、地面へ向いていた。


「だけど大事なことがある!!」


 きっぱりと言い切った後、アルザは魔力を込めた剣を地面へ叩きつけた。魔力や土煙、石が飛び散る!

 空中で無防備なエルレイは、土煙や石をまともに喰らった。アリスは凝縮された魔力をぶつけられ、そのまま押し返される。


「アリス!」


「じ、自分の心配をしなさいエルレイ」


 二人の体勢が整う前にアルザは動いた。

 剣をアリスへ突きつけ、魔力を込めた左手はエルレイへ向ける。動いたらそれなりの代償を支払うことになる。つまりゲームセットだ。


「二人ともお疲れ様。とりあえず一本目は僕の勝ちだね」


「アルザおじさん強すぎるよー」


「私は……また勝てなかった」


 三人は地面に座り込んだ。戦って、反省会をして、次の模擬戦を始める。

 これがアルザの修行。アルザ自身がずっと行ってきた修行の一つだ。


「さて、それじゃあ反省会といこうか」


「お父様、さっきの言葉はどういうことなのでしょうか?」


 ――大事なことがある!!


 今まで言われたことのない言葉だった。

 まずはそこから聞かなければならない。そうアリスは確信していた。


「そうだね、先にそこから話そうか」


 アルザはいつの間にか雲が無くなっていた空を見上げた。


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