第112話 運命のライバル
ブレリィは人好きのする笑顔を浮かべる。
「さっきはありがとう。お陰で席につけたよ」
「ううん。気にしないで。名前は確かブレリィ・マリーイヴさんですよね?」
「うん、呼びやすいように呼んでくれれば良いかな。他の皆さんもそれでお願いします」
「なるほど、呼びやすいように……」
形の良い顎に指を添え、シャルハートは黙考する。
どうせならすぐに覚えられるような呼び方が良いだろう。とはいえ、彼女にそういったセンスは皆無であり、そこから繰り出されるワードのクオリティはお察し。
そのことに対して、自覚がないまま、彼女は思いついたままを口にする。
「ブレイヴ君」
「ブレイヴ君?」
一瞬何を言われているか分からなかったブレリィは目を丸くする。
だがシャルハートの隣にいる親友ミラは、すぐにその内容を理解した。
「ま、まさか『
「おおっ! 流石はミラ。一瞬で私のネーミングの意味に気づけるなんて見込みあるよ」
「シャルちゃんに見込まれるっていうのは死刑宣告と一緒なんだけどなぁ」
ミラは苦笑しか出来なかった。そのままズバリ言ってしまえば、シャルハートが傷つくということが分かりきっていたから。ちなみに、辛うじて出たこの言葉はミラにとってかなり“抑えた”ものである。
そのやり取りを見ていたサレーナとリィファスは互いに顔を見合わせ、静かに首を横に振った。
「……シャルハートは強いけど時々頭が弱い」
「まあまあまあ。サレーナさん、シャルハートさんだっていつもこうじゃないだろう? そういう事は言うものじゃないよ?」
「……リィファス様、そこは私と目を合わせてから言おう」
「父上、僕は心の弱い男です……」
シャルハートの預かり知らぬ所でまたリィファスが打ちのめされた。
全体を見ていたブレリィの口元が自然と緩んでいた。それに気づいたミラが尋ねると、彼は笑いながらこう答えた。
「いや、仲が良いんだなって。羨ましいよ」
「ブレイヴ君も馴染んでいけるよ。だからそうだな、まずは私と友達になろう」
友人は何人いても良い。ザーラレイド時代で掴み取れなかったものをひたすらかき集める彼女にとって、この瞬間はまさに絶好の機会と言えた。
彼女の申し出に対し、ブレリィはふるふると首を横に振った。
まさかの拒否。シャルハートは電撃を打たれたかのように硬直したが、すぐにブレリィが手を伸ばした。
「そういうのはきっと、強く求めている側から申し出るのが筋だと思うんだ。だからシャルハートさん、僕からお願いしたい。僕と友だちになってくれないかな?」
「喜んで」
交わされた握手。シャルハートは彼の手の暖かさを知る。太陽のようにぽかぽかしていた。
しかし、とシャルハートは彼の背中にある得物を見やる。
「ところでブレイヴ君、それ随分使い勝手良さそうな剣だね」
“不道魔王”の眼は彼の背負う剣の正体を看破していた。
無機物であるはずの剣から発せられる異様な気配。
「ありがとう。僕のお気に入りなんだ、これ」
「――ただの剣じゃないよね、それ」
シャルハートの人差し指が背中の剣に向けられる。
そこでブレリィの動きが一瞬止まった。唇を僅かに開き、すぐに閉じる。その所作を見逃さなかったシャルハートは、すぐに表情を作り変える。
「なーんて冗談冗談。私好みのデザインだから少しかっこつけちゃったかも」
笑顔と共に言った言葉で、ブレリィが少し安堵したように見えた。
「シャルちゃん、ブレリィ君が困ってるよ。……あ、ブレイヴ君の方が良かったかな?」
「さっきも言ったけど、呼びやすいように呼んで欲しいな。で、ちょっと話を変えてごめんだけど……」
そう前置きするブレリィはひどく申し訳なさそうにしていた。
「今更だけど、まだ皆の名前をちゃんと聞けてなかったから教えてもらえないかなって……」
ブレリィ以外が顔を見合わせる。
すっかり自己紹介をしたものと思い込んでいた皆は、誰ともなく笑い声をあげた。
◆ ◆ ◆
放課後。
ブレリィにとっての初日は問題なく終わった。
帰路につくブレリィへ語りかける声あり。
『ブレイヴ……か。中々愉快な名前をもらったではないか』
「良く喋らなかったねオルトハープン」
意思持ちし剣――オルトハープンが僅かに振動する。
『お前があれだけ喋るなと言っていたからな。我ら意思持ちし剣は使い手の言うことをよく聞くのだ』
「そっか。それはまあ、すごいと思った方が良いのかな?」
『それよりも、だ。あの銀の少女――シャルハート・グリルラーズと言ったか? 何者だ奴は? ひと目で我を『
「え、でも彼女は冗談だって」
オルトハープンはその言葉を鋭く否定する。
『冗談ならば、我は奴に魔力波をぶつけられてはいない』
「どういうこと?」
『シャルハート・グリルラーズが我に指を向けた時、超高速かつ不可視の魔力波を放った」
「え、それ大丈夫なの?」
『我が害されるということはない。だが、ぶつけられたということが良くない』
いまいち飲み込めていないブレリィ。
それを察したオルトハープンが話を続ける。
『魔剣や聖剣を始めとする特殊な武具は、大なり小なり力を宿している。力なき数打ちの剣ならば、魔力をそのまま吸収するのだろうが、我らは違う。既に宿している力によって、ある程度の魔力ならば自動的に遮るのだ』
「あ、もしかして……」
『そうだ。奴は我の防御行動を確認したのだ。恐らく確信していたのだろうな。……そうでなければ、あれほどまでに精妙な威力で魔力波を放つことは出来ん』
「へぇ。すごい人なんだねシャルハートさんって」
『あの年齢であの判断が出来るなぞ怪物以外の何者でもあるまいよ』
ブレリィは立ち止まり、手を開き、空へ伸ばす。
「オルトハープンがそこまで言うなんてシャルハートさんは本当にすごい人なんだね。……良し、決まりだな」
開かれた手を、ぐっと握りしめた。
「シャルハートさんには、今日から僕の運命のライバルになってもらおう」
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