第125話 足元には無数の亡者
偶然だった。
ムゥスガルドは本気でミラを傷つけるつもりはなかった。マァスガルドから殺しと暴力をキツく止められているのもあるが、一般人を安易に傷つけるほど、落ちぶれてはいなかった。
だから、これは事故だ。――非常にタイミングの悪く、非常に
「ムゥスガルド、私は寛大だ。大抵のことは許せるよ」
地面から額を離し、シャルハートはゆっくりと立ち上がる。
「だから、これにはがっかりした」
直後、ミィスガルドとムゥスガルドに戦慄が走った。
冷気、あるいは心臓を鷲掴みにされたような震え。二人は足元に無数の亡者が見えた。地獄に引きずり込もうとする執着、あるいは使命感。
身体が既に逃走を選択していた。精神が敗北を決定づけていた。
「この……デタラメな力は何ですか?」
「ムゥ、お前がやったことは眠れる獅子を蹴り飛ばした、そういうことなんだよ」
ミィスガルドは身体の震えを抑え込みつつ、ミラとムゥスガルドの前に一歩出た。
白銀の大剣を構える彼女の顔は、まるで数万の大軍を迎えるただ一人の
「シャルハート、第二ラウンドといこうぜ。お前、ムゥスガルドを殺すつもりだろ?」
「話が早くて助かる。どけ、ミィスガルド」
「誰がどくかよ! アタシは妹を守る!」
決死の覚悟でミィスガルドは突貫した。
対するシャルハートは右手を手刀の形にする。素手で立ち向かう腹積もりだ。
「出し惜しみは無しだ! 白銀剣、解放!!」
そうミィスガルドが叫ぶと、白銀の大剣がまばゆい光に包まれた。これこそが白銀の剣の特性。担い手が魔力を十分に流し込むと、その真の力を発揮する。
シャルハートは空いた左手で魔力弾を一発放った。
それに対し、ミィスガルドが白銀の大剣を真横に振るうと、魔力弾が霧散した。
「これが白銀の剣の真の力……。その一振りだけで、対魔法戦において絶大な力を発揮するっていうことか」
シャルハートは特に驚きはしなかった。先程の攻撃は言うならば小手調べ。その力を確認するためだった。
またたく間に距離を詰めたミィスガルドは、白銀の大剣を振り回す。怒涛の攻撃。しかし、シャルハートは手刀で刀身の腹を叩いて斬撃を逸していく。
白銀の光が夜闇に無数の線を描く。ミィスガルドとシャルハートの攻防は、光を用いた一種の芸術のようにも見えた。
「くそ……手応えがまるでねえ!」
攻撃しているのはミィスガルド。圧倒的有利なはずだった。しかし、いくら攻撃してもシャルハートは冷静に捌いてくる。手で水を押せないように、ミィスガルドの剣はシャルハートに届くことはない。
次の瞬間、シャルハートは後ろに気配を察知する。
「何をやっているのですか、ミィスガルド」
「ムゥ! バカ来るな!」
ムゥスガルドがシャルハートの後ろを取っていた。掴まっていたミラはフリー状態。
有利を手放してまでムゥスガルドが攻撃を仕掛けてきた意味とは――!
「シャルハート、やはり貴方はムゥが直接手を下したほうがいいと判断しました。ミィスガルドは力不足です」
ミィスガルドの猛攻を防ぐシャルハートは背後に対し、無防備。ムゥスガルドの手には白銀の短剣が握られていた。ミィスガルド同様、既に力を解放している。
短い吐息と共に、ムゥスガルドは短剣を突き出した。狙いは背中。即死ではないが、重傷となるコース。
「取った」
決意の銀刃がシャルハートの背中に刺さる――!
