第8章 白銀三姉妹

第111話 史上最強の勇者を目指す者

 転入生ブレリィ・マリーイヴ。

 剣を背負っている以外は何の変哲もない少年だ。少し街を歩けば出くわしそうな、そんな平凡な顔立ち。

 転入生の茶色の瞳が銀の少女を捉えた。


「あ……」


「ん?」


 ブレリィは小さく声を漏らした。別にその子にときめいた訳ではない。そういう次元の話ではなく、もっと深淵な話。

 隣で呆けているのにも気づかないまま、教師プリシラは手を叩く。


「はいはーい。ブレリィ君はガルアノア地方の出身だそうです。遠いところからやってきたので不安なことが沢山だと思うので、みんな仲良くしてくださいね~。イジメなんかしたら、魔法ぶっ放しますのでよろしくお願いします。……あ、でもイジメてくれたらぶっ放せるのか」


 後半は教師として人間として、確実にアウトな発言だった。言及すれば教壇から引きずり下ろす事はできそうだが、その後の報復を考慮したら……。蛮勇を振るう生徒は誰一人としていなかった。


「何かブレリィ君に質問したいことはありますかー?」


 プリシラの言葉に顔を見合わせる生徒たち。いきなりのことなので、まだ事態を飲み込めていないというのもあるが、あまりに平凡すぎて質問に困っていた。

 このクラスの生徒たちは排他的ではなく、むしろ仲間に入れようという気持ちを持つ者が多いので、比較的雰囲気がいい。それにも関わらず、この無味無臭の生徒へのファーストコンタクトに悩んでしまっていた。


「プリシラ先生。いきなりでみんな困っているだろうから、とりあえず座りたいのですが……」


「あ、そう? それじゃあこれから仲良くなっていけばいいですねー。じゃあ席は……」


 プリシラは教室内を見回す。首を傾げ、今度は目を細め、じっくりと見回す。徐々にその表情が青ざめていく。


「しまった。ブレリィ君の席を用意するの忘れてた……」


 重苦しい空気が教室内に流れる。グラゼリオとはまた違った癖のある教師だとあらためて生徒たちは再認識した。

 プリシラが机を持ってこようとするが、その前にシャルハートが動いた。


「先生、これでも良いなら」


 指を鳴らす。空いているスペースに魔法陣が現れ、そこから滑らかな石が出現、そのまま机と椅子が形作られていく。シャルハートによる『土岩創造クリエイト・アース』である。

 彼女の卓越した技量にかかれば、その辺に落ちているような石ではなく、城で使われていても不思議ではない質の石を生み出すことが可能だ。


「あらら。これはちょっと気合入れすぎですね」


 机と椅子をひと目見たプリシラはその“質”を一瞬で看破する。

 だが彼女にそこまでの驚きはなかった。事前に前任のグラゼリオから話を聞いていた通りの実力だったからである。


(パッと見、あれは名城と謳われる城でも使われているレベルの石ですね。すごいなぁ。普通、この年齢の生徒ごときが作れる代物じゃないんですけど)


 学園長ルルアンリ・イーシリアは、人間界の勇者アルザと魔界の勇者ディノラスを導いた女傑である。彼女の腕っぷしはもちろんのことだが、彼女の真価はその正確な実力の把握にある。

 彼女の眼にかかれば、どんな実力を持った者だろうが、その限界値まで力を伸ばせる。

 このクレゼリア学園にいる教師陣はそんなルルアンリが手ずから選別した精鋭達。

 多少言動に問題が見えるプリシラ・ライラネールですら、彼女に選ばれた実力者なのである。


「じゃあブレリィ君はシャルハートさんが作ってくれた所に行ってください! 後で机と椅子を用意しますね」


「ありがとうございます」


 無事に席につけたのを確認したプリシラは早速授業を開始する。



 ◆ ◆ ◆



 プリシラの授業は非常に分かりやすい内容だった。

 特に攻撃魔法の運用については、彼女が元々過激な性格だというのもあるが、実に的確に指導していた。魔を極めた者シャルハートは素直にそれを認めていた。

 特化した者は時に奇抜な発想を見つけてくる。プリシラはそういう類の人間だ。


「まさか『剣の通り雨ソード・オブ・レイニー』をああいう風に使えるとはな……」


「確かに驚きの使い方だったね。でもそんな上級魔法、シャルハートさんぐらいしか使えないと思うんだけど……」


 プリシラの授業はあっという間に終わった。

 今はプリシラの授業の感想会だった。


 シャルハートの感想にリィファスが頷く。『剣の通り雨ソード・オブ・レイニー』を使えないとはいえ、彼にとってはそういった発想がなかったため、素直に驚いてしまった。

 彼がそうなのだから戦闘狂サレーナはもっと感銘を受けていた。

 彼女は鼻息を荒くしつつ、両の拳を握りしめた。


「……プリシラ先生はやる。グラゼリオ先生並に強そう。戦いたい」


「あはは……サレーナさんはやっぱりそういうのが好きなんだね。でも気をつけてね? サレーナさんに何かあったら私は気が気じゃないよ」


 もはや保護者かと思うような眼差しでミラは見つめていた。

 サレーナにお弁当を作り始めてからのミラの心境は母親そのものだった。目を離せば何か取り返しのつかないことをしでかすという危うさがサレーナにはあったのだ。


「……ミラはいつも私の事を心配しすぎ。でもありがとう。嬉しい」


「ふっふーん! もっと褒めて良いよ! 私はサレーナさんのお友達だからね!」


 そう言いながらミラは腕を組み、豊かな胸部を逸らす。傲慢ぶる彼女だが、滲み出る性格の良さが溢れ出ていた。

 彼女たちの会話の輪に、ブレリィが一歩踏み出した。


「あの……話しかけても良いかな?」


 転入生ブレリィはシャルハート達の集まりに近づいていた。

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