第117話 ウルスラ先輩の企み
クレゼリア学園運動場に仁王立ちする白銀の騎士あり。
白銀の大剣を突き刺し、両腕を組む彼女は、さながら武神と見間違うほどの迫力だった。
そんな彼女に立ち向かう三矢あり。
「ミィスガルドさん! 僕達の力を見せよう!」
「……『白銀三姉妹』、今度こそ倒す」
「わ、私って本当にこの場にいて良いのかな……?」
先頭にはブレリィ、そして後ろには闘志を燃やすサレーナと震えるミラ。
見学する生徒たちの中にはシャルハートとリィファスが混ざっていた。
「ねえシャルハートさん。そろそろ機嫌戻さない?」
「あんなこと言われたら無理ですよそれは。ほら、ウルスラ先輩は面白がってるし、ミィスガルド……こほん。ミィスガルドさんはもっと闘志燃やしているし」
この戦いを取り仕切る教師プリシラと生徒会長ウルスラは、これから起こるであろう戦いを興味深そうに眺めていた。
どうしてこうなったのか。本来ならばシャルハートとミィスガルドの一騎打ちにでもなるはずなのに、ブレリィが白銀の次女に立ち向かうというのはどういう了見か。
話は少しだけ戻る。
◆ ◆ ◆
「生徒諸君! 面白いイベントは好きですかー!?」
運動場の中心でウルスラが呼びかける。すると『応!!』と生徒たちからの威勢のいい言葉が返ってくる。耳に手を添え、望み通りの答えを満足げに確認したウルスラが両手を広げる。
「皆さんは実に幸運です! あのクレゼリア王国の同盟国であるレクレフリア王国から、『白銀三姉妹』の次女ミィスガルド・ローペンワッジさんがやってきてくれましたよ!」
ウルスラの隣にいるミィスガルドが魂の抜けた表情で手を振り返していた。
ミィスガルドの行動に生徒たちは沸き立つ。純粋にイベントが好きなのもあるだろうが、ウルスラによる煽りが絶妙に効いているのだ。シャルハートは遠い目をしながら彼女の立ち回りを見守っていた。
「ウルスラ先輩って下手すればその辺の王より王な気がするよ」
「あら、リィファス王子その辺の発言って色々とまずいのでは?」
「はは、シャルハートさんを前に今更すぎじゃないかな? それに、僕はこういう発言をしても大丈夫な人間としか、一緒にいないつもりだけど?」
いたずらっぽくリィファスがウィンクする。
つくづく人間が出来ているな、とシャルハートは口には出さないまでも好意的に話を合わせた。
「その辺は置いておくにしても、ウルスラ先輩の人心を掴む術はすごいと思うよ。君は? そうは思わないのかい?」
「……まぁ、言い方悪いけど、たかが模擬戦をあそこまで盛り上げられるのはすごいと思います」
『ウルスラ先輩』コールが鳴り響く。シャルハートはあの士気の上がり方を見たことがある。
「あれ、戦に出る前の光景ですよ。私を殺しに来る奴らが、あんな感じに盛り上がっているのを見てたから断言できます」
「説得力がすごいね。あのシャルハートさんが言うなら、間違いないのかな」
経験に則った言葉には多分な説得力が宿る。リィファスはただ彼女の苦労を想像することしか出来なかった。
「だからこそ、ウルスラ先輩の企みが本当に分かりません。ただのお祭り好きなら良いんですがね」
リィファスは少しだけシャルハートの言葉を肯定しきれなかった。リィファスから見たウルスラ・アドファリーゼとは、超越的な実力を持ったカリスマ、そう認識していた。
「シャルハートさんってやっぱり変わってるよね。皆ウルスラ先輩の事を尊敬しているのに、一人だけ敵視している。ウルスラ先輩の何が気に食わないんだい?」
今日の趣旨や予定を喋るウルスラを見ながら、リィファスは言う。傍目から見て、ウルスラには何も欠点はなかった。
だが、シャルハートだけは唯一その流れに逆らうのだ。
「……同族嫌悪、ですかね」
リィファスの話術、とでも言うべきなのか。シャルハートはぽろりと本心を喋っていた。
ウルスラの立ち回りはどうしても昔の自分を思い出す。だからこそシャルハートはウルスラが気に食わなかった。
「そっか。なら、やっぱりウルスラ先輩は優秀なんだなと確信できたよ」
「リィファス様って、そういう所ありますよね」
「そういう所がなければ王子なんてやっていられないよ」
ウルスラがミィスガルドをずいずいと前に出す。
「さて、それでは皆さんミィスガルドさんから一言いただきましょう! これからの模擬戦に熱が入るような、そんな一言をよろしくお願いします!」
「はぁ……アンタの言葉を聞いているとこう、逆らうのが馬鹿らしくなってくるよ」
「それは光栄です。そんな貴方なら当然ガツンと気合を入れてくれるのでしょうね?」
「……ハッ! 当然だろ」
ウルスラとの短いやり取りの後、ミィスガルドは前に出た。
「既に名前は聞いていると思うが、改めて名乗ろうか。アタシはミィスガルド・ローペンワッジ。レクレフリア王国『白銀三姉妹』の次女だ。今日はこのクレゼリア学園に戦技の講師として来た。これから戦ってやるが……アタシがわざわざ戦うんだ、ヌルい戦いは好まない。アタシに怪我負わせられる腕持った奴とやりたいんで、そこんところヨロシク!」
腕を組みながらのミィスガルドの言葉は、何も魔法を使っていないにも関わらず、腹の底から響くような声量だった。
「アタシと戦いたい奴、前に出ろ」
それに気圧された生徒たち。すっかり萎縮しているようだった。
シャルハートはじっと誰が先に立候補するか様子を伺っていた。あのお坊ちゃまライル・エキサリスを見てみるが、少々怖気づいているようだ。
ミィスガルドの視線はシャルハートに向かない。ミィスガルドのことならば、すぐにでもシャルハートと戦いたいと、意思表示をするものだと思っていた。
だが、ウルスラに何かを言われているのだろう。視界に入れないように努めているように感じた。
そうなってくると名乗りを上げるだろう人間は戦闘狂サレーナ。彼女は一に戦闘、二に戦闘だ。
「はい! 僕やります!」
その声の主に視線が集まる。
『彼』は立ち上がった。そして、ミィスガルドへ微笑みかける。
「史上最強の勇者を目指すブレリィ・マリーイヴが貴方に挑戦します」
勇者志望ブレリィがサレーナよりも先に名乗りを上げた。
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