第126話 ケジメ

 マァスガルドはじろりと辺りを見回し、全てを理解する。結論から言えば――嫌な予感が的中していた。彼女は浅くため息をついた。


「シャルハート殿、これは――」


 貫手の形を崩さぬまま、そしてマァスガルドには一切目をくれないまま、シャルハートは淡々と告げる。


「久しぶりマァスガルドさん。早速で悪いけど、末っ子ちゃん殺させてもらうから」


「シャルちゃん!!」


 シャルハートは涙目になっているミラと、そして感情をあらわにしないマァスガルドを順番に見やる。


「大事な友達を傷つけられたんだ、私は許さないよ」


「……少し話すことくらいは許してくれないだろうか」


「良いよ」


「感謝する」


 シャルハートは無言でムゥスガルドから離れる。話している間は何もしない、という意思表示のため、どかりと座り込んだ。

 マァスガルドは愛する妹達二人へ歩み寄る。

 妹二人はマァスガルドに目を合わせられなかった。完全に言いつけを破っている。何を言われても、何をされても、ただ受け入れるしかなかった。

 そんな長女の第一声は――。


「お前たちはいつから正気でありながら騎士の誇りを忘れたのだ」


「すまない……姉さま」


「ムゥは……マァ姉さまのために」


「言い訳は――いいや、これも全ては私の不徳の致すところ」


 マァスガルドは左腰から白銀の剣を抜いた。月光に照らされたその刀身は嵐のように荒々しく、氷のように冷たく光っていた。


「シャルハート殿」


「何? 悪いけどムゥスガルドの方は助けてやれないよ。よほどのことがない限り殺す」


「だろうな。シャルハート殿はこういう事に関してはきっちりしている方だ。だから私も私が出来る事をする」


 その言葉に反応したのはミラだった。何かとてつもなく嫌な予感がして、思わず口を動かしていた。


「あの、マァスガルドさん。それってどういうことですか? もし変なことだったら止めてください!」


「ミラ殿……ありがとう。だが、大丈夫だ。心配には及ばない」


 そう言うと、マァスガルドは剣を左手で持ち直す。


「ケジメをつけるだけだ」



 ――次の瞬間、どさりとマァスガルドの近くに『何か』が落ちた。



「姉、さま……?」


「マァ姉さま……!?」


 マァスガルドの足元に落ちている『物』を確認した後、シャルハートは無感動に言った。


「……マァスガルドさん、それはどういうつもり?」


「……私は騎士だ。戦うことが全てであり、存在意義だ」


 ボタボタと、マァスガルドの右腕から血が落ちている。

 その理由は何か。答えは簡単だ。


 マァスガルドは今、右腕の『肘から先がない』。


 足元に落ちている『右腕』には一切目もくれず、マァスガルドはシャルハートをまっすぐ見つめる。



「レクレフリア王国最高戦力『白銀三姉妹』長女、マァスガルド・ローペンワッジが国を護るための利き腕。……ムゥスガルドの首と釣り合うとは思っていないが、これで矛を収めてくれないだろうか、シャルハート殿」



 選んだのは戦士としての命を断つこと。

 マァスガルドは続ける。


「これで『二度目』だ。道から外れた事を行ってしまった」


 それは『チュリアの迷宮』の事だと、すぐに理解した。

 マァスガルドは苦痛に顔を歪めること無く、シャルハートへ近づく。

 ムゥスガルドは叫ぶように声を出した。


「マァ姉さま!! 死んでしまいます! 早く手当を!!」


「聞けない。ミィ、ムゥ。私はお前達の姉として、シャルハート殿とミラ殿に詫びる必要があるのだ」


 シャルハートの貫手が届く間合いまで近づいた彼女は頭を下げた。肘から先がない右腕から流れる血はお構いなしに、彼女はただ言う。


「本来ならば私の命を差し出さなければならない所だ。だが私はこの子達を見守っていかなければならない……。足りないならば左腕も差し出す。だから――」


「マァスガルドさん」


「何だ?」


「貴方は大事な右腕を捨ててまで、ムゥスガルドを守りたいんですね。何故ですか? 大事な家族だからですか?」


「無論。私は家族のためならば、命を捨てること以外は何でもやる」


 シャルハートとマァスガルドは互いに目と目を見交わす。誇りを持った者同士、これ以上の言葉はいらなかった。



「――――よほどのこと、か」



 シャルハートはマァスガルドを素通りし、彼女の『右腕』を拾い上げる。


「マァスガルドさん、こっち来て」


「何を……?」


「『完全治癒フルヒール』」


 マァスガルドの右腕と『右腕』が淡い緑色の光に包まれた。すると、両方の切断面から光の糸が伸び、絡まり、やがて引き合う。


「シャルハート殿、これは一体……回復魔法だと。しかも、この回復の仕方は使える者がほとんどいない超難易度魔法……!?」


 マァスガルドは右手を握って開いて感覚を確かめる。腕を切断する前と寸分違わぬ手の『感覚』。完全に治ったのだ。


「ムゥスガルド」


「……何ですか?」


「マァスガルドさんに感謝しろ。ただし『次』はない」


「……ムゥを見逃すのですか?」


「間違えるな。私はお前の首の代わりに、誇り高き騎士の右腕をもらっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」


 マァスガルドは左手を右腕に添えながら、言う。


「……感謝してもしきれぬ」


「後はよろしくお願いしますね」


 それ以降、シャルハートはミラへ歩み寄り、そして抱きついた。同時に、彼女の首筋へ回復魔法をかけ、傷を完全に塞ぐ。


「ミラ、良かった」


「シャルちゃん、ありがとう。皆を許してくれて」


「……何のことかな? そんなことよりも、もう行こう。後はマァスガルドさんに任せる」


 シャルハートはミラの手を引き、その場を後にする。

 全て終わった。この場にいる必要はないのだ。

 その背中をただ見送るマァスガルド。


「姉さま……全てアタシのせいだ。アタシが頭に血が上ったせいでムゥスガルドにあんな事をさせちまった」


「ミィスガルド……! マァ姉さま! ムゥがいけないのです。ミィスガルドに無理やり言うことを聞いてもらったから今回のことが……」


「二人とも」


 乾いた音が、二回。

 妹二人は打たれた頬を押さえる。


「我々は人を護る者だ。そんな我らが護るべき対象へいたずらに刃を向けた事は決して許されない。……今のお前達には『白銀三姉妹』どころか、レクレフリア王国軍を名乗らせる訳にはいかない」


 押し黙る二人へマァスガルドはきっぱりと言った。


「しばらくの間、お前達から白銀剣を取り上げる。頭を冷やせ。そうすることできっと視えてくるものがあるはずだ」


 月を見上げるマァスガルド。

 結果として、何も失わなかった。

 だが、それはあくまで結果論。もしも、ほんの少しでも。あの銀の少女が“その気”になったなら――。


(……また大きな借りが出来てしまったな)


 マァスガルドはそこで静かに思考を打ち切った。


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