第115話 元“不道魔王”対ウルスラ先輩

 爆発。轟音。閃光。熱風。

 五十の炎弾と五十の氷弾が飛び交い、百の雷撃と百の土石が舞う。


「ウルスラぁ!」


「先輩と呼びなさい腐れ銀髪!!」


「おい! アタシを無視するなァ!」


 ミィスガルドの瞳に神速の攻防が映り込む!

 フェイントと本命を織り交ぜた攻撃魔法。恐るべくは魔を極めた者シャルハートの攻撃を捌き、なおかつ反撃が成り立っているウルスラ・アドファリーゼの技量。

 それは攻撃をしているシャルハートが一番感じていた。


(流石はワイズマン・セルクロウリィの血族といったところか? いいや、血は関係ない。これはウルスラの実力だ)


 ウルスラの三百六十度に魔力弾が出現。そのどれもが槍の切っ先を持ち、確実な死をもたらすであろう。

 シャルハートが右手を振り上げた。

 死のダムが決壊する。光の速さでウルスラに着弾。大きな爆音とともに煙が周囲に充満する。

 そんな神代の戦闘の中、一人取り残されたミィスガルドは白銀の大剣を振り回し、必死にアピールする。


「お前らで盛り上がるなァ! アタシから始まったケンカだろうがァ!」


「いい加減お前を倒さなければ気が済まなかったんだウルスラ!」


「お前!? ウルスラ!? 先輩でしょうが私は!」


 そんな必死の叫びは二人には届かなかった。

 だが、別の人間にはきっちりと届いていた。

 シャルハートとウルスラが互いに拳を振り上げ、接近。拳と拳の名刺交換をする刹那――!



「私の学園を潰す気なのあんた達は!」



 シャルハートとウルスラの後頭部に激痛が走る。

 ようやく止まった戦闘。傷だらけの二人の間に立っていたのは学園長ルルアンリ・イーシリアであった。


「うぅ……ひ、酷いですよルルアンリ様。私が一体何を……? そこのくそ銀髪の方が悪質なことをしているじゃないですか……」


「ルルアンリ先生……誅戮ちゅうりくすべきは、そこのウルスラ先輩でしょうが」


「どちらも公平に悪! 少なくとも私にとってはね」


「くそ……私がルルアンリ先生から攻撃をもらうとは」


 シャルハート的にはそこが一番気に食わなかった。全盛期と認識していたときより更にキレが増したのではないか、そう思わせる一撃だった。

 そんな元魔王の思考を読んだようにルルアンリは胸を張る。


「ふ……この私が貴方相手に鈍った姿を見せるわけがないのよ」


「はいはい、なお健在のようで何よりだよ」


「……何の話をしているのですか?」


 ウルスラが首を傾げているところを見ると、ルルアンリはそこまで口は軽くないようだ。

 シャルハートが適当にはぐらかした辺りで、視界に入っているミィスガルドへ意識を向ける。


「それで、ミィスガルドさんはどうしてそんなに怒っているんですか?」


「二つ! 一つはマァスガルド姉さまを倒したこと! 二つ目はたった今、お前らが揃いも揃って無視してくれやがったことだ!」


 もはや最初の迫力はないミィスガルド。

 学園長ルルアンリはミィスガルドの頭をポンポンと叩いた。


「久しぶりねミィ。大きく、そして強くなったわね。昔の泣き虫ぶりが嘘のよう」


「は、離せルルアンリさん! アタシはもう昔のアタシじゃない!」


「そう? 私にしてみれば変わりないと思うけどね。それで? どうしてここまで来たの? マァスガルドの敵討ち?」


「そうだ! 姉さまがあんな奴にやられたなんて信じられない! 何か小細工をしたに決まっている! だからこのアタシが自ら確かめに来たんだ」


「なるほど……ね」


 ルルアンリはちらりとシャルハートを見る。

 元“不道魔王”は何とも微妙な表情だった。シンプルに実力で倒しただけに、どう返そうか悩んでいるのがよく分かった。

 ルルアンリがフォローを入れればこの場で丸く収まる。『白銀三姉妹』とルルアンリの間に築き上げられた信頼関係はそれなりだ。

 故に、ルルアンリは安易にその手を打ちたくはなかった。


「じゃあミィ。場を整えるから改めて戦ってみたらどうかしら?」


「ルルアンリ先生?」


「ルルアンリさん、それってどういうこと?」


 嫌な予感しかしない。シャルハートは今すぐにでも割って入りたかったが、ウルスラが無言で笑っている。

 犬猿の仲である彼女にしてみたら、シャルハートが困るイベントは好物中の好物。確実に邪魔が入るのは目に見えていた。


「前にも言ったと思うけど、クレゼリアとレクレフリアは同盟国。だからこれはそうね、交流ということでいきましょう。レクレフリア王国の精鋭部隊『白銀三姉妹』の次女が戦技の講師として、このクレゼリア学園に来てくれたということで」


 ウルスラは手で“オーケーサイン”を出しながら頷いた。


「合点承知です。早速この頼れる私、ウルスラ先輩が上手いこと場を整えてあげましょうとも」


 そういえば、とシャルハートは口を挟む。


「どうしてウルスラ先輩はミィスガルドさんのことを知っていたんですか? 初対面じゃないんですか?」


「アタシも気になってた」


「あぁ、そのことですか。なんて事はありませんよ。だって貴方がこの学園に来た段階で私は貴方のこと見てましたもの。だから貴方が自己紹介しながらその大剣を投げたところも見てたから名前を知っただけです」


 確かに思い切り自己紹介していた。シャルハートとミィスガルドはその時の事を思い返す。

 そういうことならば少し分からないことが出てきた。


「ん? じゃあ何で知っているような雰囲気出してたんですか?」


「え、だって憧れませんか? 『何でも知っている完璧超人』! みたいなポジション。だからさっきのはチャンスだなってワクワクしてました」


「……ただのハッタリだったとは。しかも誰も得しないやつじゃないですか」


「私が得しているから良いんですー。ということでミィスガルドさん、ありがとうございました。お陰で気持ちよかったです」


「お、おお……?」


 握手を求められたので、それに応えるミィスガルドの心中は複雑だった。

 彼女の頭の中で、『ウルスラ・アドファリーゼは警戒しておいた方が良い』と結論づいた。


「さぁさぁ。ミィスガルドさん、早速今後の打ち合わせをしましょう。まずは生徒会室まで」


「は、はぁ!? 今からか!?」


 直後、ウルスラとミィスガルドの姿が消えた。

 魔力の残滓から、空間転移の魔法を使ったとすぐに理解した。

 取り残されたシャルハートとルルアンリ。

 ルルアンリがぽつりと言った。


「……今更だけどこれマァスガルドは知っているのかしら?」


「知らないと思う」


「そうよねぇ……はぁ。これからレクレフリア王国に連絡しないと」



 腐っても学園長なんだなと、シャルハートは珍しくルルアンリに同情した。


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