第123話 魔王の逆鱗に触れし者

 ミィスガルド戦の後、シャルハートはプリシラに呼ばれていた。

 何かしたかと少しびくびくしながら、職員室へ行くと、プリシラが手招きをした。


「あの、プリシラ先生。何の用でしょうか?」


「あ、来てくれたんですね。シャルハートさん今日はお疲れさまでしたー」


「……もしかしてそれを言うためだけに呼び出したんですか?」


「まさかー。ちょっと聞きたいことがあったんですよね」


「? 私に答えられる範囲なら」


 プリシラは世間話のトーンでこう聞いた。


「シャルハートさんって命がけの戦いしたことありますか?」


「……意味が分かりません」


「あら? そうですかー。確かに少し遠回りな質問だったかもしれませんね。じゃあ言い方変えましょうか」


 プリシラはあくまでニコニコしていた。


「今日のミィスガルドさんとの戦い、あれは命のやり取りでしたね。それに対して顔色一つ変えずに対応出来たのはどうしてですかー?」


 やはり只者じゃなかった、シャルハートの中の疑念が確信に変わった。

 だが、あえてシャルハートはとぼけてみせる。


「え、あれって命のやり取りだったんですか? 確かにミィスガルドさん、随分気合入っていたなとは思いましたけど」


 嘘だ。シャルハートは内心、舌を出す。

 完全に殺意むき出しであった。事実、彼女の迫力はごく一部の生徒を除き、恐怖を与えていた。

 あの殺意をまともに受ければ、普通は動けない。


「実は先生、昔ちょーっとアルバイトしていたことがあるんですけど、その時のバイト先の相手が皆ミィスガルドさんみたいな感じでしたよ」


「完全にヤバいバイトじゃないですか。え、もしかして傭兵か何か――」


「あっシャルハートさん。しーっですよしーっ」


 プリシラは口に人差し指を当て、必死な目でシャルハートへ訴えかける。

 その様子にシャルハートは色々と察してしまった。ルルアンリが目にかけたというくらいだから、相当クセがあると思っていた。

 ……案の定だった。


「えー……では、こういうのはどうですか?」


 シャルハートが指を鳴らすと、プリシラの声が脳内に響いた。

 特定の相手と思考のみで会話をすることが出来る魔法『紐なし通話テレ・トーク』だ。


(え、この魔法使えるんですかシャルハートさん)


(嗜みの一つですよ。それよりも、プリシラ先生こそ実戦経験ありますよね。前々から気になってたんですけど、戦気隠しきれてないですよ)


「えっ!? 本当!?」


 いきなり大声を上げれば、職員室にいる先生たちが見るのも無理はない。

 プリシラは顔を赤くし、小さくなった。


「せっかく脳内会話にしたのに……」


「いきなりそんなこと言われたらびっくりするじゃないですかーぶっ放しますよ?」


 笑顔で言うプリシラを見て、シャルハートは“本物”だと確信した。あとで経歴を調べようと本気で思っていた。グリルラーズ家の情報網を使えば容易いだろう。

 喋りすぎたと思ったのだろうか、プリシラは出入り口を指差した。


「もう良いです。帰ってください。このままだと私、掘られたくないことまで掘られそうで嫌ですー」


「私は全然ウェルカムですよ」


「私がノーウェルカムです! さっさと出ていきましょう! ウルスラさん呼びますよ!」


「帰ります!」


 シャルハートはノータイムで職員室を飛び出した。

 ウルスラの名前が出された時点でシャルハートの負けは決まった。


 そのままの勢いで、シャルハートは帰路につくことにした。


「皆といる時間も良いけど、一人の時間も良い、というのは欲張りなんだろうな」


 前世ではありえない考え。

 だがこれも全て満たされた状況だからこそ浮かぶ考えなのだ。

 少しは“平穏”というものに慣れたのだろう、とシャルハートは結論づける。


「明日もミラたちと一緒にご飯を食べよう。それが私の感じる最大限の平穏ってやつだから」



 次の瞬間、シャルハートは背後に濃厚な悪意を感じた。



「シャルハート・グリルラーズですね」


「誰ですか? どう見てもマァスガルドさんやミィスガルドさんの関係者としか思えない顔ですが」


 振り向き、確認するとやはり瓜二つなのだ。白銀の剣を振るいし者たちと。

 マァスガルド似の少女は腕を組み、元“不道魔王”へ鋭い視線を送っていた。


「如何にもです。ムゥはムゥスガルド・ローペンワッジ。『白銀三姉妹』が末妹です」


「最後の一人ですか。何の用ですか? 出来れば、穏やかな用件だったら嬉しいんですが」


 恐らく無意識なのだろう、腰にある白銀の短剣へ手をやったことをシャルハートは見逃さなかった。

 敵意あり、この時点でシャルハートは確信した。同時に、“もう一つ”のことにも。


「……ムゥスガルドさん、貴方から敵意を感じますね」


「ええ、シャルハート。貴方は憎んでも憎みきれません」


「知りませんね。仇討ちの類なら、さっさと沈めて良いですか? 私はもう、ミィスガルドでお腹いっぱいだ」


「随分強気ですね。だけどそれで良いんですか? それなら――」


 ムゥスガルドは次の言葉で、シャルハートの行動を完全に停止させた。



「それならばご友人のミラさんには、少々痛い目を見てもらわなければなりませんよ?」



「今 何 て 言 っ た ?」


 シャルハートの動揺を確認したムゥスガルドは、得意げな表情を浮かべてこう言った。


「ミラさんが心配ですか?」


「一筋でもミラに傷がついていたら貴様を『死んだ方が良い』と言わせられるくらいには」


「ふふ、大事なんですね、ミラさんが」


「貴 様 ご と き が ミ ラ の 名 を 呼 ぶ な よ」


「……貴方は今置かれている立場が分かっていないようですね」


「何が目的だ?」


 完全にザーラレイドの口調でシャルハートは聞いていた。

 その口調の変化には気づいていないムゥスガルドは用件を端的に告げた。


「今夜、月が一番高い時間。このクレゼリア学園の運動場で待ちます。そこで貴方に耐え難い敗北を与えます」


「……」


「返事がないですね、まぁ良いでしょう。お待ちしています。来てくれると願っています」


 言い終えると、ムゥスガルドの身体が霧となり消えていった。

 魔力だけで出来た幻影だ。だからこそ、シャルハートは“即座に首を撥ねなかった”。幻影に攻撃をすれば、その時点でミラに危害が及ぶ恐れがあったのだ。


「なるほど、なるほどなるほど……。どうあがいても私を怒らせたい訳か」


 自然とシャルハートの瞳からハイライトが消失していた。

 恐らくミラを選んだのは偶然なのだろう。だが、ムゥスガルドは実に幸運不幸だった。


「上 等 だ」


 煮えたぎるような怒りがシャルハートの胸で渦を巻いた。


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