第127話 月光の戦いを目撃した者

 運動場が見える高台で月光の戦いを見届ける者がいた。


 ブレリィ・マリーイヴ。

 史上最強の勇者を目指す少年は今、眼下に広がる圧倒的な戦いに衝撃を受けていた。


「な、何だあれは……本当にシャルハートさんなのか!?」


『想像以上だ。ブレリィ、お前は本当にあの規格外の者をライバルにするつもりなのか?』


「それはもちろん。だって史上最強の勇者には、史上最強のライバルが必要だからね」


『悪いことは言わないぞ。止めておけ』


 ここまでオルトハープンが意見を言うことは珍しい。

 そのせいもあってか、ブレリィは思わず聞いてしまった。


「シャルハートさんの話になると、いっつもそれだよねオルトハープン。たまには僕を奮い立たせる言葉の一つでも言ってくれよ」


蟻ありが鉄板をぶち抜けると思っている奴にかける言葉は何もない』


 意思持つ剣オルトハープンはシャルハートの中に潜みし“魔”を視ていた。

 無機物であるはずのオルトハープンは無いはずの“恐怖”を感じた。もしもあの者にこの身が振るわれたらどうなるのか、もしもあの者にこの身が討ち滅ぼされたら。

 ありえない“もしも”が飛び交う。

 だからこそオルトハープンはブレリィへ必要以上に言葉を掛けなかった。


(悪く思うなブレリィ。過ぎた好奇心は身を滅ぼすのだ)


 今までの使い手ならばオルトハープンも内心一笑に付すだけで終わっただろう。だが、オルトハープンはブレリィを諌めた。


『お前は我のポテンシャルを最高まで引き出しうる人間だ。だから本来ならば我の力を引き出すためだけに集中して欲しい』


「だから! 何回も言っているだろ。僕はオルトハープンの思うような剣士にはならないって」


 ブレリィはそこで話を打ち切った。

 この件に関して、オルトハープンと議論するつもりはなかった。ブレリィにはブレリィの、オルトハープンにはオルトハープンの考えがあるのだ。


『本当に贅沢な男だな。いつか我のこの言葉を後悔するときが来るだろう』


「その時はもう死んだ時だよ。生きている僕には関係のない話」


 意見が平行線なのは元から知っている。少しでも変わる事を期待して、あえてオルトハープンはこう言っているだけだ。

 だからこそ、オルトハープンはこれ以上この会話を引き伸ばすつもりはなかった。


『……夜風が冷たい。そろそろ戻ってくれブレリィ』


「ん。そうだね、あの調子だとシャルハートさんが勝ちそうだし、戻ろうか」



「そうですよ。今日は夜風が冷たいから風邪引いちゃいますよ」



 瞬間、ブレリィはその場から飛び退いた。


「あらら。もしかして驚かせちゃいましたか? この生徒の模範となるべき麗しくも頼もしいウルスラ先輩が何という失態でしょう」


 ウルスラ・アドファリーゼはブレリィを横切り、今もなお戦闘を繰り広げているシャルハートを眺める。


「あのばかやろー共、やっぱり暴れていましたか。全く、事後処理をするのは一体誰だと思っているんですかね……」


 ブレリィは混乱する思考を何とか纏めながら、混乱を悟られぬよう話しかける。


「せ、生徒会長ですよね? 生徒会長はどうしてここへ……?」


「はいー? 生徒会長とは誰のことですか? 私はウルスラ先輩ですよ。強く、優しく、頼りになる あ の ウルスラ先輩ですよ」


 耳に手をあて、ウルスラはブレリィに顔を近づける。

 ブレリィは一瞬殴りそうになったが、強靭な理性がそれを抑え込んだ。


「ウルスラ先輩はどうしてここへ?」


「何やら『白銀三姉妹』とシャルハート、それにミラの魔力を感じたんですよ。それで私ピーンと来ましたね。“あ、こいつらまたやらかしているな”って」


「いつもそうなんですか? あの人達って」


「どちらかというとシャルハートの方が主に厄介事を引っ張ってきます。……お、一対二とはとても思えませんね。ブレリィ君、貴方の目にシャルハートはどう映っていますか?」


「僕には防戦一方に見えるのですが……」


 ムゥスガルドとミィスガルドを相手に、シャルハートは一歩も引かず、迎撃している。それをブレリィは防戦と見た。

 しかし、ウルスラの瞳にはそう映っていなかったようだ。


「おぉブレリィ君、中々良いセンいきますね。だけど惜しいです。あれは防戦ですらありませんよ」


 言っている意味が分からなかったブレリィはどう返事しようか迷ってしまった。


「ブレリィ君はハエを手で追い払う時、何かを考えますか?」


「いや、考えませんけど……」


「そういうものなんですよ、今のシャルハートは」


 そう言われてもピンと来ないブレリィ。もしそうならばシャルハートの実力は途方も無いということだ。


「ブレリィ君、分かりますか?」


「分かりません」


「ですよね。私も今の例えは少し分かりづらいかなって思いました」


「殴っていいですか?」


「ええっ!? このウルスラ先輩を殴るのですか!? 犯罪行為だということをご存知ないのですか?」


 人を苛立たせる天才なのか、そうブレリィは思ってしまった。

 その時、ブレリィの愛剣オルトハープンは彼にしか聞こえない波長で語りかける。


『ブレリィ、この女とまともに喋るな。無機物の我でも分かる。この女、ヤバいぞ』


「それ言います? いくらウルスラ先輩と言えども、ヤバいとか言われるのは感化出来ませんよ」


「なっ……!? オルトハープンの声が……!?」


 ブレリィとオルトハープンの間に衝撃が走った。彼らの間には固い絆で結ばれている。それこそ、彼らにしか分からない波長で会話をすることが可能なくらいに。

 だが、ウルスラはオルトハープンの言葉に“返事”をした。

 そこでブレリィは思い出したことがある。


「そう言えばウルスラ先輩、夜風が冷たいっていうオルトハープンの言葉を……」


「え、喋っていたら聞こえませんか普通?」


『……』


 オルトハープンにはずっと感じていた違和感があった。

 ずっと刀身を突き刺す独特のピリついた魔力。どこまで探っても底が見えない深みのある魔力。

 これは――“知っていた”。


『お前、まさかワイズマン・セルクロウリィの……』


「血族ですよ。よく知っていますね」


 ウルスラはにこりと笑顔を浮かべた。


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