第121話 シャルハートの許せないこと

 シャルハートが無言で立ち上がり、ミィスガルドの前へ出る。

 シャルハートは既に彼女を一人の敵として見ていた。


「ミィスガルドさん、お疲れじゃないですか? 少し休憩でもしては――」


「御託は良い! 準備運動が終わって、ようやく身体が温まってきた所なんだ。早くやろうぜ!」


 生徒会長ウルスラが細く長い腕を天へ振り上げる。

 戦いの開始と受け取った双方、大きく距離を離し、その瞬間を待つ。


「さて。ここからがメインですよ。ミィスガルド、あのくそ銀髪をぶちのめしてやってくださいね!」


「あら? ウルスラさん、貴方どっちの味方なのかしら?」


 隣で聞いていたプリシラが小首を傾げた。品行方正、完全無欠で通っている彼女にしてはらしくない言葉遣いだと感じたからだ。


「わ、私はもちろん全ての生徒たちの味方ですよ!」


「その割にはミィスガルドさんに肩入れしてたような……?」


「ただし、『シャルハート・グリルラーズさん以外の』という言葉が前に入りますがね」


「あ、分かった! もしかしてウルスラさん、貴方シャルハートさんのこと嫌いね? 生徒会長にあるまじき発言で私、びっくりしちゃいました。でも面白そうだからその辺りは不問にします!」


 ウルスラ、そしてプリシラの会話が聞こえていたシャルハートは、今の感情を一言で表す。


「そっかぁ、私ってやっぱりある程度敵を作ってしまう罪な奴なんだね」


 昔も今も、あるがままに生きていたらこういう余計な敵を作ってしまう。その度に葬ってしまうのが一番簡単なのだが、それはそれでつまらない。

 ――我ながら相変わらず面倒な性格だ。

 そう、シャルハートは己を嗤った。


「ということなのでミィスガルドさん! 本来ホームとも呼べる場所には敵しかいないですが、私はちゃんと戦おうと思います」


「当たり前だ! 元々アタシは姉さまを倒した相手をぶっ倒すべく来てるんだ!」


「マァスガルド……マァスガルドさんからは私について何か言っていましたか?」


 ミィスガルドはその言葉を聞いた瞬間、尊敬すべき姉マァスガルドの言葉が脳裏に浮かんだ。



 ――シャルハート・グリルラーズには絶対に絡むなよ。心を乱していたとはいえ、それでも全力を出してなお、届かなかった相手だ。



「……うるさい」


「何て?」


「うるさい! アタシは認めない! お前が何か汚い手を使って姉さまの隙を作り、浅ましくもそこを突いたに決まっている!」


「――は?」


 シャルハートの様子の変化に気づいていないミィスガルドは、感情のままに続けた。


「おかしいだろう! アタシとムゥが二人がかりでやっても勝てないんだぞ! だったら姉さまが油断したか、お前が何かやっていないと色々と合わないだろうが!」


「……ミィスガルドさんは、マァスガルドさんが油断か何かがあったから負けたと――『本気』でそう思っているんですか?」


 ミィスガルドはここで冷静になるべきだった。

 少し頭を冷やせば、シャルハートの変化にも気づいていたはず。この瞬間、戦士として本物の素質を持つミィスガルドの眼は完全に曇っていた。


「当たり前だろうが! 姉さまが負けるわけがない!」


「そうですか……そうか……良く分かった」


 ミィスガルドが白銀の大剣を大上段に構え、今にも飛びかかってきそうだった。

 対して、シャルハートは右手を軽く握りしめるだけ。


「もう話はいいだろう! 行くぜ!! 姉さまの敵を――――」



「思 い 上 が る な よ」



 『目の前』にいたシャルハートがそう言った。

 ゴトン、と巨大な鈍器をぶつけたような音が鳴り響く。

 次の瞬間、ミィスガルドは地面に倒れていた。


「――ん?」


 意識はある。むしろ鮮明。

 だが、身体は地面にあった。ミィスガルドは何が何だか分からなかった。

 何故――。


(は? 何で? 何でアタシが倒れてるんだ? 頭痛い? 何で? 殴られた? いつの間に? どうやって近づいた? アタシが気づかなかった? 何で何で何で?)


 起き上がろうと四肢に力を込める。

 だが、ピクリとも動かない。

 それも無理はない。シャルハート渾身の拳骨がクリーンヒットしたならば、一時的な行動不能は当然のことなのだから。


「何で、立ち上がれないんだ? アタシがゲンコツ一発でコケたのか? 冗談だろ?」


「ミィスガルド」


 シャルハートは地面に膝をつき、ミィスガルドにしか聞こえない声量で話しかける。


「マァスガルドのことを一番侮っているのは誰だと思う? 私? いいや違う。他でもないお前だよ」


「な――!?」


「マァスガルドが油断したから? 私が何かをしたから? ふ ざ け る な よ。私が戦ったマァスガルドはそんな戦士じゃないっていうことくらい、お前にも分かるだろ?」


「それ、は……」


 突然の豹変に驚きながらも、ミィスガルドは答えた。

 シャルハートは更に続ける。


「マァスガルド・ローペンワッジは白銀の剣を賜りながら、どんな状況でも全力を尽くして戦えない能無し」


「はっ!? お前、何を――」


「ミィスガルド、お前が今まで言っていた言葉を纏めるとこうなるんだよ。理解しろ。大事な姉が倒されたショックでどれだけ愚かなことを言っているのかを」


「そん、な……アタシは……」


「もしかしたらお前の言う通り、何かがあったかもしれない。だけどそれで報復やそれに近い何かを望むほど、お前の姉には矜持が無いのか?」


「うっ……」


「考えろ。マァスガルドほどの騎士が報復に来ない理由を。お前の立場なら、どうだ?」


 もしも、尊敬すべき姉の立場ならば。

 いいや、そんな『もしも』を考える必要はない。

 全力を尽くしてもなお勝てなかった相手に対する“礼儀”は良く分かっている。


「……くそ、くそぉ。ごめんよ姉さま……」


 ミィスガルドはそこから沈黙した。

 それを確認したシャルハートは立ち上がり、背を向ける。


「正面から叩き潰すにも、それなりの後日談が発生しちゃうってことなんだろうなぁ」


 改めてシャルハートは己の強さを再確認することとなった。

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