第120話 ミラの大博打
ミィスガルドは三人の表情の変化に気づいた。
ここまで圧倒的な力を見せてもなお、諦めないどころか勝とうとしている。それは戦場で最も大事な感覚だ。
――だからこそ潰す。徹底的に潰す。
中途半端な勢いは完全に挫くに限るのだ。
白銀の大剣を掲げ、一度大きく振り回す。
「ようお前ら! だいぶイイ顔になったな! だけど時間が勿体ない! アタシもそろそろ本腰入れてやらせてもらおうか!」
突きつけた白銀の大剣から闘気が吹き出している。戦いに多少心得のあるサレーナは、その闘気の濃さを正確に受け取っていた。
「……ミラ、ブレイヴ。だいぶ……いや、相当本気になっている。覚悟はいい?」
「僕はいつでも準備万端だよ」
「私も! もう怖がらない!」
作戦会議は既に完了していた。後は実行に移すだけ。
開幕の狼煙が必要だ。こういうものは派手であればあるほど良い。
先陣はサレーナ。右手に凍気を十分に漲らせ、それを思い切り振るった。
「『
振るった腕の軌跡がそのまま巨大な氷の刃となって、ミィスガルドへ襲いかかる。
「氷の刃か! こいつはまともに防がなきゃあな! 白銀剣よ! 私が力を与えてやる!」
白銀の大剣にミィスガルドの魔力が走る。直後、大剣が白銀の光に包まれる。まるで地上に降りた月光を思わせる。
向かってくる氷刃に対し、ミィスガルドは下から上へ斬り上げた。
まるで三日月を思わせる流麗な斬撃は、氷刃を木っ端微塵に砕いた。
「綺麗な氷だ。だからこそやる気が沸き立つというもの!」
舞い散る氷片を目眩ましに、ブレリィが突撃する。
「一瞬反応が遅れた! だが、それまでだ! もうお前は弱っちいということを完全に理解したよモヤシめ!」
白銀の大剣とオルトハープンが激突する。少しだけ距離を離した後、すぐに二人は斬り結ぶ。だが、自力が違いすぎる。剣速、威力、そのどれもがブレリィの技量を容易く凌駕している。
だが、彼はそれに関して、絶望していなかった。むしろ、そんな光速の攻防の中、彼の意識は別の所へ向いていた。
ソレを確認できたブレリィは小さく呟いた。
「頑張ってほしいな、ミラさん」
「何を言っているのか分からないが、負けた時の言い訳って奴でいいんだろうな!」
白銀の大剣を真横に構えたミィスガルドはそのまま振るおうとした。
「ん?」
ふと右腕に感じた違和感。そこでミィスガルドは異変に気づく。大した事のない『はず』の異変。
――ミラが足りない。
嫌な予感がしたミィスガルドが右腕を見た。――ミラが両手でガッチリと掴んでいた。
「なっ……いつの間に……!?」
ミィスガルドの卓越した五感はたかが数人の攻撃に紛れたくらいで鈍ることはない。
その答えはサレーナの魔法にあった。
小さな氷を乱反射させ、辺りの景色と同化する隠蔽魔法『
サレーナの技量を以てすれば、少しの間とはいえ、ミィスガルドの目を盗む事を可能とした。
「やああああああ!!」
ミィスガルドの身体が浮いた。すぐに真横に力を感じる。ぐるりと一回転。
ミラがミィスガルドを振り回していたのだ。
「嘘、だろ……!? このアタシがこんなひ弱そうなのに!?」
特殊な鍛え方をしていないミラがミィスガルドを振り回すのは不可能だ。しかし、『
「いっっっけぇぇ!!」
中空へ放り投げられるミィスガルド。
そこは完全なる無防備なる空間。地への落下を開始するミィスガルドを見ながら、ミラは口を動かした。
「そうだ……私は弱い。だから、強い人がやっていたことで真似できそうな事をするしかないんだ。だから、こうした。……シャルちゃんがここぞという時にいつもやっていたコレを!」
ミラが知っている限りで二人。マァスガルド、そして古の魔王ゼロガを相手にしても、シャルハートはこうしていた。
空中へ放り投げ、防御行動を困難にさせた上で――避けようのない攻撃を叩き込む。
ミラ一人では“次”の行動は無理だ。だが、あと二人ならそれが可能だった。
「今だよ!」
「合点」
「ミラさんが作ってくれたチャンス、無駄にはしない」
サレーナが右手をひらりと振ると、空中に魔法陣が出現。そこから『
落下中のミィスガルドは白銀の大剣を振り回し、迫ってくる氷の茨をひたすら切り払う。
その間、ブレリィはミィスガルドの着地点へ走っていた。彼は立ち止まり、オルトハープンを構え、跳躍した。
「取ったぁぁぁ!!」
「くそ、防御が間に合わない……!」
殺し合いではないので、ブレリィは刃を寝かせ、刀身の腹でミィスガルドの胸を殴った。
「ようやく、一撃!」
着地後、すぐにサレーナとミラの元へ帰還したブレリィはミィスガルドを油断なく見る。
ミィスガルドは驚いた表情で胸を撫でていた。
「アタシが一撃もらったか。『本番』で、なおかつもっと力量が近い奴なら、かなりヤバかった。……っていう所だろうな」
「どうだミィスガルドさん。僕たちの一本、ってところじゃないですか?」
「はっ。まだまだだ――」
ブレリィが瞬きをした次の瞬間、ミィスガルドがそこにいた。
「この馬鹿!」
防御行動に移ろうとする前に、ミィスガルドの鉄拳がブレリィの胸に突き刺さり、そのまま気絶した。
「が!!」
サレーナが援護しようするが、ミィスガルドが白銀の大剣を投擲し、攻撃準備を妨害。そのままミィスガルドはサレーナへ最接近。そのまま彼女はサレーナの
あっという間の出来事だった。ミィスガルドがいかに力を温存していたか分かる早業。
これでミラとミィスガルドの一対一。
ミィスガルドは無言で白銀の大剣を拾い上げ、切っ先を突きつける。
「……降参か?」
「……悔しいです」
教師プリシラがミィスガルドと三人の間に入り、勝敗を確定させた。
生徒たちが拍手をし、戦いに参加した全ての者を称えた。
その拍手の中、ミィスガルドはミラへ近づき、そして――。
「え、ミィスガルドさん!?」
ミィスガルドがミラに対し、頭を下げた。
「お前は場違いじゃなかった。お前がいたから一瞬とはいえ、戦況が傾いた。……悪かったよ、場違いだなんて言って。発言は撤回する」
「私、嬉しいです。ミィスガルドさんほどの人に少しでも認めてもらえたことが」
「……はっ! 性格が良い奴の相手は肩凝っちまう。早くあっち行きな。アタシは『次』があるからな」
そう言うミィスガルドの視線は、シャルハートへ向いていた。
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