第122話 次女と末妹の覚悟

「くそ……失態だ」


 シャルハートとの戦い以後、そこそこ手心を入れつつ、ミィスガルドは適当に生徒たちを倒していた。

 それが終わった後、ミィスガルドはようやくウルスラの目論見から解放され、クレゼリア学園内の誰もいない所に来ていた。

 目についた壁に背中を預け、脱力、そのまま座り込んだ。


「何なんだよあいつ……」


 思い浮かべるのはシャルハートの顔。

 勝負とかそういう次元の話ではなかった。相対することすら烏滸おこがましい――そういう話だ。


「このアタシが反応できなかった? 『白銀三姉妹』が全く勝負にすらなっていなかった? 何だよそれ、何の冗談だよ……」


 戦闘のこと以外は少々頭の回転が悪いミィスガルドはただただ混乱していた。

 尊敬すべき姉マァスガルドの目を盗んでクレゼリア王国ここまでやってきた彼女は途方に暮れていた。どんな顔をして帰れば良いのか、国が国なら自害ものだ。



「『白銀三姉妹』ともあろう人間が情けないですよ」



 聞き慣れたムカつく声。

 ミィスガルドが顔を上げると、そこには自分と良く似た顔がいた。


「ミィスガルド、だいぶ落ち込んだ顔ですね」


「ムゥか。いつの間に来てたんだ?」


「早馬でぶっ飛ばしてきました。ミィスガルドにも理解できる簡単な話ですよ」


「うるせぇ! いちいち小難しいこと言わないと気が済まないのかよ!」


「そうです。ミィスガルドを小馬鹿にするのがムゥの生きがいなのです」


「随分高尚な趣味をお持ちだな。吐き気がする」


 ミィスガルドとムゥスガルドの“いつも通り”の言葉の殴り合い。これは彼女たちにとっては挨拶のようなもの。そんな挨拶もそこそこに、ムゥスガルドは切り出した。


「それで? その顔はどういう顔なんですか? まさかあのシャルハートとやらに負けた顔じゃないですよね?」


「……お察しの通りだよ」


「へぇ。意気揚々と飛び出しておいて、随分おざなりな結果なんですね。お笑いです」


「……これが戦場ならアタシは自害しているレベルだ。何せ一撃でノされたんだからな」


 その言葉を聞いたムゥスガルドは少し違和感を覚えた。いつもならばもっと反発してくるのだ。だが、次女の予想外な返答に、末妹は調子が狂う。


「一撃……一撃ですか。随分奴を、シャルハートを評価したのですね」


「そりゃそうなるか。……なあムゥ、アタシが言った“一撃”って比喩表現か何かだと思うか?」


「貴方は仮にも『白銀三姉妹』じゃないですか。多少力があったとはいえ、そこまで評価することも――――本当なんですか?」


 ことミィスガルドは戦闘において、冗談など一切言わない。

 それ故にムゥスガルドは彼女の言葉の“異常さ”を理解した。“一撃”などという言葉、今まで一切使ったことがないのだから。


「……アタシが戦闘に関して嘘ついたことあったか?」


 だからこそですよ、とは死んでも言えなかったムゥスガルド。何せ、マァスガルドを相手にしたときですら、そんなことは言っていなかったのだから。


「シャルハート・グリルラーズ……」


「姉さまがああ言っていた理由が分かったよ。あいつは次元が違う。仮にアタシが白銀剣の力を最大稼働させたとしても勝負になったか分からなかった」


「それは真正面から戦ったら勝てない、とそう言っているんですか?」


 念の為の確認だった。

 まだムゥスガルドは信じ切っていなかった。


「……ムゥ、本当にお前は嫌味が好きだよな」


 否定していない。

 その返答がミィスガルドにとっての全てだった。

 ムゥスガルドはその言葉を受け止めるのに、少しだけ時を要し、そして切り替えた。


「分かりました。それなら今度はムゥの出番です」


「話聞いていなかったのかよ? アタシが勝てなかったんだぞ、お前がやって勝てるものか」


「貴方は言いましたよ。真正面から戦ったら勝てない、と。ならそうしなければ良いだけの話です」


 ムゥスガルドは腕を腰にやり、小さな胸を反らし、得意げな顔を浮かべる。ミィスガルドはその表情を浮かべた時の末妹の思考は良く理解していた。


「……お前、何するつもりなんだ?」


「ムゥは真正面から戦いません。搦め手を使い、シャルハートへ敗北を与えます」


 ムゥスガルドはミィスガルドへ合流するまでに情報収集をしていた。

 シャルハート・グリルラーズは常に友人といる。ミラ、リィファス、サレーナ、勇者の娘たち、そして最近加わった勇者志望のブレリィ。

 ムゥスガルドの作戦とは非常にシンプル。


「シャルハートの友人を人質にして、シャルハートを倒します」


「は? お前、仮にも『白銀三姉妹』がそんな手を使って良いと思ってんのか?」


「ムゥは『白銀三姉妹』の外聞よりも、マァ姉さまの名誉を守りたいのです。ミィスガルドは違うのですか?」


 強い意志を込めた末妹の瞳がミィスガルドを射抜く。

 その言葉は反則だ。尊敬する姉の名誉を守りたくない妹なぞいない。

 ミィスガルドは反論の言葉を出そうと、口を開いた。


「違わねえ、よ」


 出たのは反論ではなく、同意の言葉だった。

 それを聞いたムゥスガルドは少しだけ口元を緩める。


「協力してくれますねミィスガルド。ムゥの考案した作戦でマァ姉さまの名誉を守りましょう」


「……姉さまは許さないだろうな」


 これがもしマァスガルドの耳に入ったらどうなるか、分からない二人ではない。

 『白銀三姉妹』の地位を取り上げられるのはまだ可愛い方で、最悪絶縁を言い渡されることも考えられる。

 だが、それでも――。


「はぁ……せめて上手くいくことを祈るしか無いな」


「? 何をぶつぶつ言っているんですか? 段取りは組めているので、その打ち合わせをしますよ」


「へいへい。頭の良いムゥがどんな完璧な段取りを組んでいるか楽しみで仕方ないぜ」


 ムゥスガルドは決意していた、姉の名誉を守るため。

 ミィスガルドは決断した。末妹と一緒に馬鹿なことをやるため。

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