第128話 意思ある剣の驚愕

 ワイズマン・セルクロウリィ。

 知らない人がいる事自体珍しい伝説の名前。ブレリィも当然知識として知っている。


「あの『大賢者』様って本当にいたんだね」


「ええ、びっくりしたでしょう? このウルスラ先輩も聞いた時、絶対冗談だろって思ってましたからね。あっはっは」


『意思ある剣我らの中でも、その男の名は轟いていた。人間かどうかすら怪しい途方も無い魔力、無から至極の魔法具を生み出す超越的な技術。奴に関わるエピソードは全ておとぎ話と変わらぬ荒唐無稽さだ』


「お褒めに預かり光栄です。それじゃあ私がどうしてオルトハープン貴方の言葉が分かったかも理解していますか?」


『奴には万物の声を聞くことが出来る、とされていた。その能力がお前にも受け継がれたということか』


「正確には魔力絡みのことならば理解できるって感じですかね。まあ、それは良いでしょう」


 片目を閉じ、ウルスラはオルトハープンを指差す。


「ブレリィ・マリーイヴ君。私は貴方に聞いてみたいことがありました」


「何でしょうか?」


「その剣をどこで手に入れましたか? それは意思ある剣インテリジェンスソードでも、上から数えた方が早いくらいの大業物ですよ。少なくとも、その辺で拾える物では無いことは確かです」


 ブレリィは自然とオルトハープンへ意識が移っていた。

 対するウルスラはじっとその動向を見守っていた。

 彼がオルトハープンの柄に手を伸ばせば即開戦。ただ冷たかった空気に鋭さが加わった。


『ブレリィ』


「この剣――オルトハープンは僕を選びました。史上最強の勇者を目指す僕の前に突然現れた。それだけです」


 ブレリィの力強い眼には説得力があった。

 少なくとも嘘をついている訳ではないようだ。そうウルスラは評価する。

 違和感を感じたらすぐに追求してやろうと考えていた彼女は、その案を抹消した。


「……分かりました。そう主張するのであれば、生徒会長であり皆から尊敬されるこのウルスラ先輩は、とりあえずこれ以上は聞きません」


 ブレリィに背中を向けたウルスラはひらひらと手を振った。


「この学園を巻き込むようなトラブルは起こさないでくださいね。もしそうなったら、この美しくも頼りになるウルスラ先輩は対処しなければなりません。じゃ、そゆことで」


 気づけばウルスラは消えていた。

 オルトハープンはすぐに『空間跳躍リープ』と理解し、その練度に驚きを見せる。


『シャルハート・グリルラーズの他にライバルが出来たのではないか?』


「ううん。僕のライバルはシャルハートさんだけだよ。史上最強のライバルは一人で良いんだ」


『はぁ……貴様は頑固だな』


 オルトハープンの言葉はブレリィには届かなかった。

 彼は己がライバルとなるシャルハートをずっと見ていた。ずっとずっと、全てが終わるまで。



 ◆ ◆ ◆



 月光の戦いが終わってから三日経過していた。

 てっきり報復にでも来ると予想していたシャルハートは内心残念に感じていた。


「はぁ……強い相手と殴り合いたい」


「シャルハート、それ分かる。私も戦いたい」


 真っ先にサレーナが同意した。根っからの戦闘好き同士、理解があるのだ。

 それを死んだ目で見守るミラ。彼女はなんと声を掛けたら良いのか分からなかった。

 少なくともうら若き少女達がする会話でないことは確か。


「シャルちゃん、サレーナさん。それあまり皆の前で話さないほうが良いかも……」


「……ミラは戦いの素晴らしさを分かっていない。血湧き肉躍ろう」


「あぁサレーナさん……頭の中が戦闘で支配されている……」


 そんな話をしていると、教室にアリスとエルレイが入ってきた。



「「シャルハート!」」



「うわっ息ぴったり」


 ずかずかと机まで歩いてきたアリスは天板をバンと叩いた。


「シャルハート! ミラさんの一件、聞きましたよ。どうして私達に声を掛けないのですか」


「『白銀三姉妹』、ボク達も戦いたかったよー!」


「私の周りの友達って、皆戦いの話しかしていない……」


 今日ほどリィファスに居て欲しいと思った日はなかった。生憎、彼は国務で不在。

 もしかしたら自分がおかしいだけなのか。ミラの頭はぐるぐると混乱してきた。


「アリスとエルレイさんって別クラスだから何だかこう、話すのを忘れるというか何というか……」


「そ、そんな! 別クラスだからって私達の事を忘れるなんて許さないわよ!」


「あ、シャルハート。アリスにそんなこと言ったら駄目だよ。アリスって、ぼっちだからシャルハート達くらいしか友達いないんだか――あれ? アリス? 何でボクの首締めるのかな? 苦しいよ? ねえ苦しいよアリス?」


「シャルハート、ミラ、サレーナ?」


「ど、どうしたのアリス?」


 代表してシャルハートが返事をすると、アリスは非常にいい笑顔を浮かべ、こう言った。


「今の、聞いていないわよね?」


「ウン。チョウドワタシタチ、イシキガナクナッテタンダ」


 可能な限りの早口でシャルハートは即答した。

 この類の返答は素早く行わないと要らぬ戦いくさが始まると、良く理解していたが故だ。


「それなら良いです。そして、一つ言っておきますが、私は友達がいないわけではありません。孤高なだけなんです」


「孤高って自分が言う言葉じゃないと思うんだけど」


 次の瞬間、アリスの拳がエルレイの頭に落とされた


「いっったぁぁあ!? 何するのアリス!? ボク、本当のことしか言ってないよ!?」


「うるっさい! おばかエルレイ!」


「おばかって言う方がおばかなんですー。それすら分からないからアリスはぼっちなんですー!」


 その後も飛び交う売り言葉に買い言葉。

 このパターンの終着点は決まっていた。シャルハートは何となく“用意”をする。


「エルレイ、抜きなさい」


「ボクもそろそろ我慢出来なくなったよ」


 二人の手に魔力で構成された剣が現れる。

 シャルハートも良く使う魔法『魔力剣身マナ・ブレード』である。


「決着つけるわよ、エルレイ!」


「望む所だアリス!」


 両界の勇者達の娘。

 常に切磋琢磨し、強くなろうとする二人。これはいわば語り合いなのだ。そんなストイックな二人にしか許されない会話。

 今、アリスとエルレイの魔力剣がぶつかり合う――!



「させるわけにはいかないんだけどなぁ」



 ――などという無法はシャルハートが許さなかった。

 いつもの『拘束バインド』で二人の動きを封じた上で、こう言った。


「二人とも、このやり取り飽きないの?」


「飽きるとか飽きないとかじゃあないのよ。エルレイは倒さなきゃいけない相手なの」


「そうだよそうだよー。ボク、絶対アリスを倒すんだから」


 アリスとエルレイの間に火花が散る。ある意味、究極に仲の良い二人。小競り合いこそするが、喧嘩など考えられない。



 そんな二人が本当の喧嘩をすることになるのは、もう少し後の話である。

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