「見積もりが甘いな」
甲高い音と共に、白銀の短剣が大きく跳ね上がった。力の強さに、ムゥスガルドの体勢が崩れる。
「ムゥ!」
右手を貫手の形にしたシャルハート。氷のような冷たい視線が、ムゥスガルドの胸部へと刺さっていた。
明確な殺意を感じたミィスガルド。彼女は、シャルハートの気を引くように、わざと大ぶりの攻撃を繰り出した。大上段の構えから繰り出される大剣は、シャルハートとムゥスガルドの間に落とされた。
すぐにムゥスガルドは後退。時間を稼ぐようにミィスガルドがめちゃくちゃに振り回す。
あらゆる角度から迫る大剣を正確に迎撃しながらも、シャルハートはしっかりとムゥスガルドへ注意を向けていた。ムゥスガルドの両足に魔力が込められた。直後、彼女は消える。
「ミィスガルド」
「おうよ!」
地面に大剣を叩きつけると土煙が立ち上る。ただでさえ暗くて視界が悪い中、さらなる追い打ち。
シャルハートは動じること無く、周囲に目を向ける。
不自然に動いた煙あり。それも二方向。
ミィスガルドとムゥスガルドにより同時攻撃。白銀の光がシャルハートへ走る。
「これで!」
「終わりです」
大剣と短剣。姉妹の息が合った完全同時攻撃。回避行動は当然として、防御行動も許さない。片方を対処すれば、もう片方から攻撃をもらう。絶妙な距離感、そして位置取り。これは一朝一夕の訓練では絶対に再現できない戦法。
姉妹の絆とも言えるこの絶対不可避の攻撃に対するシャルハートの解答とは――!
「まだ届かないよ、私の首には」
気づけばミィスガルドとムゥスガルドは吹き飛ばされていた。何度も地面を転がり、大きく距離を離される。
一体何が起きたのか、戦闘慣れしている『白銀三姉妹』と言えどすぐに理解が出来なかった。
ムゥスガルドはシャルハートの足元の異変に気づく。
「あれは……」
彼女を中心に、円状の魔力の痕跡が残っている。そこから導き出される答えは一つだけ。
「まさか単純に魔力を放出してムゥ達に干渉したのですか」
「そうだね。単純だけどかなり低燃費だから迎撃手段としておすすめしておくよ」
――冗談じゃない。
立ち上がりながら、ムゥスガルドは内心舌打ちをする。
それが許されるのは超人的な魔力量と十分な密度で出力するコントロール能力を持つ者だけだ。ましてや実力者に攻撃出来るほどの魔力を放つことなど、不可能に近い。
ミィスガルドやムゥスガルドには出来ない。姉であるマァスガルドがぎりぎり可能なレベル。
「さて、と」
ムゥスガルドの目の前にシャルハートが現れた。まるで質の悪いアニメーションのように、一度瞬きした直後に彼女は立っていたのだ。
防御する間もなく、ムゥスガルドの視界は夜空を映した。背中には激痛。
あっという間の早業。地面へ倒されたことに気づいたムゥスガルドは、顔を驚愕の色に染める。
(む、ムゥが防御出来なかったのですか……!?)
「ムゥ!!」
「ミィスガルド、お前は良く頑張った。と言っておくよ」
ミィスガルドの腹部にシャルハートの足裏がめり込む。その威力は人体の内部にしっかりと届き、ミィスガルドはそこで崩折れる。
「が、はぁ…………!?」
シャルハートはムゥスガルドを見下ろす。
「ムゥスガルド、やりすぎたね。よりにもよってミラを傷つけるなんてさ。……手を出す相手はよく選んだ方が良い」
「く……」
右手を貫手の形にし、指先に魔力を漲らせたシャルハートは言い放つ。
「死んでもらうよ。そうじゃなかったら割に合わないからね」
本気だ、とムゥスガルドは全身が強張った。
何人も殺した眼。感情に任せていない、明確な決意がそこには秘められていた。
「しゃ、シャルちゃん! 駄目だよ! それは駄目!!」
「ミラ、ごめんね。こいつらは戦う者だからさ、やったことは全て自分たちに返ってくるものだと理解しているんだ。だから、私はこいつに報いを与える」
「だとしても! 駄目だよ! シャルちゃん! シャルちゃんはもう、そういう事をしなくて良いんだよ!!」
ミラの言葉は、強い。
シャルハートは心が揺らぐ前に決着をつけるべく、右手を振りかざした――。
「待ってくれ、シャルハート殿」
遠くから凛とした声が響く。
シャルハートがその方向を向くと、そこには『白銀三姉妹』の長女マァスガルド・ローペンワッジが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます