第106話 孤高の戦い

 開戦。

 シャルハートは両腕を操り、無数の剣を飛び回らせ、牽制とする。

 暗殺者集団はそれらの剣を何とか避け、一息で飛び込める距離を維持している。


 一対多。

 普通なら絶望的な戦力差。どこをどう頑張ろうが、限界が来て、そのまま命を散らしてしまうだろう。


 普通ならば。


 彼女はじろりと周囲を見る。使い込まれた武具、隙のない体捌き、無言でフォーメーションを組めるその対応力。どれを取っても一流の振る舞い。ガレハドへの命の見積もりの高さを理解する。

 だからこそ、シャルハートはここから一歩も通すわけにはいかなかった。


「あぁ、懐かしいな」


「懐かしいだと?」


 シャルハートの呟きに、暗殺者の一人が反応する。本来返す必要もないのだが、彼女から飛び出す言葉全てが普通ではないということもあり、つい反応してしまったのだ。

 すると、シャルハートは少しだけ遠い目をした。


「私はいつもこうやって囲まれていた。だから囲んだ事もなければ、囲む側の気持ちが良く分からないんだ、未だにね」


 彼女はゆっくりと右手を挙げる。すると、地面から光球が浮かび上がった。

 攻撃と判断した暗殺者たちはすぐに回避行動に入ろうとする。しかし、それを行うには少し遅すぎた。


「でも今なら何となく分かる。私は最強だからこうやって囲まれているのかもってね」


 瞬いた、と思ったら暗殺者の数名が宙を舞い、地面に身体を叩きつけていた。シャルハートによる高弾速、高威力の魔力弾だ。あまりにも唐突、いや、シャルハートはしっかり予備動作をしていた。

 それに対応できなかった者がやられただけだ。

 いわば、これはふるい。戦いになるかどうかを測るための儀式。先程シャルハートが無造作に放った魔力の剣ごときでは話にならない質。


 残った者がいてくれてよかったと、シャルハートは内心ホッとした。


 暗殺者たちは襲いかかってきた。一対一などそんな悠長なことはしない。可能な限り、素早く、そして確実に殺す。

 シャルハートの四方八方から凶刃が襲いかかる。しかしその刃のどれもが彼女を傷つけることはなかった。

 一人が吹き飛ぶ。ドーム状に展開された魔力障壁の内側から、シャルハートは目についた暗殺者の腹に攻撃魔法をくれてやったのだ。


「うん、やはりこれを使うに限る」


 続けざまにシャルハートは右手側にいる暗殺者へ『火炎フレア』を放った。さながらライフル弾のように回転された火球が男の腹部に直撃、そのまま炎が爆ぜる。物理的な衝撃と、そして爆風、熱風。物理防御、そして魔法防御力が高い訓練された戦士といえど、まともに喰らえば大ダメージになるのだ。

 魔力障壁を解除し、背後から突き出された腕を掴み、そのまま振り回す。


「うわああ!」


 がっしりとした体型の暗殺者は適当に振り回すだけで武器となる。数名巻き込んだ後、シャルハートは男を地面にポイと捨てる。遠心力はそれだけで凶悪な武器だ、既に男は気絶していた。


「ば、馬鹿な……この界隈で有名な精鋭十人だぞ……!? それがこんなにあっさりと!?」


 騎士風の男は己の精神コントロールをするのに必死だった。

 たかが子供だと、そう思っていた。しかし蓋を開けてみれば、どうだ。圧倒的ではないか。

 目の前に悠然と立つ銀髪の少女は、挑発的な笑みを浮かべる。


「精鋭十人、いや奥の人も加えれば十一か? 私を殺るつもりならその百倍は持ってこないと」


「い、いい気になるな! まだ戦力は残っている!」


「……実体験から来るアドバイスなんだけどね」


 強烈な突風が吹く。直後、騎士風の男の隣にいた暗殺者が地面に叩きつけられた。シャルハートによる『旋風槌エアプレッシャー』だった。

 魔法の発動が全く見えなかった。この時点で騎士風の男は撤退を選ぶべきだった。だが、プライドというものが、彼の脚を止める。

 抜剣し、突撃する。


「おおおお!!」


「良い! この嵐を見ても、なお向かってこれるのが最高だよ!」


 シャルハートの右拳に魔力が収束する。


「返礼をしよう!」


 振り下ろされる剣。その軌道に置かれたのは二本の指。さながら白刃取りのように受け止めた後、シャルハートは右拳を騎士風の男に叩き込んでいた。


「ぐぅ……ああ!!」


 剣を手放し、騎士風の男は両手をシャルハートの首元へ伸ばす。剣が駄目なら無刀により、殺害を試みる。その根性は紛れもなく、プロのあがき。


「その意気や良し。もし次があるなら、頑張れ」


 称賛と共に、シャルハートは右拳を振り抜いた。


「……さてと」


 終わってみれば呆気ないものだった。シャルハートは辺りに倒れている暗殺者たちへ人間の手の形をした黄色い光を放った。これは以前、グラゼリオがアリスに対して使用した『麻痺の一突きパラライズ・スタブ』の上位魔法『痺れの握手パラライズ・シェイクハンド』。

 必要とされる魔力量は大きいが、その分麻痺の時間が長い。これならばクレゼリア王国軍に引き渡すまでに必要な処置が出来る。

 シャルハートは騎士風の男へ近づいた。彼には魔法を掛けていないので、まだ会話は可能だった。


「これで全部?」


「ふ……どうかな」


「まあ、聞かなくても気配を探れば分かるけど」


 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。

 彼女の優れた知覚能力によって、まずはガレハドの気配を掴むことが出来た。安心したのもつかの間、すぐに彼女はその近くにいる気配を感じ取る。


「これは……!」


 ――強者の気配。

 ここまで一切気づけなかった。暗殺集団たちに気を取られていたということは断じてない。

 何よりこのような明確かつ強烈な“気配”に気づかないシャルハートではない。


 ならば、いるのだ。


 シャルハートに“網”すら隠しきってみせる腕の立つのが。


「お父様……!」


 シャルハートが背を向けた瞬間、騎士風の男が立ち上がり、掴みかかろうとする。既に動けるぐらいには回復していた男は、虎視眈々と機会を伺っていたのだ。

 首をへし折るつもりの男の両腕は、彼女に届くことはなかった。


「寝てて」


 男のこめかみにシャルハートのつま先が触れていた。それに気づいたとき、男は地面に蹴り倒されていた。

 完璧に意識を刈り取った男を無感動に見つめるシャルハート。男の動きは手にとるように分かっていたのだ、こうしてカウンターでハイキックを浴びせることなど歩くことより簡単なのだ。


「こいつらは陽動。本命を確実にお父様にぶつけるための……!」


 全ての目的を理解したシャルハートはガレハドの元へと急いだ。


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