第116話 白銀、またしても動く
ミィスガルドがウルスラに連れ去られた後、シャルハートは教室に戻っていた。
時間は気づけば放課後。それでも皆は待っていてくれた。
「あ、シャルちゃん。お帰り! 大丈夫だった?」
「うん、大丈夫だったよ。ちょっと血の気が多い人だったけど」
「でもシャルハートさんは無傷で戻ってきた。これは凄いことだよ」
ブレリィが実に嬉しそうに拍手をしていた。
彼の目は、少年のようにキラキラしている。
「感じた魔力から察する事ができる明らかな強敵! それに立ち向かい、無事生還するシャルハートさん! 痺れるよ!」
「……ブレイヴの言うことも分かる。私も戦ってみたかった」
いつもどおりのシャドーボクシングをしていたサレーナは、左腕を突き出した辺りで、動きを止めた。
「……でも、あの魔力。似ていた。マァスガルド・ローペンワッジと」
「マァスガルド卿と?」
リィファスは本人の可能性をあげてみるが、彼女はすぐに首を振る。
「ううん。似ているけど違う。あれは別人」
「流石はサレーナだね。うん、私が戦っていたのはマァスガルドの妹なんだ」
レクレフリア王国が誇る精鋭部隊『白銀三姉妹』の次女ミィスガルド・ローペンワッジ。長女と戦ったことのあるブレリィ以外は、その強さがどれほどのものか知っていた。
そんな大物が、わざわざこのクレゼリア学園にまでやってきた。
「……もしかして敵討ちにでもやってきたのかい?」
「リィファス様流石。やっぱ王子は伊達じゃありませんね」
「はは……嬉しいよ。褒めてもらえたことと、まだ僕が王子だって覚えててくれたことの二つにね」
ここでミラが言いづらそうに手を挙げた。
「もしかしてだけど……またシャルちゃん」
彼女が言いたいことにピンと来たシャルハートは微笑みながら返した。
「そう、私が逃げられないよう絶妙に策が巡らされた戦いに身を投じることになる」
そう言う彼女は落ち着いていた。この類のイベントはもはや日常茶飯事。ザーラレイド時代ならば、常に降り掛かっていたことである。狼狽えるのも今更だった。
そんなシャルハートを見るブレリィの眼差しは羨望に満ちていた。
(『白銀三姉妹』と言えばレクレフリア王国の精鋭部隊。その一翼を相手に凄い落ち着きだ……やはり僕のライバルに相応しい)
史上最強の勇者を目指すブレリィはまた一つ、彼女を超えなければならない相手として認識を深める。
だが、シャルハートとの仲は始まったばかり。今からアクションを起こしてギスギスしてしまえば元も子もない。
そこでブレリィは思いついた。手っ取り早く彼女に注目してもらえる一手を。
◆ ◆ ◆
レクレフリア王国レクレフリア城。
その中にある『白銀三姉妹』の部屋では、マァスガルドが机に肘を付き、頭を抱えていた。
「参った……」
頭の中の議題は妹ミィスガルドのことであった。
最初に気づいたのは早朝だった。いつもならば騒がしいはずの時間帯が嘘のような静けさ。てっきり修行でもしているのかと思い、気にしていなかったら、なんと昼にルルアンリが突然やってきた。
彼女の話を聞いた瞬間、天地がひっくり返りそうになったのは決して気の所為ではないだろう。
「レクレフリアの最高戦力が気軽に行ける場所じゃないということを理解しているのだろうか……」
『白銀三姉妹』の動きは常に注目されている。その胸にあるのがどうあれ、必ず受け手の見解が分かれてしまうのだ。
下手を打てばこれを口実に攻め入られることも、国として弱い立場になることもあり得る。
「日頃から教育はしてきたつもりだったが……」
こうなれば、もはやミィスガルドは目的を果たすまでテコでも動かない。
完勝して満足するか、完敗して満足するかの二択だ。
「……さて、どうするべきか。私が行くのもアリだが……」
コンコン、と扉がノックされた。
入室するように声をかけると、マァスガルドと良く似た顔立ちの黒髪ショートカットの少女が現れた。
「マァ姉さま、ムゥが行きます。それで、ミィを一発ぶん殴って連れて帰ってきます」
若干舌足らずな口調で、マァスガルド似の少女が意思を示した。
「……聞いていたかムゥ」
「たまたま通りかかったらルルアンリ様とマァ姉さまが話しているのを聞いてしまいました。……ムゥスガルドは反省しています」
「ごめんなさい」と頭を下げるムゥスガルド。
「いや、良いんだ。そうか、ならば話が早いな。行ってくれるかムゥ?」
「もちろんです。ムゥはいつでもマァ姉さまのお役に立ちたいと思っています」
「お前のような妹を持てて私は幸せだ。ありがとうムゥ」
「えへへ」
ムゥスガルドは頬を赤らめ、嬉しそうにしていた。
そんな彼女に、マァスガルドは人差し指を突き出す。
「それでは『白銀三姉妹』ムゥスガルド・ローペンワッジに命ずる」
その言葉に即座に反応。ムゥスガルドは居住まいを正す。騎士の端くれとして、尊敬すべき姉の前として、中途半端な姿を見せるわけにはいかないのだ。
「急ぎクレゼリア王国へ飛び、ミィスガルド・ローペンワッジを確保。手段は、殺しと暴力以外なら問わない。それでは行け」
「了解です。ムゥスガルドはクレゼリア王国に行って、ミィスガルドを引きずってきます」
「良い成果を期待している。あぁ、そうだ待てムゥ」
出ていこうとする直前、マァスガルドが声をかける。
「シャルハート・グリルラーズという者が今回私を倒したというのは知っているな?」
「……はい」
「念の為言っておくが、決して絡むな。精神魔法に囚われていたとはいえ、私が殺意ある攻撃を行ってもなお届かなかった相手だ」
「……ムゥは、マァ姉さまが負けたなんて信じていません」
廊下に出たムゥスガルドの目は鋭かった。
「ムゥはミィスガルドよりも力が上。ならマァ姉さまの敵を討てるのはこのムゥスガルドしかいない」
ムゥスガルドは腰に提げている白銀の短剣を抜いた。
世界の裏側まで見えそうなほどの澄み切った刀身。そこに映るは決意に満ちた少女の顔。
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