第114話 白銀の次女

「もう一度聞くゥゥゥゥ! シャルハート・グリルラーズはどこだァァァァ!?」


 クレゼリア学園正門。

 そこに声の主である女性が立っていた。腕を組んで立っている姿もさることながら、腹の底から響く声量はまさに軍を率いる将の風格。

 ブーツ型の軍靴、翼の付いたベルが縫われた軍服、腕には革製の篭手こて。顔だちはやや幼さが残るが、戦士としては申し分なし。腰まで届く長い黒髪は、後頭部付近の一房を纏めている。


「……あれ? 見覚えがあるぞ」


 熱烈な『呼び出し』を受け、馳せ参じたシャルハートは彼女を見るなり、酷い既視感に襲われた。

 彼女の高い記憶力はすぐに一人の人間にたどり着いた。同時に、ある人物の言葉を思い出す。



 ――もし妹達と出会う事があれば、相手にせず逃げてくれ。私を負かしたシャルハート殿に何をしてくるか分からないんだ。



「まさか……」


 件くだんの女性はシャルハートへ視線を向ける。対するシャルハートは彼女の背にある“白銀の大剣”を確認していた。


「その銀の髪。びりびり感じる闘気。そうか、お前がねえさまを倒した奴だな」


「シャルハート・グリルラーズです。はじめまして」


「はじめましてミィスガルド・ローペンワッジでェェェす!!!」


 シャルハートの目の前に白銀の大剣が迫る。挨拶と同時にミィスガルドが投擲していたのだ。

 ぐんぐん勢いをつけ、向かってくる大剣に対し、シャルハートは避けることで対応した。ひらりと髪の毛一本が舞う。避けきったつもりだったが風圧で斬れてしまった。

 中々の膂力りょりょく。マァスガルドとはまた違う剛力の剣とシャルハートは分析する。

 目標を失った白銀の大剣は回転を続けたまま、持ち主であるミィスガルドの手元へ戻っていく。


「おい避けるな! アタシの投げた剣だぞ!? 当たれ!」


「無茶言わないでくださいよ! あれ当たれば死にますよ!」


「死ね! 姉さまの名誉のために死ね!」


「……マァスガルドとまるで違う」


 つい前世の口調でぽろりと呟く。それが火に油を注ぐことになった。

 耳ざといミィスガルドはその単語に激昂する。


「姉さまの名を軽々しく、そして呼び捨てるとはなァァァん!?」


 片手だけで白銀の大剣を一回転させ、切っ先をシャルハートへ向ける。


「改めて名乗ろうか! アタシは『白銀三姉妹』次女ミィスガルド・ローペンワッジ。姉であるマァスガルド・ローペンワッジの無念を晴らすべく、アタシは見参した!」


「末っ子さんも来ているんですか?」


「ムゥスガルドのことか? あいつならレクレフリア王国だ!」


「それを聞いて安心しましたよ」


 てっきり物陰から狙っているものかと考えていたので、この情報はシャルハートに安心を与えた。

 ならば、あとは目の前の猪突猛進騎士をどうにかするだけ。

 説得、逃走、それともルルアンリを呼ぶ。

 そうだ、色々と穏便に済ませる手はある。できるだけ恨まれないよう、彼女にお帰り願った方が今後のためた。


(心 置 き な く ぶ ち の め そ う)


 それらの手段を全部放り投げた。

 この類は完膚なきまでに叩き潰して、立ち向かおうという気を起こさないようにすれば良いのだ。

 幸い、このミィスガルドは生粋の戦士。結果に不平不満を抱く相手ではない。

 ミィスガルドは大剣を構え直し、脚に力を込める。大地の力を存分に蓄えた彼女はさながら、一つの砲弾のようだ。

 そんな白銀の砲弾に対し、シャルハートは両手に魔力を宿し、迎撃の構えを取る。


「シャルハート・グリルラーズゥゥ!!!」


 風を纏い、一個の『攻撃』と化したミィスガルドが、シャルハートを破壊せんと突貫する!



「血の気しかない猪共、なーにを熱くなってやがるんですか」



 ミィスガルドの突進が途中で止まった。ミィスガルドの四肢には魔力で構成された鎖が絡まっていた。『拘束バインド』、しかもかなり強固なバージョンだ。

 そして、今しがた聞こえた声の主をシャルハートは知っている。

 こういう場面では絶対に出会いたくない人間。ある意味で犬猿の仲、それは――。


「何だ……アタシが拘束魔法に雁字搦がんじがらめられているだと……!?」


「こと、こういう魔法に関してなら、私は強すぎるんですよね。ごめんなさい、あえて謝っておきますね。はっはっはっ」


 あからさまに嫌な顔とともに振り向くシャルハート。そこには案の定、彼女――ウルスラ・アドファリーゼがいた。


「ミィスガルド・ローペンワッジさんですね。私はウルスラ先輩ですよ」


「知ったことか……! 離せ!」


「え、ええ!? このいつも頼れる麗しきウルスラ先輩を知らないのですか!?」


「知るか! 私は姉さまの敵を討伐するためにここまで来た!!」


「敵……?」


 文脈と状況からしてウルスラはすぐにそれがシャルハートだと気づく。その上で彼女は拘束魔法を解除した。


「なるほど! それなら仕方ないですね! 行けミィスガルドさん!! 敵は奴ですよ!」


「合点承知!!」


「くそ! 私の敵は二人かっ!」


 ウルスラの裏切り。なんとなく予想していただけに、すぐに対応できたシャルハート。

 ミィスガルドはシャルハートへ飛びかかろうとした。だが、すぐに大剣を背に戻した。


「……来ないんですか?」


「止めだ。そもそも実戦ならアタシが『拘束バインド』に掛かった時点で死んでいた。そこの『ウルスラセンパイ』とやらに、アタシは殺されたんだ」


「ですって銀髪少女。私、すごすぎませんか? 銀髪少女が死にものぐるいになっていた相手に私、大勝利じゃないですか」



「い つ 私 が 死 に も の ぐ る い に ?」


「あらら……。強 が り は 必 要 あ り ま せ ん け ど ?」



 既にシャルハートの敵はミィスガルドではなく、目の前でくすくす笑うウルスラに定まっていた。

 二人の間に交わされる火花の熱量。既に言葉はいらない。あとは決戦の狼煙を上げるだけ。

 一触即発の空気。その中でミィスガルドが声をあげた。


「待て! アタシを置いてきぼりにするなよ! おまえらだけで話進めるな!!」


 事態は三つ巴。

 混沌を極めしこの三人の着地点は何処に――!?


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